学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

文字の大きさ
68 / 84
終末

7

しおりを挟む

 初めてのデートを早々に切り上げた二人は、とある場所に向かっていた。徐々に闇色を濃くする路地の奥。周辺の雰囲気とは真逆の、穏やかで暖かな光に照らされた小さな店――orneriness。そのドアの前に立った聖月は、そっとノブに手を伸ばし、一瞬の躊躇いの後に勢いよく開けた。

 「おっまたせ……ってちょっとぉ?!」
 「遅いっ!」

 開けた瞬間本が一冊飛んでくる。反射的にしゃがみ込むと、その後ろに居た竜崎が呆れ顔で受け止める。視線を向けると、仁王立ちした颯斗が額に青筋を浮かべて立っていた。

 「何処ほっつき歩いてたのこのバカップル!」
 「いいじゃんかデートしてたって!」

 キャンキャン、と小動物たちが舌戦を開始する。その脇をすり抜けた竜崎はココアを両手にもって丸まっている晴真に近づく。

 「首尾は」
 「諸々おっけー。kronosは途中合流、地点と時間は確認済み」
 「こちらもだ」

 近くに立っていた戦闘要員対応の怜毅も反応し、竜崎は満足そうにうなずいた。いつかの再戦、Nukus・kronos対素戔嗚の決戦が行われようとしていた。

 「陽、一時休戦だ。聖」
 「はいはーい」

 準備完了を確認して、総長聖月に声を掛ける。まだ物足りない、と顔に書く颯斗を呼び寄せて竜崎は聖月を前に押しやる。押し出された本人はというと、一瞬考えた後近くにあった机に飛び乗る。

 「って、おい!」
 「今日はいいじゃん」

 マスターの悠茉が目を剥くが、ヘラりと笑って聖月が一蹴する。もの言いたげな彼は放置して、ornerinessに集まった仲間達を見渡した。それまでの喧騒が一気に鎮まって、誰もが総長の言葉を待ち望んでいた。期待と熱気に満ちた瞳を向けられ、聖月は切なげに微笑んだ。

 「まずは集まってくれてありがとう。今日は何の日か、理解してるね?」

 茶目っ気たっぷりに微笑むと、勿論だと大きく頷く愛すべき脳筋馬鹿たち。うんうん、と同意した聖月だが、その前に話があるんだ、と真面目な顔をする。

 「今日の闘いを持って、Nukusを解散する」

 思いがけない言葉に、ざわめき立つ。漸く聖月が帰って来てこれからだ、と盛り上がっていた矢先の事である。驚愕と困惑が混ざり合い、どういうことだと悲鳴が上がる。

 「皆の困惑は最もなものだと思う。俺も散々振り回した自覚があるから、申し訳ないとも思ってる。でも、これは龍たちとも話し合って決めたんた」

 皆の視線が竜崎達にも向く。幹部たちが全く動揺していないのを見て取り、これが仕込み出会った事を理解する。でもどうして、と声がチラホラあがり、聖月はそっと俯いた。

 「数年まえ、俺は皆の前から姿を消した」

 しん、と室内が静まり返る。Nukusのメンバーにとって忘れられない記憶。

 「俺はその時、とある組織から逃げてた。その組織の名前は真宮」

 再びざわざわと皆が話し出す。タイムリーだが、一般庶民には余り関係のない話のはずなのに、と困惑顏を隠せない。くっと拳を握りしめた聖月は堂々と顔を上げる。

 「その理由は、俺が真宮後継者候補の一人だったから」

 ざわめきが更に大きくなる。想像もしない話に、脱落者が次々と現れる。そのざわめきを打ち消すように聖月は声を張り上げた。

 「色々あって、この街を後にして。そして、ようやく戻ってこれた時その事実を龍たちに知られたんだ。そしてどうしようもなく身動きの取れなかった俺の事を助けてくれた。でも、それが理由で、俺は真宮を継がなくちゃいけなくなった。ここにはもう、居られない」

 ピタリと止んだ声。小さく微笑んだ聖月は後ろを振り返る。

 「竜崎も、颯斗も、怜毅も。みんな俺についてきてくれるって言ってる。俺たちが居ない以上、Nukusを存続するかどうかもあやしくなってくる。皆に後を任せればいいんじゃないかとも思ったけど、けじめとして解散を決意したんだ」

 視線をもとに戻すと、呆然とした顔が並んでいた。元々、他に居場所を作る事が出来なかった者達の集まり。唯一の居場所がなくなる事に、迷子の様な表情を隠せなかあった。どうすればいいんだよ、と悲鳴を上げる彼らに、聖月は微笑んだ。

 「大丈夫。今の君たちは、かつてNukusに入ってきたときの君たちとは違う」

 大きく手を広げて、高らかに言葉を紡ぐ。全員に、聖月の心が通じる事を祈って。

 「この俺が、保証してあげる。例え、どんな事があってもきっと大丈夫って。だって、Nukusに入って散々色々やらかしたでしょ?悪戯も、喧嘩も、何もかも。いろんな種類の敵に、数も多くて、力も強い格上相手に散々戦って勝ってきたんだよ?俺たちに出来ない事なんてないさ」

 きっと必要なのは、向き合う勇気だけ、と龍に引かれた手を見つめる。己がして貰ったことを、今度は彼らにしてあげられるといいな、と聖月は微笑む。

 「そして、いつか。いつか、俺ともっと楽しいことを、もっと派手な事がしたいと思ったら。その時は俺の元においで」

 悪戯っぽく笑って、聖月は不敵に呼びかける。

 「そしたら、過労死寸前までこき使ってあげる。楽しいこと、思いっきりさせてあげるよ」
 「過労死だけは勘弁だな」

 ぼそっと竜崎が突っ込む。それが本人が思っている以上に切実な響きを有していて。張り詰めた空気が一気に緩む。一人、二人と笑いだし、全員が声を張り上げる。皆の顔に明るさが戻ったのを確認し、聖月は最後に一言呼びかける。

 「今はここで解散。でも、いつかまた一緒に悪いことしよう!」

 大きな歓声が上がり、聖月も大きな声で笑った。盛り上がりが最高潮に達した所で、聖月は天に拳を掲げ叫ぶ。

 「じゃ、その前に最後の大仕事!厭味ったらしいヤクザ崩れの冥府とチンピラ風情の素戔嗚尊を潰しに行くよ!」

 そして、戦場に向かう。それがNukus最後の戦いとなった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~

マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。 王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。 というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。 この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。

天使の声と魔女の呪い

狼蝶
BL
 長年王家を支えてきたホワイトローズ公爵家の三男、リリー=ホワイトローズは社交界で“氷のプリンセス”と呼ばれており、悪役令息的存在とされていた。それは誰が相手でも口を開かず冷たい視線を向けるだけで、側にはいつも二人の兄が護るように寄り添っていることから付けられた名だった。  ある日、ホワイトローズ家とライバル関係にあるブロッサム家の令嬢、フラウリーゼ=ブロッサムに心寄せる青年、アランがリリーに対し苛立ちながら学園内を歩いていると、偶然リリーが喋る場に遭遇してしまう。 『も、もぉやら・・・・・・』 『っ!!?』  果たして、リリーが隠していた彼の秘密とは――!?

処理中です...