マリンフェアリー

國灯闇一

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Ⅱ章――――俺たちの夏がやってきた

10  張りつめて熱した空気は薄い

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 今日はまだマシな暑さだ。暑いことに変わりはないが、島に移り住んで三ヶ月と短くも、以前より慣れたような気がする。
 休息がてら海の家にてテーブルを囲む俺たちは、流行りの曲をバックに涼を取っていた。
 真ん中に浮島さんがいるおかげで無垢な青年の心は挫けずにいられる。俺たちの関係性を知ってか知らずか、浮島さんが世間話を展開してくれていた。

 休憩が終わればこの気まずさからおさらばできる。もう少しの辛抱だ……。
「よし、そろそろ始めようか」
 俺の心の願いにこたえるように浮島さんが立ち上がる。窮屈な空気から解放される喜びは、立ち上がる俺の動作を機敏にさせた。
「そ、そうですね! 一日も早く覚えて、みなさんに貢献したいです」
 早口で求められてもない抱負を宣言してしまった。

「あたしはこれで失礼します。ごちそうさまでした」
 そう言いながら折谷は立ち上がった。
「あ、折谷君。ついでと言ってはなんだけど、藍原君のバディ役をしてくれないか?」
「え!?」
 俺は不意にぶたれて気分になり、驚嘆する。
 折谷の瞳がほんの少しつり上がったように見えた。

「人使い荒いですよ」
「あ、用事あった?」
「ない、ですけど……」
 そこまで俺と関わりたくないのか。
 わかっていた反応だが、こうも予想通りに見せつけられてしまったら、ワカメ並みの貧弱メンタルは揺さぶられてしまう。

「これから藍原君も海美の一員になる。実際に作業をしてもらうなら、今のうちに確認し合っておいた方がいいと思ってね。折谷君はCカードを持ってるし、ダイビングの経験も長い。僕みたいなオジサンよりも、同世代の子がいた方が藍原君も頑張りやすいだろ」
 沈黙。楽しげな声に囲まれているというのに、俺の心臓は悲鳴を上げようとしていた。
 窒息しそうになる錯覚に陥りかけた時、諦めとも取れるため息が小さく鳴った。

「わかりました」
「ありがとう。本当に助かるよ! 僕オジサンだから。もう体力ないんだよねー。ハハハハハッ!」
 陽気なオジサンは海の家から出て、俺たちを取り残していった。
 鮮やかなブルーパノラマは無彩色の面構つらがまえの俺を呆然とさせる。衣擦れの音に視線を振ると、スキューバ器材を背負う折谷が視界に入る。けっこう重いのに、一人で背負えることに感心する。

 ぼうっとしていた俺は、折谷の視線と交える。
 何か言いたそうに凛々しい瞳が威圧した。
「な、なんだよ……」
 身構えた俺は引け腰になって問う。睨み合い。動きを封じられたみたいに俺は動けなかった。それも数秒で終焉を告げ、折谷は歩き出す。
「早く終わらせましょ」
 ボソリと呟き、太陽の下へ先に出て行った。

 もしかして、ずっとこういう感じでアイツともやっていかなきゃいけないってことか。前途多難だな、おい。
 先が思いやられる近々の未来を憂い、背中を丸くして重たいスキューバ器材を背負うのだった。

 「それじゃ、バックアップの確認を始めよう」
 浮島さんは小さな船の上に立ち、海に浸かる俺たちに呼びかける。
 浮島さんに連れられてやってきたのはビーチから離れた入り江だった。岸壁に囲まれた海岸とあって、陸からの侵入は不可能。わざわざ船で行かなければならないだけあって、人はいなかった。

 見慣れたビーチより遥かに綺麗な砂浜。波も穏やかでクリアなブルーロケーション。練習するにはもってこいの環境だ。
 浮島さんによると、ここは島の観光名物として売り出しているスポットの一つらしい。だが島の観光ガイドや体験ダイビングなど、特別に許可された者しか利用できない海岸のようだ。

 綺麗な砂浜と海を眼福する余裕はない。これからバディを組む相手がとっつきづらいと余計にな。
「二人とも残圧計を見てほしい」
 残圧計を手繰り寄せ、確認する。

「見てわかる通り、お互いに残量が違う。藍原君のタンクには二分の一の残量、折谷君のタンクには四分の一。折谷君の空気タンクの残量だと、ダイビングをするには心もとない。起きてほしくはないが、ダイビング中にスキューバ器材に不具合が起きる可能性もある。もし残圧計が故障なんてしたら、今どれくらい空気があるのかわからなくなってしまう。すぐに浮上できる状態ならいいが、深く潜っているとそうもいかない。なぜだったかな、藍原君」
「えーっと、ダイビング中に溜まっていく窒素が気泡となって、体内の組織を圧迫する減圧症にかかってしまうから……です」

「正解。他にも、急浮上してしまうと肺の中の空気が膨張して、破裂してしまう危険もある。ゆっくり浮上がダイビングの基本だ。じゃあもし、深く潜っている時に空気タンクの残量がなくなってしまった場合、どうするか」
 浮島さんはウィンクして人差し指を立てる。

「バディの空気タンクからもらう。別の対処方法がないわけじゃないが、それは次回にしよう。じゃ、手本を見せてくれるか。折谷君」
「はい」
 折谷が接近してくる。海で女の子から近づかれ、不覚にも心音が跳ね上がる。もしバディを組む女の子が恥ずかしそうにしていたら、最高のシチュエーションだった。しかし目の前に迫ってくる女の子は、敵意むき出しである。
 警戒感マックスで睨みつけられ、今にも刺されそうな雰囲気すらあった。そうなれば俺の妄想など海の藻くずである。
 俺の前で止まった折谷は顔の前まで右手を上げて倒す。海面と水平になった右手を外側へ引く。エア切れのサインだ。

 俺は黄色いホースを掴み、折谷に差し出す。黄色いホースの先には円形のものがついており、円形にマウスピースのようなくわえられるところがある。折谷はそれを口にくわえた。
 マウスピースの反対側にあたる円形にプッシュボタンがあり、ボタンを押すことで空気が流れていく。そしたらコンタクト。互いに差し出した腕を掴む。
 肘の辺りまで手を伸ばし、掴めたらOKのサインを出し合う。すぐさま浮上の確認を取り、浮上する。
「水中では声を出せないから、お互いのジェスチャーによって意思疎通を行う。手順を憶えておいてくれよ」
 浮島さんの補足が入ると、折谷は口から空気源を外した。

「それじゃ、今度は折谷君から藍原君に。折谷君がしたようにやってみよう」
「はい」
 俺は首肯し、向き合う。目線が合った瞬間、折谷はさっと視線を逸らした。
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