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捕獲
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しおりを挟むぱしゃり、ぱりゃり。聖月は噴水の水を蹴り上げた。
見上げると、白く輝く満月。冷ややかな光ではあるが、それ故に落ち着くと聖月は微笑んだ。そして鼻歌を歌いながらクルクルと回り始めた。少しまくり上げたズボンのした、真っ白い足が透明な水を弾く。暫く水と戯れていた聖月だったが、ふと背後に気配が現れたのを感じ、ふわりと笑みを浮かべた。
ゆっくりと振り返ると、腕組みをした竜崎が立っていた。
「やっほー。遅かったね。風紀の仕事?」
「珍しく時間前にいると思ったら文句か。いっそ天晴だな、そのマイペース」
「そうでしょ」
「褒めてない」
静かに近づいてきた竜崎が、水と月光に照らされた聖月の姿を見て目を細めた。コテン、と首を倒した聖月が悪戯っぽく笑う。
「『なかなか刺激的な恰好だね。喧嘩に負けた?』」
「『失礼な奴。負けてないし、そもそも余計なお世話だ』」
初めて会った日の台詞を二人は口にして苦笑した。音もなく差し伸べられた竜崎の手。がっしりした男の手に、聖月はほっそりした華奢な手をそっと乗せた。
彼らが初めて会ったのは、三年前。当時中学三年の竜崎は、名の知れた族潰しだった。本人は特に気にしていなかったが、何処にも所属しない一匹狼である事と、いくつもの族が返り討ちにあって壊滅したことから、いつの間にか恐れられていたのだ。
竜崎が夜の街を徘徊して喧嘩をするようになった理由は特にない。強いてあげれば、飽いていたといったところか。しかし、名前が売れるにつれて彼に喧嘩を仕掛ける者も少なくなり、竜崎はさらに飽くようになっていった。
そんなある日、竜崎はボロボロの姿で歩いていた。普段ならばたいした怪我を負う事も無いのだが、今回は事情が違った。不意打ちに加え圧倒的な物量。いくら咄嗟の対応に長け、腕が立つといえど、数の暴力にはさしもの竜崎も手を焼く。どうにか返り討ちにはしたが、無傷とはいかなかったのだ。
思い切り暴れられただけマシか、と思いつつも体の痛みに撤退を考えて歩いていた時だった。聖月に出会ったのは。
フラフラ歩いている時にふと聞こえた水の音。無機物の音なのになぜか楽しそうに跳ねていると感じ、無意識に足が動いたのだ。路地を抜けた先に会ったのは小さな公園と、それに似つかわしくない立派な噴水。輝く満月に照らされて、光を纏った水。そのため池で銀の髪を揺らした漆黒の少年が楽しそうに踊っていた。幻想的な光景に息をのんで立ち尽くしていた竜崎。ふとその気配に気づいて振り返った少年は、きょとん、と首を傾げていったのだ。
なかなか刺激的な格好だね。喧嘩に負けた?と。思わず何時もの負けん気で返した言葉が、余計なお世話だ、というもの。とげとげしい言葉だったが、その少年は気にすること無くカラカラと笑った。
そりゃ残念、と人の神経を逆なでする台詞と共に。
「初対面からやってくれると何度思った事か」
「あはは。思った事が口に出ちゃうタイプで」
背中合わせに噴水のレンガに腰掛けた二人。体温をお互いの背中で感じつつ、ゆったりと過ごしていた。ふと竜崎は自分の手を見下ろした。レンガに手をついていたのだが、そこに白い髪が一筋触れていた。そっと指先でつまむと、手の中で弄ぶ。
「それから偶然出会う度に色んな族を一緒に潰したんだっけ」
「ああ。何時の間にかお前の仲間とうわさされるようになった時には頭抱えたけどな」
初めて見た時の俗世離れした光景を忘れられなかった竜崎は度々その付近に出没するようになった。初っ端の失礼な態度ゆえに認めたくなかったが、その時から惹かれていたのだろう。そして夜の街を闊歩する聖月に遭遇しては、聖月が喧嘩を売った、もしくは買った喧嘩に巻き込まれた。やむなく一緒に闘った聖月は、その最中でもまるで舞を舞うように相手を倒し前へ進んでいた。その光景は今でも目に焼き付いている。
「失礼な。僕は売られた喧嘩は買う主義なんだ」
「喧嘩を売るように仕向けておきながら何言ってやがる」
聖月は不思議な少年だった。悪戯好きでトラブルメーカー。一緒に行動する竜崎にも降りかかってくる災いに、何度その細首を絞めようと思った事か。それでも一緒にいて、更にはバックアップしたいと思ったのは、その容姿もさることながら行動に理由があったのだろう。
発作的に破壊衝動を抑えられず、親にも見放された怜毅を笑顔で拾い。容姿の可憐さから理不尽な目に遭い過ぎてグレてしまった晴真を叱咤し。時々翳った顔でひょっこり現れる颯斗とじゃれ合い。そうして拾われた者達が、聖月を慕って集まるようになった。
聖月は言葉に出さない。理不尽が嫌いで、でも理不尽を受け入れる事を知っている彼は、カラカラと笑い飛ばす。
「理不尽な事は尽きない。嫌っても、避けても、結局はそこにある。だったら受け入れて笑い飛ばしちゃえ。そんでもって蹴っ飛ばして高笑いしてやれ、だったか」
「うわ。懐かし。そんな事言ったねぇ。青い青い」
顔を覆ってジタバタと萌える聖月。しかし、その言葉に救われた人間がどれだけいた事か。そうして救われた青年達が、今のNukusとなった。
「で、いつの間にか集まった皆で族の認定受けちゃってたし。最終的には最大規模のkronosが出てくるとか夢にも思ってなかったわぁ」
「あれは焦った」
Nukusの噂はすぐに広まった。ただ血に飢える集団とは一線を画していたため、衆目を集めやすかったのもあるだろう。腕っぷしの立つ竜崎と怜毅。可憐な見た目でえげつない計画を立てる颯斗と情報操作をしてくる晴真。そして何より先頭に立って突き進む銀の髪の聖月。新参の彼らはあっという間に有名になり、最古参にして最大規模の族、kronosに目を付けられるに至った。流石に頭を抱えた竜崎だったが、聖月はあっけらかんとしたものだ。
「だって、売られた喧嘩だもん」
「普通、負け戦はしないだろう誰も」
高々子供の喧嘩、プライドかけてなんぼでしょ。そういって聖月は真っ先に立ち上がったのだ。死ぬわけでもあるまいし、やってみた者勝ちだ、と。打ちどころ悪くて死んだら、逆に滅多にない確立に当たったと笑い飛ばしてやれ。その言葉をきっかけにNukusはkronosと戦う事を決意した。
「今思うと、よく引き分けに持ち越したもんだ」
「それはまぁ、俺の力量でしょ」
とある闇夜にぶつかった二つの族。結果から言えば、Nukusの負け同然だろう。しかし、kronosとNukusの間には数倍の数の差が存在していた。にも関わらず、Nukusのメンバーはkronosを殆ど倒し、聖月は高宮に辿り着いて一騎打ちに持ち込んだ。結局、そのまま力尽きたのは元々の体力がゼロに近い聖月。しかし、そこまで追い込んだことに対し、kronosは敬意を表したのだ。これは引き分けだ、と。
「しかも、いつの間にか仲良くなってるし」
「アイツらの人懐っこさは異常だろう。あれで高宮家の人間だと知った時には本気で驚いた」
一気に距離の近づいた二つの族は、その周囲をあっという間に制圧した。無秩序の中にも相応の秩序を。完全なる無秩序に意味はないという目標で、共闘した。kronosと組んだNukusに最早敵はなく。笑顔で修羅場を制圧する聖月は、高宮を差し置いていつしか"皇帝"と呼ばれるようになっていた。今思えば、あの時がNukusとkronosの最盛期であったのだろう。
「誰かはいきなり消えやがるし」
「悪かったって」
ある日突然、聖月がその姿を消すまでは。
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