パドックで会いましょう

櫻井音衣

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恋人ごっこ

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あっという間に、また日曜の朝がやって来た。
僕は少しソワソワしながら、いつものように電車に揺られ競馬場に向かった。
今日はねえさんに会えるかな。
おじさんの具合も気に掛かる。
こんなに暑いのに、たいした馬券も買わない僕が開催日でもない競馬場にせっせと足を運ぶなんて、ホントにおかしな話だ。

そう言えばこの間、『最近付き合いが悪いな』って、先輩から言われたっけ。
先輩は合コンに来いとか、女の子のいるお店に行こうとか、何かにつけて僕を誘ってくれるけど、そんなものは今の僕にとって、なんの価値もない。
僕が心から会いたいと思う女性は、ねえさんだけだから。

しばらくねえさんに会っていない。
会いたい。
どうしようもなく、会いたい。
本当は日曜日だけじゃなく、毎日だって会いたいと思う。
競馬場でだけじゃなく、次に会う約束ができる関係になりたい。

それにしても暑い。
仁川の駅から競馬場に向かう途中の自販機で、ペットボトル入りのコーヒーとスポーツドリンクを買った。
一度競馬場に入ると、わざわざ飲み物を買いに建物の中に入るのが煩わしいので、先に用意しておくことをいつの間にか覚えた。
買った飲み物をバッグに入れて、競馬場を目指してまた歩き出した。
競馬場に着いた僕はいつものように真っ先にパドックに向かい、目を皿のようにしてねえさんの姿を探す。
いつものことながら女性客の姿は少ない。
数少ない女性客の隣に背の高い男性の姿を見掛けるたびにドキッとしてしまう。
そのカップルの向こうに視線を移した時、割とあっけなくねえさんの姿を見つけた。

……いた!ねえさんだ!!

僕は慌てて階段を駆け下りて、ねえさんのそばを目指した。
ねえさんはうつむき加減で、いつになくぼんやりしている。
そう言えばねえさんはいつも、レース前になるとパドックにいる。
開催日なら馬を見るためにいるのだろうけど、開催日でない日でも、必ずここにいるから不思議だ。

「おはようございます」

僕が声を掛けると、ねえさんはゆっくりと顔を上げた。

「アンチャン……おはよう、久しぶりやな」
「久しぶりですね。しばらく顔見なかったから心配してたんですよ」
「そうか、ごめんな。ちょっといろいろ忙しくてな……」

ねえさんの横顔に疲れが見える。
どうしてそんなに忙しかったのか、聞こうと思ったけどやめておいた。
なんとなく、聞ける雰囲気じゃなかった。

「ちょっと疲れてます?」
「ああ、うん。そうかも知れん」
「コーヒーでも飲みますか?」

僕がバッグから取り出したコーヒーを差し出すと、ねえさんは僕の方を見て笑った。

「ありがとう」

ねえさんはコーヒーを受け取り、ペットボトルのキャップを開けて一口飲んだ。

「優しいなあ、アンチャンは」

優しいなあ、って……。
たいしたことはしていないけれど、ねえさんにそう言われると素直に嬉しい。
できればもっと、優しくしたいんだけどな。


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