学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

文字の大きさ
73 / 84
番外

4

しおりを挟む

 真宮家当主が男と恋仲にある事は、最初から知れ渡っていた。元々同性関係に忌避感がない市民性に助けられて、少しの困惑と共に受け入れられた二人。もっとも、聖月の真宮家当主就任からの二人の暴走は見事なもので。お似合いと言うか、この二人についていくのは無理だと半ば諦められたという裏事情が無きにしも非ず。

 そうは言っても、やはり優秀で見目も良く、資産も膨大となればお近づきになりたい人間は多い。特に聖月は真宮の当主。その懐に入る、もしくは万一にもその血を引く子供が生まれれば、一躍殿上人の仲間入り。それを喉から手が出る程に欲する者もいる訳で。

 「そんな顔するならパーティーに呼ばなきゃ良かったじゃねぇの」
 「やられたらついやり返したくなる性分でな」
 「んっとにお似合いだよお前ら」

 仏頂面で人に囲まれる聖月を見つめているのは竜崎。主催者として進行をある程度進めたのち、気配を消してさっさと壁際まで下がったのだ。実は聖月同様パーティーが苦手な竜崎。庶民出身の彼としては煌びやかなパーティーが性に合わないらしい。そこに揶揄うように声を掛けたのは高宮。本来ならばここに居るはずがないのだが、強引に入り込んできたのだ。

 「何せ、俺が必死になって作り上げた計画事持っていかれたもんな。流石に埋め合わせしてもらわないと割に合わん」
 「ヤツの動きにまで気を回せなかったお前の落ち度だろう」

 そうは言いつつも、流石に高宮に同情の瞳を向ける。なので、どんなに圧力をかけても笑顔で躱された為に真宮からは何も引き出せなかったから、取引先になる予定だった企業に埋め合わせしてもらうのさ、と鼻息荒く現れた高宮を引きいれたのだ。結果、その顔を見る限り満足いく結果を得られたようだ。

 「全く。右を向けば真宮、左を向くと高宮。どちらを向いても角が立つ状況に追い込まれた彼らが一番の貧乏くじか」
 「ウチも何処かの天才馬鹿の相手で手一杯何でな。取りこぼし厳禁なんだわ」

 意味深に視線を投げられ、竜崎は奇遇だな俺もだ、とため息をつく。いや、お前も大概相手するのが面倒なんだけど、というクレームは無視する。ふと竜崎の瞳が細められる。不穏な空気を醸し出した彼に、今度は何だと戦慄しながらその視線を追うと。

 「アイツ……」
 「あーあー」

 一人の小柄な少女が聖月の細腕に縋り付いていた。体格の割に豊満な胸を押し付け、明らかに誘っている。可愛らしく整った顔立ちと堂々たる振舞いからして、自分に相当自信があるようだ。顔色一つ変えずに談笑し続ける聖月を見て、独占欲丸出しの男は既に臨戦態勢だ。

 言わんこっちゃない、と呆れ顔の高宮。その時、ふと視線を巡らせた聖月の瞳が竜崎を捉えた。そして、ふっと妖艶な笑みを浮かべると赤い舌を薄い唇に這わせる。ゾクリとするほどの色気が立ち上り、見てしまった者は皆顔を赤らめて見惚れている。

 一人の男を除いて。

 「失礼だが、そろそろ私のパートナーを返していただいてもお嬢さん?」
 「って早」

 長い足で一挙に距離を詰めた竜崎が人込みをかき分けて聖月に近づいたかと思うと、すっと少女の腕をさり気なく払って聖月の細い腰を引き寄せた。ついでに愛おし気に目を細めると、蟀谷にキスをする。

 「うわぁ」

 ドン引きの高宮が呻く一方で、会場は黄色い悲鳴に満たされる。中性的な美貌のほっそりした青年と、男の色気を振りまく精悍な男の恋愛は予想以上に受け入れられているらしい。普通なら男同士のキスなど、と引かれる場面で皆が食い入るように見つめて甘く吐息を漏らすのだ。

 「やっぱり真宮様と竜崎社長の組み合わせは最高よね……!」
 「これ以上とない眼福よ……!」
 「あそこのお嬢さんたち大丈夫か……?」

 漏れ聞こえる女性たちの憧れを込めた内緒話。いや確かに外面だけ見れば美しい絵画にも見えるが中身があの天才馬鹿たちと考えて、頭を抱える。

 「全く外ずらだけはいいって、完璧詐欺ですよね」
 「ああ、何と言うかまともな人間がいてくれてほっとしているよ」

 嵯峨野と連れ立っていつの間にか現れた蓮。隣に並んだ蓮からのしみじみとした感想に、高宮は心の底から同意した。周りの期待に応える為か、それとも単純に遊んでいるだけか、更に甘ったるく聖月を抱きしめてキスの雨を降らせる竜崎。その腕の中の聖月も満更では無さそうに、がっしりとした首に腕を回している。

 ピンク色の幻想が、と高宮は目を手のひらで覆ったが、服の裾が惹かれる感触に視線を脇に落とす。その先では嵯峨野が微妙な顔をしていた。

 「なんか聞きたくない事実を話そうとしていないか?」
 「私もなんか聞きたくない話を蓮君から聞きまして」

 それを聞いた蓮が死んだ魚の目を高宮に向けた。いや、嵯峨野さんと話すまで気づかなかったんですけど、と前置きした蓮が歯切れ悪く呟いた。

 「この前の件で、高宮さんに対しては完全に嫌がらせだって言ってたんですけど、竜崎さんに対しては行きたくない会食に自分だけ行かされた仕返しだって言ってまして」
 「その会食は、今回の一件で社長と竜崎がやりあう直前にあったそうで、恐らくその期間は聖月に構っている暇はなかったのではないかと」
 「問題なのはその会食で、聖月がお見合いみたいな事をさせられたと言っていまして……」
 「あの竜崎が良く暴れなかったな?」
 「そもそも会食に聖月を向かわせたのはその竜崎さんなんです」

 は?と高宮が口を開ける。普段からは考えられない行動に、高宮が額に眉を寄せる。俺もおかしいと思ってたんです、と蓮も同意する。

 「それを嵯峨野さんと話している時に思いだして。で、ついでに思いだしたのが、その前に聖月がデートの話をしていたな、という事で」
 「そのデートで何かあったのか?」
 「今人気絶頂のイケメン俳優を目撃した、と目を輝かせていました」

 あははは、と乾いた笑いを零す蓮。目を瞬かせた高宮は、絶句した。え、まさか、と嵯峨野を見るとこれまたげんなりした顔で頷く。

 「つまりアレか、アイツらはただじゃれ合ってただけだってことか?!」

 高宮の素っ頓狂な声が会場に響き。一斉に振り返った会場の人に、高宮は愛想笑いをして濁そうとした。しかし、そうは問屋が卸さない。

 「申し訳ありませんが、真宮当主は次の予定がありまして。私も付き合わねばなりませんので、これにて失礼させていただきます。その代わりと言っては何ですが、高宮の御曹司をお呼びしておりますので、是非この機会に親交を深められてはいかがでしょう」
 「は?!」

 いきなりの話にぎょっとする暇もなくその周囲に人が溢れる。そこまで来て、竜崎がここに招き入れた理由を察する。そつなく周囲の人間を捌きながら、悠々と退出する二人を睨みつけるとあくどい笑みを返される。

 俺をダシに逃げ出すなど、いつかやり返してやる。これは貸しだからな、と内心で毒づく。どこまで行っても振り回される苦労人なのはいつまでも変わらないようだ。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」 *** 地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。 とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。 料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで—— 同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。 「え、これって同居ラブコメ?」 ……そう思ったのは、最初の数日だけだった。 ◆ 触れられるたびに、息が詰まる。 優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。 ——これ、本当に“偽装”のままで済むの? そんな疑問が芽生えたときにはもう、 美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。 笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の 恋と恐怖の境界線ラブストーリー。 【青春BLカップ投稿作品】

天使の声と魔女の呪い

狼蝶
BL
 長年王家を支えてきたホワイトローズ公爵家の三男、リリー=ホワイトローズは社交界で“氷のプリンセス”と呼ばれており、悪役令息的存在とされていた。それは誰が相手でも口を開かず冷たい視線を向けるだけで、側にはいつも二人の兄が護るように寄り添っていることから付けられた名だった。  ある日、ホワイトローズ家とライバル関係にあるブロッサム家の令嬢、フラウリーゼ=ブロッサムに心寄せる青年、アランがリリーに対し苛立ちながら学園内を歩いていると、偶然リリーが喋る場に遭遇してしまう。 『も、もぉやら・・・・・・』 『っ!!?』  果たして、リリーが隠していた彼の秘密とは――!?

処理中です...