マリンフェアリー

國灯闇一

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Ⅱ章――――俺たちの夏がやってきた

09  しょっ辛い

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 悪戦苦闘しながら慣れてきた頃、ようやく海洋実習となった。
 プールでやってきたスキルを海で行えるかどうか。要は復習というわけだ。
 今日は浮島さんが見てくれることになった。本業のパン屋は本日休業らしい。プールで練習してきたことを海でもやっていくだけだが、波や海中の透明度に左右されることもあるそうだ。樫崎島の海は他の海より透明だから心配しなくてもいいが、絶対に濁らないわけじゃない。

 ということで、視界不良下における決めごとを確認する。
 スキューバーダイビングではバディを組むことが決まりだ。流されて遭難しないよう常にバディと共に行動しなければならない。
 浮島さんの後ろをついていきながら海中を泳いでいく。樫崎島周辺の海にはサンゴも生息しているため、傷つけないよう泳ぐことが求められる。
 普段陸で生活する人は海にお邪魔しに行く側になる。だから海の環境を傷つけてはならない。
 そういう気持ちを忘れないでほしいと、珍しく真剣な表情で浮島さんに言われた。ただのおちゃらけたオジサンではなかったらしい。

 浮島さんと軽く海中散策をして海上へ浮上した。
「よし、少し休憩したら次は空気のバックアップをおさらいしよう」
「はい」

 浜辺に上がって休もうとする。その時、サーフボードを持たないウェットスーツ姿の女性が右から近づいてきているのを捉えた。
「やあ、折谷君」
 浮島さんは手を振って声をかける。折谷も潜っていたらしい。折谷は雫をつけた手を振り返す。例によって俺の方は見ていない。
「浮島さん、サンゴの生息確認が終わりました」
「ご苦労様。あ、そうそう。この前はありがとう。おかげで妻に締められずに済んだよ」
 折谷は眉尻を下げて苦笑する。

「いえ」
「この前の調査を変わってくれたお礼をさせてくれ。お腹減ってないか?」
「あたしは大丈夫です」
「じゃ、飲み物はどうだい?」
「……いただきます」
「おっけー。ちょっと待っててよ」

 そう言ってカラフルな看板でいろどられた海の家に走っていった。
 できれば二人きりにしてほしくなかった。チラリと一瞥いちべつする。
 冷たい視線。猫のような瞳が氷柱つららみたいに刺してくる。だがここで何も交わさないのもおかしい気がするので、頑張って声をかけてみた。
「俺も海美に入ったんで、改めてよろしくな!」

 どぎまぎしながら声を張って挨拶する。
 折谷は視線を突き刺し、押し黙っている。遠くの黄色い声が鮮明に聞こえてくる。反応がないとこうもむなしいか。今回もすすけた背中で帰る羽目になるようだと覚悟した時だった。
「なんで入ったの?」
「え?」
「別に美化意識に目覚めたわけじゃないでしょ?」
 折谷から俺自身について聞かれるのは初めてだった。そんなことを聞かれるとは夢にも思わなかったので、なんて答えようか一瞬迷った。

「ま、そう……だな。お前の言う通り、環境意識を持ってるわけじゃない。ただ、俺も何か頑張ってみたくなったんだ。近くに頑張ってるヤツがいるなら、そいつを目標にするのが近道だろ?」
 折谷の様子をうかがう。こうしてまともに話すのは初めてに近い。受験の面接の時より、心臓がバクバクと脈打っている。すると、折谷は嘆息たんそくした。
「本当だけどウソね」
「は?」
「他の理由で核心をぼかしてる」
 納得いってないらしい。

「当ててあげようか? マリンフェアリー、そうでしょ?」
「マリンフェアリーがなんだよ?」
「君の父親、マリンフェアリー探してるんでしょ?」
「そうだけど」

「海美の活動は海底の捜索も行う。あわよくば、見てみたいと思ったんじゃないの?」
「まったく気になってないわけじゃないけど、父ちゃんほどこだわってないよ。見れたらいいなって思ってるだけだ」
「君は、父親がマリンフェアリーを探してることをどう思ってるの?」
「それは……応援してる。少し勝手なところはあるけど、俺は夢を持って行動を起こしていく父ちゃんを、尊敬してる」
 なんで睨まれなきゃいけないんだよ。

 爽やかな波の音が緩衝材になってくれるおかげで、なんとか言葉をつむげた。
 すると、折谷はいけ好かないと言いたげに鼻を鳴らした。
「バカにつける薬はないってわけね」
「ッ……お前な!」
 あしらわれる分にはどうってことない。折谷の言い草はカチンときた。
「くだらない説教をしようと思ってるなら海に咆えてれば。少しくらい憂さ晴らしになるでしょ」

 折谷は語気を強めて冷たく突き放し、視線を切った。折谷が向かう方向には浮島さんがいた。浮島さんもちょうど戻ってきたとこらしく、折谷は浮島さんの手に持たれたジュースを受け取った。
 しばらくこのわだかまりと付き合わなきゃならないことにげんなりする。
 浮島さんも呼んでいるので、水を吸い切ったウェットスーツを着る俺も足を運ぶことにした。
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