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「身に余る栄誉を理解しなさい!」

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 そしてルナは人海戦術に負けることにして、今、牢の中にいる。
 王の「逃さない」と臣下の「排除したい」がこのように結実したわけだ。

「やはり、ん、窓から、逃げる、べき、だったか。難しい問題だ」
 城から逃げ出すことができたとしても、土地勘なく、国の地図もきれいに頭にあるわけではない。まして人間という異分子であるから、目立たずに隠れ潜むことは難しいだろう。

「んっ、やはり、飛竜、を……」
 言葉がとぎれとぎれになるのは、牢の格子に捕まり懸垂しているからである。考え事をしているほうが、苦しさを感じず回数を重ねられる。
「……うん、だが、あまり、口に、出さない、方が、いいな」
 脳のエネルギーを鍛錬に回しすぎかもしれない。

(飛竜は……どの城も似たような場所で飼われているはずだ。緑の多い庭に面した……ううん、ここは塔の上層だろうから、壁を壊せばなんとか出られないか? なかなか予想外じゃないか?)
 考え事をするために、負荷の低い鍛錬に変更する。体が覚え込んだ型通りに拳を出し、足を振り上げ振り下ろす。くるりと後ろを向いてもう一度。
(いやいや、音をたてすぎだろう。ここは地道に、まず情報を得ることだな。こう、あまり思慮深くない、お喋りな誰かが来てくれるといいんだが)

「まったく、こんな場所に私が足を運ぶだなんて!」

 と、大変に高い声の愚痴が聞こえた。
(ええと、これはメサイア殿? か)
 彼女はぶつぶつと階段を上がってきている。おそらく自分に会いに来るのだと察したが、ルナは鍛錬を止めなかった。

「まあ! 何をしているの! 足を振り上げて、そんな……なんて品のない。ライファン陛下のおわすこの城で、メス犬のような真似は許しませんよ!」
 メス犬?
 ルナは頭にハテナを浮かべた。
 犬とは大変に元気なものだが、相手を殴ったり蹴ったりはあまりしないのではないか。

「メス犬のような真似とは、具体的に?」
 空想の敵を蹴ったり殴ったりしながら、ルナは疑問のままに問いかけた。メサイアはいかにも嫌そうに顔をしかめる。
「話も通じない! やはり本能などというのは、進歩の過程で切り捨てていくべきもののようね……番などといって、このような不良品を拾うなんて……」
「質問に答えすらしないというのが、話が通じないと言うのでは?」

 答えがないのでルナはぼんやりメス犬について考えたが、そもそも犬をオス・メスで区別したことがあまりない。狩猟や人探しに使われる賢い動物である。
 あの体のバネを使った跳躍はぜひとも真似したい。あれに比べれば、まだ人間は己の体を上手く使うことさえできていないのではないかと感じる。

「ですが番となってしまったからには仕方がありません。陛下の御ため、子猿程度にはしつけてさしあげますわ」
「はあ。獣人というのはやはり動物が大好きなようですね」
 人の話を聞かない人の話を聞く必要はないと思うので、ルナは思いついたことを言う。せっせとスクワットしながらである。

「……いいですか! ここは偉大なる王ライファン陛下のおわす場所! それをしっかりその軽い頭に叩き込んでいただきます。いいですか、陛下のお体は大いなる大地のように力強く、お優しさ賢明さは生まれたての赤子でさえ理解せずにいられません。そして何よりその偉業は天地に轟くほどです!」
「……なるほどー」

 どうやら長くなりそうなので、ルナは適当に相槌を打ちながら考えた。
(この人から情報を得ようとするのは効率が悪いな)
 喋り放題ではあるので上手くすれば城の構造を聞き出すことは可能かもしれないが。いくつ日が落ちて昇ったあとのことかわからない。

(できるだけ早く帰国したい)
 自分が重要人物だとは思っていないが、誰も探していないとも思わない。ファギルの王の来訪と関連付ける者も早晩現れるだろう。
 アリアレッサの王は、騎士のひとりやふたりどうでもいい、と考えるような人ではない。むしろ国家間のことであらばこそ、きちんとしようとするだろう。誠実さをよしとする国柄だ。

 つまり、放っておけばかなりの確率で国際問題だ。
 ルナが獣人と戦って悔いなしと死ぬのはともかく、他の者を犠牲にしたくはない。

「聞いているのですか!」
「あっ」

 思索にふけっていたので反応が遅れた。滔々と語っていたメサイアが、懐から鞭を取り出してルナを打ったのだ。
 とっさに避けたのだが、格子越しに鞭を突き出し振り回すというめちゃくちゃさに動揺して足に当たった。勢いはない。衣服ごしであることも手伝い、痛みはあるが残るものではないだろう。

「おお……」
 ルナはしかし感動した。格子越しに相手を打つとは、なかなかの鞭の手練ではないか。

「この私が、あなたなどのために時間を割いているのですよ! 感謝して一言も聞き漏らさないようになさい!」
「はっ!」
 メサイアが再び鞭を振ったので、ルナは全身を使って避けた。

「このっ! これはあなたのための教育、ですよ! 身に余る栄誉を理解しなさい!」
 避ける。前に出て勢いを殺してはねのける。下がってまた避ける。しかしたまに当たる。牢は狭い。
 ……現実的な話、鞭を逆に掴んで奪い取ればよさそうだ。しかしルナはこの新しい鍛錬をしばらく楽しんだ。
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