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未来
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小さな黒狼を抱きしめて、また会えた喜びに涙を流す。最早感極まって泣く事しか出来ない二人をぼんやりと見守っていたが、我に返ってグランに説明しろと視線を投げる。彼はやれやれと肩を竦めて説明してくれた。
「俺がここに来たのはそれが目的。お前らが落ち着いたら返そうって思ったんだが、まさかの暴走した馬鹿が馬鹿言ってくれるもんだから焦って隠したって訳だ」
「じゃあ、あの遺体は」
「偶然、不慮の事故で子を無くした話の分かる親族に協力してもらっただけだ。最初は詰られたがな、色々あって協力してもらってな。ちょっと細工してお前に見せた、と。どうせ暴走したっていってもお前だからな。そんな子供の死体をまじまじ見つめて甚振る趣味はないだろう?」
「……まんまと騙された、という事か」
「感謝しろよ?俺だって親友で戦友の子供を殺したいなんて思わねぇし、なんならウチの王子だぜ?大事な跡取りの第一王子をみすみす殺せるかっての」
本音は前半部分であろう。照れたように鼻の頭を掻きながら、悪びれたようにもそもそ呟いている。また借りが出来たな、と礼を述べるも、お前への貸しなんて多すぎて数え切れないから今更だ、と容赦なく返される。しかし、彼なりの気遣いだろう。色々と考えねば、と思案していたが、ふと視線に気付き、視線を落とした。すると、真っ白な愛おしい狐と、己にそっくりな小さな黒狼がじっと見上げていた。
「……王様?」
「ああ」
なんと声を掛けたらいいかと考えあぐねていると、リィの方からポツリと問いかけられた。思わず素っ気なく返答してしまい、内心で焦る。しかし、そんな事は顔に出ず、幼子には全く通じない。小さな口がへの字になっていく様子に、気が遠くなっていくが、それに気づく事が出来るのは大人だけ。
「あんた、ダンの何な訳?」
「ちょ、リィ?!」
「ダンは黙ってて」
むすっと乱暴に尋ねるリィ。相手は一応王で、初対面で。流石に印象が悪いし、そんな言葉づかいを教えたつもりがないと慌てるツェーダンだったが、むっすりしたリィに一刀両断される。絶句している内に会話が続けられていて。
「番、だ」
「……僕は?」
「……俺とツェルの子だ」
言葉少なに答えられ、リィは黙ってツェーダンを振り仰ぐ。ややあって、しっかりと頷きかけられたのを見て、パッと顔を輝かせた。
「やっぱり。ダンは僕の親なんだ。僕は間違ってなかった。顔も知らない他人じゃなくて、ダンが僕の!」
「うん。ずっと嘘ついててごめんね」
「いい。だって、ダンがそうしたんだもん。きっと理由があった。そうでしょ?」
「リィ……」
僕は貴方の子であった、その事実だけで十分だ。はっきりとそう言い切った愛し子に、ツェーダンの眼がしらが再び熱くなる。ギュッと抱きしめられて嬉しそうに尻尾を振っていたリィだったが、ふとオールターの視線に気付き毛を逆立てた。歯を剥きだしにして威嚇する。その様子に驚いたツェーダンが口を開くより早く、リィが吐き捨てる。
「アンタは別。アンタなんて嫌いだ」
「リィ?!」
「ダンはずっと泣いてた。ダンはずっとアンタを求めてた。なのに、アンタはダンを一人にした。泣かせた。そんな奴、親だなんて思わないし、ダンの番なんて認めない。ダンはもっとダンを大切にしてくれる人と一緒になるべきだ」
「……ああ、そうだな」
「え、ちょ、ええ?!ちょっとグラン!リィに何を教えたの?!」
ちょっと見ない間に随分と成長したようだ。察するに、グランが預かっている間に諸々仕込もうとでもしたのだろう。もっと言ってやれ、と無責任な応援を投げつけるグランを睨みつける間にも、二人の睨み合いは続いており。
「確かに。俺がツェルに――お前の母にしたことは許されない事ばかりだろう」
「は、母って」
「黙っててダン。ダンがお母さんなのは確かでしょ。この人が、王様がもう一人の親だっていうのなら」
何とか割って入ろうとしたものの、当の二人に黙っていろと睨みつけられ項垂れる羽目になった。
「やってしまった事は取り消せないし、否定するつもりもない。だが、俺にはツェルが必要なんだ。ツェルしかいらない。ツェルがいなければ気が狂うだろう。お前も黒狼ならわかるはずだ」
「家族を、群れを守る為なら命だろうと掛けるのが本能ってやつ?そんな事知った事かって言いたいけど、ダンが幸せそうじゃないのが嫌なのは確かだから何とも言えないけど」
「これからは言葉を尽くす。これまでの償いもする。だから、一度でいい。チャンスをくれ」
視線を合わせるように膝までついて、幼子が相手でも誤魔化さずに真摯に対応しているのが分かったのだろう。渋い顔をしつつも、ツェーダンを振り仰いだリィは、真っすぐ見つめてきた。それを、逸らすことなく受け止める。
「こんな人でいいの?もっといい人いるんじゃない?」
「ごめんね。でも、この人じゃなきゃダメなの。僕が悪いこともたくさんある。償わないといけない事もたくさんある。それ以上に、この人の傍に居たいって思うんだ」
「好きなの?」
「すっ!……えっと、その、あの……はい」
子供特有の踏みこみに、思わず赤面してどもってしまう。しかし、当の本人が真剣に問いかけてきている以上、答えない訳にもいかず。もごもごと返答する羽目になった。子供相手に何を言わせるんだ、と今にも消えそうなツェーダンを、きょとんと見つめていたものの、どうにか納得したらしい。キッとオールターを睨みつけ、びしっと指を突きつけた。
「もう一回でもダンを泣かせたら許さないから!」
「ああ。分かっている。ありがとうな。許してくれて。そして、ずっとツェルを守ってくれて」
小さな頭に手を乗せ、そっと撫でる。リィはピクピクと耳を動かしてそっぽを向いたが、やはり心の何処かで親を渇望していたのだろう。憧れていた父という存在に撫でられて、何処か満更でもなさそうにしている。ギュッとリィを抱きしめるツェーダンを、大きな体で抱きしめるオールター。ようやく、一つの家族が初めてそろった。
「全く。ホントに手間のかかる奴らだぜ」
感涙にむせぶ三人を、皮肉っぽく言いつつも温かく見つめるグラン。ゲルヴァーも、何処か嬉しそうに見守っている。何時の間にか頭を上げていたエパテイトも、顔をくしゃくしゃにして涙を流して笑っていた。
長い時を経て、一つの国で巻き起こったクーデターが、ようやく一つの区切りを迎えた瞬間だった。
「俺がここに来たのはそれが目的。お前らが落ち着いたら返そうって思ったんだが、まさかの暴走した馬鹿が馬鹿言ってくれるもんだから焦って隠したって訳だ」
「じゃあ、あの遺体は」
「偶然、不慮の事故で子を無くした話の分かる親族に協力してもらっただけだ。最初は詰られたがな、色々あって協力してもらってな。ちょっと細工してお前に見せた、と。どうせ暴走したっていってもお前だからな。そんな子供の死体をまじまじ見つめて甚振る趣味はないだろう?」
「……まんまと騙された、という事か」
「感謝しろよ?俺だって親友で戦友の子供を殺したいなんて思わねぇし、なんならウチの王子だぜ?大事な跡取りの第一王子をみすみす殺せるかっての」
本音は前半部分であろう。照れたように鼻の頭を掻きながら、悪びれたようにもそもそ呟いている。また借りが出来たな、と礼を述べるも、お前への貸しなんて多すぎて数え切れないから今更だ、と容赦なく返される。しかし、彼なりの気遣いだろう。色々と考えねば、と思案していたが、ふと視線に気付き、視線を落とした。すると、真っ白な愛おしい狐と、己にそっくりな小さな黒狼がじっと見上げていた。
「……王様?」
「ああ」
なんと声を掛けたらいいかと考えあぐねていると、リィの方からポツリと問いかけられた。思わず素っ気なく返答してしまい、内心で焦る。しかし、そんな事は顔に出ず、幼子には全く通じない。小さな口がへの字になっていく様子に、気が遠くなっていくが、それに気づく事が出来るのは大人だけ。
「あんた、ダンの何な訳?」
「ちょ、リィ?!」
「ダンは黙ってて」
むすっと乱暴に尋ねるリィ。相手は一応王で、初対面で。流石に印象が悪いし、そんな言葉づかいを教えたつもりがないと慌てるツェーダンだったが、むっすりしたリィに一刀両断される。絶句している内に会話が続けられていて。
「番、だ」
「……僕は?」
「……俺とツェルの子だ」
言葉少なに答えられ、リィは黙ってツェーダンを振り仰ぐ。ややあって、しっかりと頷きかけられたのを見て、パッと顔を輝かせた。
「やっぱり。ダンは僕の親なんだ。僕は間違ってなかった。顔も知らない他人じゃなくて、ダンが僕の!」
「うん。ずっと嘘ついててごめんね」
「いい。だって、ダンがそうしたんだもん。きっと理由があった。そうでしょ?」
「リィ……」
僕は貴方の子であった、その事実だけで十分だ。はっきりとそう言い切った愛し子に、ツェーダンの眼がしらが再び熱くなる。ギュッと抱きしめられて嬉しそうに尻尾を振っていたリィだったが、ふとオールターの視線に気付き毛を逆立てた。歯を剥きだしにして威嚇する。その様子に驚いたツェーダンが口を開くより早く、リィが吐き捨てる。
「アンタは別。アンタなんて嫌いだ」
「リィ?!」
「ダンはずっと泣いてた。ダンはずっとアンタを求めてた。なのに、アンタはダンを一人にした。泣かせた。そんな奴、親だなんて思わないし、ダンの番なんて認めない。ダンはもっとダンを大切にしてくれる人と一緒になるべきだ」
「……ああ、そうだな」
「え、ちょ、ええ?!ちょっとグラン!リィに何を教えたの?!」
ちょっと見ない間に随分と成長したようだ。察するに、グランが預かっている間に諸々仕込もうとでもしたのだろう。もっと言ってやれ、と無責任な応援を投げつけるグランを睨みつける間にも、二人の睨み合いは続いており。
「確かに。俺がツェルに――お前の母にしたことは許されない事ばかりだろう」
「は、母って」
「黙っててダン。ダンがお母さんなのは確かでしょ。この人が、王様がもう一人の親だっていうのなら」
何とか割って入ろうとしたものの、当の二人に黙っていろと睨みつけられ項垂れる羽目になった。
「やってしまった事は取り消せないし、否定するつもりもない。だが、俺にはツェルが必要なんだ。ツェルしかいらない。ツェルがいなければ気が狂うだろう。お前も黒狼ならわかるはずだ」
「家族を、群れを守る為なら命だろうと掛けるのが本能ってやつ?そんな事知った事かって言いたいけど、ダンが幸せそうじゃないのが嫌なのは確かだから何とも言えないけど」
「これからは言葉を尽くす。これまでの償いもする。だから、一度でいい。チャンスをくれ」
視線を合わせるように膝までついて、幼子が相手でも誤魔化さずに真摯に対応しているのが分かったのだろう。渋い顔をしつつも、ツェーダンを振り仰いだリィは、真っすぐ見つめてきた。それを、逸らすことなく受け止める。
「こんな人でいいの?もっといい人いるんじゃない?」
「ごめんね。でも、この人じゃなきゃダメなの。僕が悪いこともたくさんある。償わないといけない事もたくさんある。それ以上に、この人の傍に居たいって思うんだ」
「好きなの?」
「すっ!……えっと、その、あの……はい」
子供特有の踏みこみに、思わず赤面してどもってしまう。しかし、当の本人が真剣に問いかけてきている以上、答えない訳にもいかず。もごもごと返答する羽目になった。子供相手に何を言わせるんだ、と今にも消えそうなツェーダンを、きょとんと見つめていたものの、どうにか納得したらしい。キッとオールターを睨みつけ、びしっと指を突きつけた。
「もう一回でもダンを泣かせたら許さないから!」
「ああ。分かっている。ありがとうな。許してくれて。そして、ずっとツェルを守ってくれて」
小さな頭に手を乗せ、そっと撫でる。リィはピクピクと耳を動かしてそっぽを向いたが、やはり心の何処かで親を渇望していたのだろう。憧れていた父という存在に撫でられて、何処か満更でもなさそうにしている。ギュッとリィを抱きしめるツェーダンを、大きな体で抱きしめるオールター。ようやく、一つの家族が初めてそろった。
「全く。ホントに手間のかかる奴らだぜ」
感涙にむせぶ三人を、皮肉っぽく言いつつも温かく見つめるグラン。ゲルヴァーも、何処か嬉しそうに見守っている。何時の間にか頭を上げていたエパテイトも、顔をくしゃくしゃにして涙を流して笑っていた。
長い時を経て、一つの国で巻き起こったクーデターが、ようやく一つの区切りを迎えた瞬間だった。
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