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後編
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ああ、ああ、絶望が押し寄せる。遠くなる意識をなんとか引き止めた。
しっかり! しっかりするのよリザリア、私だけの問題じゃない。これは家族も友人も、ううん、国民全てに関係する問題だ。
「それだけはお許しください!」
私はその場で土下座した。
するしかなかった。
見栄だの威厳だの考えている場合ではない。実利の問題だ。
(コンニャクを守らなきゃ……!)
異世界よりの知識、マイカ様に与えられしコンニャクのレシピは、我が侯爵家に任せられている。魔法契約に縛られたそれは、マイカ様との契約がなければ誰も作ることはできない。
「えっ……!?」
「コンニャクだけは! コンニャクだけは……!」
あの素晴らしい食べ物!
確かに私達はカロリー計算という叡智を手に入れた。どれだけのカロリーがあるかわからず食べ、どれだけ消費するのかわからず運動していた頃、まるで目をつぶって崖を歩いていたようなものだ。
でも、でも、カロリーがわかっただけでは救われない子達もいたのだ。
私もそう。カロリー計算だけでは救われない。そんな私達への最後の恵み……それがコンニャクだった。
あれだけ歯ごたえがあり、胃が重くなるくらいの満足感があるのに、そのカロリーといったら、無いみたいなもの!
あの神の食物で私は救われたのだ。
「どうかお許しください、マイカ様!」
「そ、そこまですることないでしょう! たかがコンニャクよ!?」
「たかがではありません!」
「ヒッ」
いけない、淑女らしからぬ勢いで顔をあげてしまった。いえ、まず淑女は土下座しないんだけど、コンニャクのこととあっては仕方がない。両親も許してくれるだろう。
でもマイカ様を引かせてしまったのはいけない。
落ち着いて、落ち着いて。
「……コンニャクと王子では比べようがありません」
「そ、そうよね?」
「コンニャクのためなら、そんなもの差し上げます。どのようにもお使いください」
「そんなものって……?」
「王子のことです。国の役に立つことは、王子もお望みのことです」
「は? 何……何だ?」
王子は何を言われたのかわかっていない様子だ。まあいい。面倒だからそのほうが。
そんなことよりコンニャクだ。
「そんなに……王妃の地位より、コンニャクが大事だって言うの……?」
マイカ様が震えながら聞いてきた。やっぱり怯えさせてしまったのかもしれない。反省しよう。マイカ様以上に大事な方など、この国に存在しないのだから。
「はい、そうです」
私はできるだけ静かに、じっとマイラ様の瞳を見上げて答えた。
「コンニャクは、いえ、コンニャク様は私を救ってくださいました。私だけじゃありません! 皆、皆、コンニャク様に救われたのです!」
「……」
「マイカ様、どうか私達にコンニャクをお許しください。どうか、どうか……!」
「おい……コンニャクというのはあれか、不格好で、石のような、食い物とも思えない……」
「無礼な!」
「うおっ!?」
「コンニャク様になんということを!」
私は思わず立ちあがり、必ずこの男を始末せねばという衝動にかられた。でもだめだ。マイカ様がお求めの王子なのだ。
マイカ様が煮るなり焼くなりお好きにするためのもの。私達のコンニャクのために。
「そんなに……コンニャクが大事なのね?」
「もちろんです!」
問われて強く頷いた。コンニャク、そしてそれをもたらしたマイカ様は天使だ。何よりも大事なものだ。
「……わかったわ」
マイカ様は一度目を閉じると、決意したように私を見た。そして私の手をぎゅっと握る。
「えっ」
私は顔が熱くなるのを感じた。マイカ様の手のひらはすべすべだ。指の先まで天使様にふさわしいお姿なのだ。
「自信が湧いてきたわ。王妃にくらいならないと、この世界で楽しく生きていけないと思ってた。でも、コンニャクを信じる。コンニャクはそれだけ愛されているのよね?」
「も、もちろんです!」
「私はコンニャクを広めて生きるわ。あなたも、手伝ってくれる?」
「身に余る光栄です……!」
私はそのまま失神しそうになった。けれどそれではあまりにもったいない。たとえ夢だとしても永遠に忘れないよう、私はマイカ様のお姿、触れる手のぬくもりを記憶に焼き付けた。
「そういうわけだから」
「は? ……はあっ!?」
「リザリア 早速、新しいコンニャクの開発よ! 食べやすい形にするの!」
「はいっ! お手伝いいたします!」
「ま、待て、どういうことだ!? コンニャクが何なのだ、マイカ、マイカっ! おまえは俺と結婚するしかないのだ!」
「って言われて流されちゃったけど、私にはコンニャクがあったみたい。悪いけど、私とも婚約破棄しといて。さ、行きましょう」
「はい!」
そうして私達は何か喚いている王子を置いて、聖なるコンニャクに向けて歩き出したのだった。
しっかり! しっかりするのよリザリア、私だけの問題じゃない。これは家族も友人も、ううん、国民全てに関係する問題だ。
「それだけはお許しください!」
私はその場で土下座した。
するしかなかった。
見栄だの威厳だの考えている場合ではない。実利の問題だ。
(コンニャクを守らなきゃ……!)
異世界よりの知識、マイカ様に与えられしコンニャクのレシピは、我が侯爵家に任せられている。魔法契約に縛られたそれは、マイカ様との契約がなければ誰も作ることはできない。
「えっ……!?」
「コンニャクだけは! コンニャクだけは……!」
あの素晴らしい食べ物!
確かに私達はカロリー計算という叡智を手に入れた。どれだけのカロリーがあるかわからず食べ、どれだけ消費するのかわからず運動していた頃、まるで目をつぶって崖を歩いていたようなものだ。
でも、でも、カロリーがわかっただけでは救われない子達もいたのだ。
私もそう。カロリー計算だけでは救われない。そんな私達への最後の恵み……それがコンニャクだった。
あれだけ歯ごたえがあり、胃が重くなるくらいの満足感があるのに、そのカロリーといったら、無いみたいなもの!
あの神の食物で私は救われたのだ。
「どうかお許しください、マイカ様!」
「そ、そこまですることないでしょう! たかがコンニャクよ!?」
「たかがではありません!」
「ヒッ」
いけない、淑女らしからぬ勢いで顔をあげてしまった。いえ、まず淑女は土下座しないんだけど、コンニャクのこととあっては仕方がない。両親も許してくれるだろう。
でもマイカ様を引かせてしまったのはいけない。
落ち着いて、落ち着いて。
「……コンニャクと王子では比べようがありません」
「そ、そうよね?」
「コンニャクのためなら、そんなもの差し上げます。どのようにもお使いください」
「そんなものって……?」
「王子のことです。国の役に立つことは、王子もお望みのことです」
「は? 何……何だ?」
王子は何を言われたのかわかっていない様子だ。まあいい。面倒だからそのほうが。
そんなことよりコンニャクだ。
「そんなに……王妃の地位より、コンニャクが大事だって言うの……?」
マイカ様が震えながら聞いてきた。やっぱり怯えさせてしまったのかもしれない。反省しよう。マイカ様以上に大事な方など、この国に存在しないのだから。
「はい、そうです」
私はできるだけ静かに、じっとマイラ様の瞳を見上げて答えた。
「コンニャクは、いえ、コンニャク様は私を救ってくださいました。私だけじゃありません! 皆、皆、コンニャク様に救われたのです!」
「……」
「マイカ様、どうか私達にコンニャクをお許しください。どうか、どうか……!」
「おい……コンニャクというのはあれか、不格好で、石のような、食い物とも思えない……」
「無礼な!」
「うおっ!?」
「コンニャク様になんということを!」
私は思わず立ちあがり、必ずこの男を始末せねばという衝動にかられた。でもだめだ。マイカ様がお求めの王子なのだ。
マイカ様が煮るなり焼くなりお好きにするためのもの。私達のコンニャクのために。
「そんなに……コンニャクが大事なのね?」
「もちろんです!」
問われて強く頷いた。コンニャク、そしてそれをもたらしたマイカ様は天使だ。何よりも大事なものだ。
「……わかったわ」
マイカ様は一度目を閉じると、決意したように私を見た。そして私の手をぎゅっと握る。
「えっ」
私は顔が熱くなるのを感じた。マイカ様の手のひらはすべすべだ。指の先まで天使様にふさわしいお姿なのだ。
「自信が湧いてきたわ。王妃にくらいならないと、この世界で楽しく生きていけないと思ってた。でも、コンニャクを信じる。コンニャクはそれだけ愛されているのよね?」
「も、もちろんです!」
「私はコンニャクを広めて生きるわ。あなたも、手伝ってくれる?」
「身に余る光栄です……!」
私はそのまま失神しそうになった。けれどそれではあまりにもったいない。たとえ夢だとしても永遠に忘れないよう、私はマイカ様のお姿、触れる手のぬくもりを記憶に焼き付けた。
「そういうわけだから」
「は? ……はあっ!?」
「リザリア 早速、新しいコンニャクの開発よ! 食べやすい形にするの!」
「はいっ! お手伝いいたします!」
「ま、待て、どういうことだ!? コンニャクが何なのだ、マイカ、マイカっ! おまえは俺と結婚するしかないのだ!」
「って言われて流されちゃったけど、私にはコンニャクがあったみたい。悪いけど、私とも婚約破棄しといて。さ、行きましょう」
「はい!」
そうして私達は何か喚いている王子を置いて、聖なるコンニャクに向けて歩き出したのだった。
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