圏ガク!!

はなッぱち

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家畜生活はじまりました!

先輩のアドバイスを実践

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「オレっちのもんに勝手に触るな」

 気が付いた時には、真横に向田が立っており、オレより先に気付いたスバルが、獲物を見つけた肉食獣みたいに目を爛爛と輝かせている。向田の手の甲を鷲掴みにするスバルは、加減を一切していないらしく、どういう理屈かオレの肩まで痛い。

「へぇーお前らって、怪しいと思ってたけど、やっぱりそうゆう仲なんだ」

 平常心を装う向田だが、その頬はピクピクと何かを必死に耐えているよう痙攣している。そして、その腕はかなり力が入っている事を表すように僅かに震えていた。なるほど、オレの肩が痛いのはコイツのせいか。

「スバル、手を離してくれ。鬱陶しい」

 オレが声をかけると、スバルは妙な猫なで声で返事をして、向田の手を離し、自分の唇を舌先で一舐めして見せた。顔は女みたいなのに、獰猛な表情がこれでもかと良く似合う奴だ。

 放っておいたら、間違いなく飛びかかってしまいそうなスバルを前にしても、向田の態度は変わらない。最初から立ってる位置が違うと言わんばかりの上から目線。オレもスバルほどではないが、コイツが目の前に居ると自然と眉間に皺が寄ってしまう。可能な限り、接触したくない相手なので、早々に立ち去ってもらいたく、素直に用件を聞いてやった。

「さっきも言っただろう、お前の耳は飾りなのか? 僕の手をどれだけ煩わせれば気が済むんだか……放課後ちょっと付き合えって言ったんだよ」

 何を言っているんだ、コイツは。何が悲しくて向田の顔を教室以外でも拝まにゃならんのだ。適当にあしらうと、向田は明らかに不機嫌そうな顔をした後、気を取り直したように咳払いを一つすると

「生徒会長が直々に夷川を連れて来いと仰っているんだ。お前に拒否権はないって分かるよな?」

また面倒臭い事を言い出した。





「おっと、忘れる所だった。セイシュン、もう一つだけ、言っておきたい事があるんだ」

 振り返った金城先輩は、未練たらしいオレの視線にぶつかり困ったように笑って見せた。恥ずかしくて、慌てて視線を手元に落とすが、時既に遅し。たった数歩だが、わざわざ戻って来てくれた先輩が、飼い犬をなだめるみたいにオレの頭を軽く撫でた。ジッとしていられないような感情が、自分の内側で波打つのが分かって、落ち着かない。

 このままでは、先輩を更に困らせる事になると、忸怩たる思いで押して、名残惜しさを振り払うように、その温かくて大きな手から逃れた。

「子供扱いすんな、馬鹿にしてんだろ、それ」

 本心のような、本心ではないような、そんな言葉を口にすると、後悔みたいな物が押し寄せて来て酷く戸惑う。そのくせ、こっちの表情なんて見ていないのだろう、冗談みたいなノリで先輩が笑うと、その向こう脛を思い切り蹴り飛ばしてやりたくなった。自分の事が本気で分からない。

「セイシュンは生徒会とか委員会に興味はあるか?」

 笑いがおさまった先輩は、少し真面目な顔をして、唐突にそう聞いてきた。生徒会にしろ委員会にしろ、今まで縁がなかったので素直にそう答えると、先輩の表情に不安だろうか、少し影が滲んだ。

「……あのな、ウチの学校の生徒会って、その……ちょっと、危なくてな。具体的に何がどうって言うべきなんだろうけど、出来ればセイシュンにはそうゆうの知って欲しくないんだ。あんまりいい気はしない事だから。だから、その、」

「生徒会には近寄らない方がいいって事?」

 歯切れの悪い先輩の言葉に、そう返すと「うん」と真剣な顔で頷かれた。

 元から生徒会やら委員会なんていう、面倒でしかない事柄に興味はなかったが、こんな言い方をされると逆に好奇心が働いてしまいそうだった。番長が居る学校の生徒会。それも先輩が忠告する程の危険を孕んだ生徒会だ。いかん、俄然興味が湧いてきてしまった。そんな胸中が顔に出ていたらしく、先輩は問答無用で、オレの額に手刀を見舞った。

「悪い、俺の言い方が悪かったな」

「悪いと思ってんなら叩くなよ!」

「いや、だってお前、明らかに生徒会へ行く気満々の顔してたからさ」

 してたんだ。そんな露骨に。……オレって、そんなに顔に出てしまっているんだろうか。ちょっと先行き不安になってきた。

「セイシュン、約束してくれないか?」

 座っているオレと目線を合わせる為に、目の前で屈んだ先輩の顔が近くなる。一切茶化さず、そんな事を言われたら、頷く以外に選択肢はなかった。すると、先輩は子供みたいに小指を立てた右手を差し出してきた。

「じゃあ、約束な。絶対に生徒会には近づかないって、指切り」

 子供じゃないんだぞ。からかわれているのかと思って睨んだら、その表情からは本気だという事しか読み取れず、素直に先輩の指に自分の指を絡めた。

「もし、呼び出されるような事があっても、絶対に一人では行くなよ。いいな」





 先輩との最後のやり取りが、頭の中に鮮明に浮かび上がった。暫くボーッとしていたのだろう、向田やスバルが不思議そうな顔で、オレの方を見ていた。先輩からの忠告、いや先輩との約束と、向田の言い分を冷静に反芻させ、オレは口を開いた。

「なんで生徒会長はお前に連れて来いなんて言うんだ」

 それを聞くや向田の顔がいやらしく歪んだ。

「オレが生徒会に所属しているからに決まっているだろう」

 おぉ生徒会への興味が瞬く間に消えていく。向田のおかげで、先輩との約束は守れそうだった。

「生徒会長が呼んでるって本当か? オレには、お前の点数稼ぎに付き合う義理はないからな。その呼び出しが本当だって証拠があれば付き合ってやるよ」

 呼び出しの証拠なんてあるはずもなく、余裕振りながらも焦りが見え隠れし出した向田を無視して、その日は生徒会に足を向ける事はなかった。先輩との約束をちゃんと守ったという達成感を覚えながら帰寮。……別に褒めて欲しい訳じゃないけど、先輩の顔が見たかった。

 向田がしつこかったので、放課後は早々に校舎を後にしなければならず、それは叶わなかったんだけど、もしかしたらと僅かな期待を胸に、食堂の周りで時間を潰したが収穫は全くなかった。

 それから数日、向田の誘いは日に日に酷くなり、多分本当に呼び出されているんだろうなぁと他人事のように考え出した頃。ホームルーム終了後に担任教師から、少し残るように呼び止められた。

「夷川、今からちょっと生徒会室に顔出して来い」

「……理由とか聞いていいですか」

 教師は厳つい顔をやや顰め、後ろ頭をバリバリと掻くと、

「会長がお前と面談したいとさ。初っぱなから騒ぎを起こす輩は記憶しておきたいとか言ってたぞ。まあ、ちょちょっと行って、テキトーに済ませとけ」

帰り支度を済ませてた皆元を呼び止め、オレに付き添ってやれと言った。

 けれど皆元は頭を下げながら、こちらに顔を出すと、すまなそうな声で辞退を申し出てきた。先に由々式から何か頼まれ事をしているのだとか。それに教師が難色を示し出したので、面談程度なら一人で大丈夫だとオレが言おうとした時、突然背中に何かが飛びついて来た。

「もっさん行かねーなら、オレっちが付き合っちゃるよん」

 子泣き爺のように襲いかかって来たのは、整髪料の臭いがキツイ、髪を逆立てたスバルだった。

「こんなんでも居ないよりはマシだな。夷川、春日野を番犬として連れて行け」

 教師の無責任な言葉を真に受け、背中で遠吠えを始めだした変にテンションの高いスバルを連れ、オレは生徒会室に向かう事になってしまった。てか、普通に言ってくれたが、先輩の言う通りの印象を教師陣も持っているようで驚く。

 一体全体この圏ガクの生徒会とやらは、何が待ち受けているのか、興味とか言う生ぬるい感覚は飛び越えて、言い知れぬ不安で一杯になりつつあった。

 帰り支度を整えて、と言っても持って帰るのは課題のプリントくらいで、教科書などは机に丸ごと置いてあるのだが、プラスチックのファイルを片手に教室を出て、教師から聞いた生徒会室の場所、学年ごとに使用する教室が並ぶ教室棟の一階へと階段を下りていく。

 一年の教室は四階にあるのだが、それぞれの階にある踊り場で、たむろしている上級生の視線には、毎度の事ながら緊張してしまう。その上、今は何をやらかすか分からない奴が一緒だから余計だろうな。腹減ったコールをくり返すスバルを引き連れて、なんとか階段を下りきると、向田がそれはもう勝ち誇った顔で待ち伏せをしていた。

「ほんっと愚図は嫌だね。とっとと来いよな、夷川。お前何様のつもりなんだよ、馬鹿なっ!」

 向田が喋り終わるのを待たず、スバルが見事な跳び蹴りを決めた。廊下でのたうち回る奴と、そいつを指さしてゲラゲラ笑う奴を無視して歩く。やっぱり放課後まで、コイツらの顔見て過ごすのは精神衛生上よろしくない。

 他の階と違って喧噪の少ない廊下は、放課後だと言うのに静かだ。並ぶ空き教室を横目に、なんとなく歩調を緩めた。好奇心より不安が勝ってしまったせいか、あるはずのない偶然を探してしまう。

 背後から追ってくる気配を感じて、頭を切り換える。どうも思考の逃げ場みたいなモノになってしまっているようだ。あの暢気な顔を思い浮かべると、自分でなんとかしようという気力が削がれていけない。

 他の教室と変わらない扉の前に辿り着く。プレートには生徒会室と表記されている。

「ちょ、ちょっとぉ? ちょっと待て、待てって夷川!」

 向田が横に並ぶ前に扉を開けようと、引き戸に手をかけた。あいつに連れて来られた体を取られるのは、不愉快でしかなかったからだ。

 ノックを忘れたと気付いたのは、扉が開きだしてからだった。その一瞬で、多少の後悔もしたが、それらはすでに記憶から消し飛んだ。オレは扉を開いた動作の延長線上で、タイムラグなしに扉を勢い良く閉めた。

 一瞬に自分の目が脳が認識した、扉の先にあったモノ。それは正に『知らなくていいモノ』だった。
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