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大好きですから
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静まりきった部屋の中で、タクミは空気が変わるのを感じてうっすら片目を開けた。
目の前には唇にゆるい曲線を描いたリカコがいる。
けれど、熱く潤んだ彼女の瞳はまったく笑っていなかった。
「あれ? なんだか……もしかして、ご機嫌ななめ?」
「……せんぱい、酔っぱらうといつも口説いてくるくせに、何にもしてこないですよね」
毎回口説き文句が違うのは、すごいなって思います。
ソンケーに値します。
リカコはささやくように言った。
「いや、だってそこはね、オレから襲いにいってあとで合意じゃなかったって警察に駆け込まれたら嫌ですし。何よりリカコに嫌われたくないですし」
タクミは眉をハチの字にして、てれてれと頭をかいている。
「あたしはいいって言ってるんですけど~」
「まったまた~、酔っ払いめ~」
タクミが人差し指でリカコの眉間を押すと、彼女はやにわにタクミの手首をつかんだ。
そのまま膝を進めて、唇をタクミに押し付ける。
タクミは目を瞬いた。
目の前に、瞼をしっかりと閉じたリカコの顔がある。
近すぎて何がなんやらよく分からないが、温かく、やわらかく、そして酒臭さと、それとは別のいい香りに包まれた。
リカコは空いている方の手でタクミの肩を撫でながら、タクミに身体を預けてくる。
タクミは押されるがままに床に背をつけた。
唇が離れる瞬間、リカコの舌がぺろりとタクミの下唇をかすめていった。
「ふわー、やーらけー」
タクミは陶然として、自身の上に馬乗りになっているリカコを見上げる。
リカコはキスの感触を確かめるように唇に指を添えたまま、小首をかしげている。
タクミがふと視線を下に落とすと、自分の体の横にぴったりとくっついている彼女の太ももが目に飛び込んできた。
膝上丈のデニムスカートからのぞく太ももの健康的な色に眼を奪われていると、吐息をこぼすような笑い声が降ってきた。
それと同時に周りが暗くなる。
リカコがタクミの顔の横に手をついたのだ。
「せんぱい、どうでした? あたしとのちゅー」
「リカコちゃん最高だなって思ったけど」
「けど?」
「短すぎてよく分かんなかったから、もっかいしよ」
そう言ってタクミがリカコの顔に手を伸ばそうとすると、彼女はくすくすと笑って身を引いた。
「……ふふ。せんぱい、実はこれ一度目じゃないんですけど。覚えてますか?」
「うそ。何分前? オレがトイレ行く前?」
「今日の話じゃないんですけど~」
と言いながら、リカコはタクミの唇をつまむと、ぐにぐにともてあそぶ。
おかげで、タクミが何かを言おうとしても「えう」とか「うひゃ」とか、意味のない音になってしまう。
「せんぱ~い、ど~して覚えてないんですかぁ~」
リカコはばたりとタクミの胸に倒れこんだ。
そのまま長いため息をついていると、タクミの手がリカコの頭の上に乗った。
ゆっくりとした動きで、どうやら撫でようとしているらしい。
その手を弾き飛ばすように、リカコはがばりと身を起こした。
「せんぱい、あたし不思議でしょうがないんですけど、なんで酔ってる時だけ口説いてくるんですか?」
タクミは質問に面食らったようにいっとき動きを止めると、さっと視線をリカコから外した。
「し、シラフじゃちょっと恥ずかしくて……」
「じゃああたしから言っていいですか? 今度大学で会った時に」
「それはダメ! オレから告る!」
「早く言ってくださいよぉ! 両想いなんれすよ!」
こみあげる涙をごまかそうとして、リカコは再びタクミの胸に倒れこむ。
いらだちまぎれに拳でタクミの胸を叩きつけると、タクミはぐえっと叫んで小さく跳ねた。
どちらから告白するかというやりとりも、今回が一度目ではないのだけれど、どうせ聞いても覚えてないに決まっている。
両想いだと分かって初めてキスをしたあの時のドキドキを返してほしいと、リカコは涙を飲みながら考えた。
「うーオレ酔ってる時のこと覚えてないからな~。両想いだって覚えてれば言えるんだけど」
再度リカコの頭を撫でながら、タクミがぼやく。
リカコがそのセリフを聞くのも今回で四度目だ。
仏の顔も三度までという言葉がある。
本来の趣旨とは少し違うけれど、仏だったら三度目で激怒しているところを、仏じゃないリカコが、三回も我慢したのだ。
もう切れても良いだろう。
お腹の底からふつふつとマグマのように感情が煮えたぎってくるのを感じながら、リカコはゆっくりと顔を上げた。
「分かりました。じゃあせんぱいが忘れられないようにしてあげます」
リカコは頭の上にのっていたタクミの手をつかむと、指と指を絡ませながら、両手で大事そうにかき抱いた。
「ええ……何すんの、痛いのはちょっと勘弁」
先ほど拳で一発叩かれたことを思い出して、タクミが心もとない声を出した。
大して痛くは無かったが、何回もされれば膀胱か胃袋の中身をまき散らしてしまうかもしれない。
「そんなことしませんよ」
鼻をすんと鳴らしながらリカコは笑った。
流れるような所作で、胸に抱いたタクミの腕に、火照った頬をそっとよせる。
らんらんと輝く瞳からこぼれた水が、にじんで彼女の目元を光らせていた。
その様が異様なまでにあでやかに見えて、タクミはつい口を開けて見とれた。
我に返ったのは、彼女が体をもぞもぞと動かして、両の太ももでタクミの胴をがっちりと固定しなおしてからだ。
「あの、リカコ、ごめんな、泣かせちゃって」
タクミはからめとられている手を動かして、リカコの頬を濡らしている涙を掬おうとした。
けれどリカコがそれを許さなかった。
リカコはタクミの手が意志を持ったと気づくと、逃がすまいと両手にいっそう力をこめた。
「……もう、謝らなくていいです」
リカコは力なく微笑んでいた。
諦めたような表情だが、目だけはじっとりとタクミのことを見下ろしている。
そして胸の前でつかんでいたタクミの手を、自分の腿の間、タクミの腹の上に下ろしてから言った。
「だってあたし、せんぱいのこと大好きですから」
目の前には唇にゆるい曲線を描いたリカコがいる。
けれど、熱く潤んだ彼女の瞳はまったく笑っていなかった。
「あれ? なんだか……もしかして、ご機嫌ななめ?」
「……せんぱい、酔っぱらうといつも口説いてくるくせに、何にもしてこないですよね」
毎回口説き文句が違うのは、すごいなって思います。
ソンケーに値します。
リカコはささやくように言った。
「いや、だってそこはね、オレから襲いにいってあとで合意じゃなかったって警察に駆け込まれたら嫌ですし。何よりリカコに嫌われたくないですし」
タクミは眉をハチの字にして、てれてれと頭をかいている。
「あたしはいいって言ってるんですけど~」
「まったまた~、酔っ払いめ~」
タクミが人差し指でリカコの眉間を押すと、彼女はやにわにタクミの手首をつかんだ。
そのまま膝を進めて、唇をタクミに押し付ける。
タクミは目を瞬いた。
目の前に、瞼をしっかりと閉じたリカコの顔がある。
近すぎて何がなんやらよく分からないが、温かく、やわらかく、そして酒臭さと、それとは別のいい香りに包まれた。
リカコは空いている方の手でタクミの肩を撫でながら、タクミに身体を預けてくる。
タクミは押されるがままに床に背をつけた。
唇が離れる瞬間、リカコの舌がぺろりとタクミの下唇をかすめていった。
「ふわー、やーらけー」
タクミは陶然として、自身の上に馬乗りになっているリカコを見上げる。
リカコはキスの感触を確かめるように唇に指を添えたまま、小首をかしげている。
タクミがふと視線を下に落とすと、自分の体の横にぴったりとくっついている彼女の太ももが目に飛び込んできた。
膝上丈のデニムスカートからのぞく太ももの健康的な色に眼を奪われていると、吐息をこぼすような笑い声が降ってきた。
それと同時に周りが暗くなる。
リカコがタクミの顔の横に手をついたのだ。
「せんぱい、どうでした? あたしとのちゅー」
「リカコちゃん最高だなって思ったけど」
「けど?」
「短すぎてよく分かんなかったから、もっかいしよ」
そう言ってタクミがリカコの顔に手を伸ばそうとすると、彼女はくすくすと笑って身を引いた。
「……ふふ。せんぱい、実はこれ一度目じゃないんですけど。覚えてますか?」
「うそ。何分前? オレがトイレ行く前?」
「今日の話じゃないんですけど~」
と言いながら、リカコはタクミの唇をつまむと、ぐにぐにともてあそぶ。
おかげで、タクミが何かを言おうとしても「えう」とか「うひゃ」とか、意味のない音になってしまう。
「せんぱ~い、ど~して覚えてないんですかぁ~」
リカコはばたりとタクミの胸に倒れこんだ。
そのまま長いため息をついていると、タクミの手がリカコの頭の上に乗った。
ゆっくりとした動きで、どうやら撫でようとしているらしい。
その手を弾き飛ばすように、リカコはがばりと身を起こした。
「せんぱい、あたし不思議でしょうがないんですけど、なんで酔ってる時だけ口説いてくるんですか?」
タクミは質問に面食らったようにいっとき動きを止めると、さっと視線をリカコから外した。
「し、シラフじゃちょっと恥ずかしくて……」
「じゃああたしから言っていいですか? 今度大学で会った時に」
「それはダメ! オレから告る!」
「早く言ってくださいよぉ! 両想いなんれすよ!」
こみあげる涙をごまかそうとして、リカコは再びタクミの胸に倒れこむ。
いらだちまぎれに拳でタクミの胸を叩きつけると、タクミはぐえっと叫んで小さく跳ねた。
どちらから告白するかというやりとりも、今回が一度目ではないのだけれど、どうせ聞いても覚えてないに決まっている。
両想いだと分かって初めてキスをしたあの時のドキドキを返してほしいと、リカコは涙を飲みながら考えた。
「うーオレ酔ってる時のこと覚えてないからな~。両想いだって覚えてれば言えるんだけど」
再度リカコの頭を撫でながら、タクミがぼやく。
リカコがそのセリフを聞くのも今回で四度目だ。
仏の顔も三度までという言葉がある。
本来の趣旨とは少し違うけれど、仏だったら三度目で激怒しているところを、仏じゃないリカコが、三回も我慢したのだ。
もう切れても良いだろう。
お腹の底からふつふつとマグマのように感情が煮えたぎってくるのを感じながら、リカコはゆっくりと顔を上げた。
「分かりました。じゃあせんぱいが忘れられないようにしてあげます」
リカコは頭の上にのっていたタクミの手をつかむと、指と指を絡ませながら、両手で大事そうにかき抱いた。
「ええ……何すんの、痛いのはちょっと勘弁」
先ほど拳で一発叩かれたことを思い出して、タクミが心もとない声を出した。
大して痛くは無かったが、何回もされれば膀胱か胃袋の中身をまき散らしてしまうかもしれない。
「そんなことしませんよ」
鼻をすんと鳴らしながらリカコは笑った。
流れるような所作で、胸に抱いたタクミの腕に、火照った頬をそっとよせる。
らんらんと輝く瞳からこぼれた水が、にじんで彼女の目元を光らせていた。
その様が異様なまでにあでやかに見えて、タクミはつい口を開けて見とれた。
我に返ったのは、彼女が体をもぞもぞと動かして、両の太ももでタクミの胴をがっちりと固定しなおしてからだ。
「あの、リカコ、ごめんな、泣かせちゃって」
タクミはからめとられている手を動かして、リカコの頬を濡らしている涙を掬おうとした。
けれどリカコがそれを許さなかった。
リカコはタクミの手が意志を持ったと気づくと、逃がすまいと両手にいっそう力をこめた。
「……もう、謝らなくていいです」
リカコは力なく微笑んでいた。
諦めたような表情だが、目だけはじっとりとタクミのことを見下ろしている。
そして胸の前でつかんでいたタクミの手を、自分の腿の間、タクミの腹の上に下ろしてから言った。
「だってあたし、せんぱいのこと大好きですから」
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