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Lesson4 重なる二人の想い出
STEP④ かすんでいく過去の恋人
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温かくなり始めた気候を纏う街で、俺は彼女を待っていた。
「お待たせしました」
春風を纏う服装をこしらえた海香ちゃんが駅から出てきた。
「それじゃ行こうか」
「はい」
俺達はバス停に行き、数分待つと予定通りバスがやってきた。バスの中はカップルや若い人達の多い車内だった。特に休日というのが拍車をかけているに違いない。
これから行くのはアミューズメントパークだ。なんでも海香ちゃんの働いている会社の提携先のプレゼントでチケットを貰ったそうなのだ。つまり、チケット代は事実上の無料だ。
「ここ一度行ってみたかったんです」
「そうだったんだ」
「ギャオラスパークってけっこう人気なんですよ。当日券も売ってるんですけど、なんせ遠いんで、うちらの住んでる近くだと交通費が馬鹿にならなくて行けなかったんです。交通費込みのチケットがあるのは助かりましたぁ」
そう。海香ちゃんが用意してくれたチケットは普通のチケットではない。ギャオラスパーク直行便のバスの代金も賄ってくれるプレミアチケットだった。
「やっぱ受付嬢なんてしてると得するんだね」
「たまたまですよ。こないな良いもん貰うなんて早々ないですから。あ、そうだ」
そう言うと、海香ちゃんは鞄を漁りだした。鞄から出したのはコンビニに売ってそうなおにぎりだ。
「実はちょっと寝坊してもうて、朝食食べれんかったんですよ。亨二さんも良かったら食べますか? 何個か多めに買ったんで、遠慮せんとってください」
「あ、いやいいよ。俺食ってきたし」
俺は海香ちゃんの好意に乗りたかったが、残念ながらお腹は膨れていた。
「ホンマですか? じゃ、横ですみませんけど、いただきます」
しかし、海香ちゃんはおにぎりを包んだ包装を開けても食べようとしない。俺の方を気にしているようで、俺に視線がちらついていた。
「どうしたの?」
「いや、こう横に男の人がおりながら食べんの恥ずかしいな思って、それに、海苔とかご飯粒落としたら迷惑やろうし」
なんだ、そんなことか。
俺は苦笑する。
「あぁ、そんなの気にしないでいいよ。ちょっとご飯粒がつくくらいならすぐに取れるし」
「おおきに亨二さん!」
海香ちゃんは天使のような笑みを向けてきた。
うお~~~~っ! 可愛いー! カップルって言ったらこんな感じだよな!
俺はトキメキシチュエーションに心の中でガッツポーズをする。
これがあの猫被り女ならこうはいかない。どうせ安もんの服だし、洗えば取れるでしょとか言って俺も強制的に食べさせるに決まっている。
バスに揺られること二時間。俺達はギャオラスパークの駐車場に到着した。俺達は入園口でスタッフにチケットを渡し、ギャオラスパークに入った。
「へー……」
俺は感嘆の声を漏らす。施設の中はたくさんの乗り物があり、複合施設となっているようで様々な店も並んでいた。
「亨二さん、私行きたい所があるんですけどいいですか?」
「うん、俺は別にいいよ」
俺は海香ちゃんの先導についていく。人混みを抜けながら進むと、平屋の建物の前に着いた。平屋の建物の上部には脱出ゲームと書いてある。
なんだここ……。
施設内の人混みのわりに脱出ゲームが行われている建物の前はほとんど並んでいない。
人気無いのかな?
「じゃあ入りましょうか」
少し並んで入り口につくと、スタッフから紙を貰った。
「いってらっしゃいませー」
スタッフの見送りを背に中に入ると、一面草の壁に覆われた道が姿を現した。草の壁は三メートル以上あり、上から覗くのは不可能だ。
「すごいね」
「迷路ですかね?」
俺達はとりあえず先へ進む。
草の壁の迷路を進むこと二十分。まったく活路が見いだせない。俺達はあぐねいでいた。
「あかん。亨二さん。うち歩き疲れてきた……」
海香ちゃんはぐったりした様子だ。
「でも、ここ休む場所ないしな」
地面は普通に土だ。出口の見えない草の壁の迷路で、俺達はさっきから行き止まりに会っていた。
「ホンマにここ出口あんのかなぁ? さっきからずっと同じとこ来てるような気がすんねんけど……」
海香ちゃんの話を小耳に挟みながら、俺は入り口でスタッフに貰った紙を見ていた。
紙にはこう書かれていた。
CのMを動かせ。
十中八九暗号だろう。時々、アルファベットのAからGまでの文字札がそれぞれの曲がり角や行き止まりにあったが、Mは見つけていない。
「亨二さん、それどういう意味か分かった?」
「うーん……なんだろうね」
俺はこの紙と睨めっこしているが、良いアイディアが浮かばない。
「とにかくCの行き止まりに行ってみようか」
「それならこっちですよ」
「覚えてるの?」
「はい。うち、道覚えんのだけは早いですから」
俺は海香ちゃんの案内に導かれながらCの行き止まりに着いた。俺と海香ちゃんはCの行き止まりに近づく。
「ん?」
海香ちゃんは行き止まりに近づくと、行き止まりの前で手をブンブン振っている。何をしているのかと様子を見ていたら、海香ちゃんの手がもう一つ現れた。
「亨二さん! これ鏡やわ!」
俺も行き止まりに近づく。すると、鏡が斜めに設置され、草の壁を映していただけだった。つまり、鏡が草の壁を映して行き止まりに見せていたのだ。
「あー! そうか!」
俺は暗号の謎が解け、嬉しくて声が大きくなった。
「うわっ! 驚かせんといてよ亨二さん。なんですか?」
「あー、ごめん! 分かったんだよ! CのMはCのミラーだよ。鏡は英語でミラーだろ?」
「つまり、Cの鏡を動かせってことですか?」
「そうだと思う。……たぶん」
俺はちょっと自信がなくなって言葉を濁した。
「亨二さんすごいわ!」
「いや、そんなことないよ」
俺は海香ちゃんに褒められ、ちょっと胸を張ってしまう。
「でも、この鏡どうやって動かすんやろ?」
「手じゃ動かせそうにないね」
鏡は草の壁にずっぽり嵌まっていて、手が入る隙間は無かった。
「亨二さん、ここに見るからに怪しげなボタンがあるわ!」
「それだね……」
海香ちゃんはしゃがんで草の壁の下から黄緑色のボタンを探し当てていた。海香ちゃんがボタンを押すと、鏡が下に沈んでいく。
「隠し扉や! ロールプレイングゲームのキャラクターになった気分ですね!」
「あははは、冒険してるようなもんだしね」
「どんどん進みましょう!」
そんな困難がありつつ、俺達は協力し合いながら脱出ゲームを進め、見事脱出に成功したのだった。
昼食を食べ、柔らかな陽光が差す中、パラソルの咲いた席に座っていた。
海香ちゃんはここにいない。アイスを買ってくると言って出かけてしまった。俺も行こうとしたのだが、海香ちゃんから「青野さん、疲労が顔に出てるからええよ。すぐ買ってくるから待ってて」と言って走りだしてしまったのだ。そんなに顔に出てたのかとか、少し悪いなとか思いつつ、海香ちゃんの気遣いに感謝した。
今日はまだ春入りたての陽気とはいえ、歩いていると汗ばむ気候だ。インドア派の俺にはなかなか体に堪える気候だった。
「亨二さん、お待たせしました!」
眩しい笑顔で戻って来た海香ちゃんは、ソフトクリームを2つ持ってきた。
「ありがとう」
海香ちゃんは額の汗を拭い、席に座る。
「海香ちゃんは本当に元気だよね」
「そんなことないですって」
謙遜する海香ちゃん。俺はソフトクリームをほおばる。
「このソフトクリームまろやかだね」
俺のソフトクリームはバニラだ。普通のバニラと違って味が濃厚だ。
「牧場で取った牛乳を使用してるらしいですよ」
「へぇー、どうりで味が良いわけだ」
「亨二さん、鼻についてますよ?」
「え?」
海香ちゃんは俺の唇に指で触れた。俺がお礼を言おうと口を開いた瞬間、海香ちゃんは指についたアイスを舐めてしまった。海香ちゃんのみずみずしいグロスの唇に目線が行ってしまう。
「どうかしはりました? なんかぽーっとしてましたよ?」
「いや! なんでもないよ! ちょっと久々にはしゃいじゃったせいかも! あははははは!!」
俺は平静を装ってみた。初デートだというのにこんな下心を持っている自分はどうかしているんじゃないかとさえ思う。俺は煩悩を振り払うため、頭を冷やそうとアイスクリームに食らいついた。
その後も俺と海香ちゃんはギャオラスパーク内で楽しんだ。ジェットコースターや葉っぱを模した乗り物に乗って水面を遊覧したり、観覧車に乗ったりして、道楽の学生時代を思い馳せた。
さすがにかなり動いて疲れたのか、帰りのバスの中で俺の肩に頭を預けて海香ちゃんは寝てしまった。
そういや、前にもこんなことあったけな……。
映画館で館花さんが寝てしまった時だ。四ヵ月前だったが、今でも覚えている。その時はすごく焦った気がする。
それに比べて今は少しだけ緊張するものの、まだ落ち着けていると思う。
海香ちゃんの匂いが少しだけ香る。
あの経験が生かされるとはな。
海香ちゃんの触れている肩が熱く感じる。俺は高速を走るバスの窓から見える景色を眺めた。このバスが走るように、俺の恋もまた走り始めたのかもしれない。そんな期待を未来に託し、ぬくもりを肩に感じていた。
初デートを済ませた俺と海香ちゃんは都合の良い日を見つけてはデートを重ね、恋人の軌跡を積み上げていた。そんな甘い日々が続いていた梅雨の季節。蘭子から俺と海香ちゃんの様子を伺う電話があった。
「なんで俺に訊くんだよ。海香ちゃんから訊けばいいだろ?」
「まあ、そうなんだけどさ。きょっちが海香ちゃんにデレデレしすぎて腑抜けになってないか心配じゃん?」
「誰が腑抜けだ!」
紅茶が出来上がり、ローテーブルに持っていく。
「それはそうとさ。聞いた? 佳織結婚するんだって」
「……へぇ、そうなんだ」
電話特有のこもった蘭子の声が発した内容にちょっと驚く。
「あれ? 聞いてないの?」
「あれから連絡取ってないからね」
「え? なんで?」
「ほら、彼氏いたろ?」
「あー! 縣とか言うあの美男子ね」
蘭子は偵察した翌日に、館花さんから名前やらなんやらを訊いたらしい。
「あの人が心配してるからさ。館花さんが浮気してるんじゃないかって」
俺は紅茶をすする。
「だから、連絡先は消して一切連絡してないんだよ」
「ふーん。律儀だね。でもこれで、きょっちは先を越されちゃったね」
「そうだね。でもこっちには海香ちゃんがいるから。どっかの親友のおかげでね」
俺は微笑を浮かべて話す。
「まあ、せいぜい愛想尽かされないように頑張りなさい」
「肝に銘じておくよ」
「じゃあ、またね」
「ああ。それじゃ」
俺は通話を切った。
そっか……。館花さん、もう結婚するのか……。
館花さんの話を聞いた時、俺は嬉しかった。一ヵ月という短い期間であったものの、その中で積み重ねてきた仲間意識みたいなものがある。仲間がやっと負け組から卒業したのだ。だけど、言いようのない何かが俺の心の中でかすかにうずいていた。
先を越されたことを根に持っている。近いけど、違う……。
俺の中で浮かんでは消えていく言いようのない何かは、正体を掴めない。でも、俺を捉えて離さない。ひずむように重い頭を捻ってもどうにも分からない。俺は大きく息を吐いて無視した。
「お待たせしました」
春風を纏う服装をこしらえた海香ちゃんが駅から出てきた。
「それじゃ行こうか」
「はい」
俺達はバス停に行き、数分待つと予定通りバスがやってきた。バスの中はカップルや若い人達の多い車内だった。特に休日というのが拍車をかけているに違いない。
これから行くのはアミューズメントパークだ。なんでも海香ちゃんの働いている会社の提携先のプレゼントでチケットを貰ったそうなのだ。つまり、チケット代は事実上の無料だ。
「ここ一度行ってみたかったんです」
「そうだったんだ」
「ギャオラスパークってけっこう人気なんですよ。当日券も売ってるんですけど、なんせ遠いんで、うちらの住んでる近くだと交通費が馬鹿にならなくて行けなかったんです。交通費込みのチケットがあるのは助かりましたぁ」
そう。海香ちゃんが用意してくれたチケットは普通のチケットではない。ギャオラスパーク直行便のバスの代金も賄ってくれるプレミアチケットだった。
「やっぱ受付嬢なんてしてると得するんだね」
「たまたまですよ。こないな良いもん貰うなんて早々ないですから。あ、そうだ」
そう言うと、海香ちゃんは鞄を漁りだした。鞄から出したのはコンビニに売ってそうなおにぎりだ。
「実はちょっと寝坊してもうて、朝食食べれんかったんですよ。亨二さんも良かったら食べますか? 何個か多めに買ったんで、遠慮せんとってください」
「あ、いやいいよ。俺食ってきたし」
俺は海香ちゃんの好意に乗りたかったが、残念ながらお腹は膨れていた。
「ホンマですか? じゃ、横ですみませんけど、いただきます」
しかし、海香ちゃんはおにぎりを包んだ包装を開けても食べようとしない。俺の方を気にしているようで、俺に視線がちらついていた。
「どうしたの?」
「いや、こう横に男の人がおりながら食べんの恥ずかしいな思って、それに、海苔とかご飯粒落としたら迷惑やろうし」
なんだ、そんなことか。
俺は苦笑する。
「あぁ、そんなの気にしないでいいよ。ちょっとご飯粒がつくくらいならすぐに取れるし」
「おおきに亨二さん!」
海香ちゃんは天使のような笑みを向けてきた。
うお~~~~っ! 可愛いー! カップルって言ったらこんな感じだよな!
俺はトキメキシチュエーションに心の中でガッツポーズをする。
これがあの猫被り女ならこうはいかない。どうせ安もんの服だし、洗えば取れるでしょとか言って俺も強制的に食べさせるに決まっている。
バスに揺られること二時間。俺達はギャオラスパークの駐車場に到着した。俺達は入園口でスタッフにチケットを渡し、ギャオラスパークに入った。
「へー……」
俺は感嘆の声を漏らす。施設の中はたくさんの乗り物があり、複合施設となっているようで様々な店も並んでいた。
「亨二さん、私行きたい所があるんですけどいいですか?」
「うん、俺は別にいいよ」
俺は海香ちゃんの先導についていく。人混みを抜けながら進むと、平屋の建物の前に着いた。平屋の建物の上部には脱出ゲームと書いてある。
なんだここ……。
施設内の人混みのわりに脱出ゲームが行われている建物の前はほとんど並んでいない。
人気無いのかな?
「じゃあ入りましょうか」
少し並んで入り口につくと、スタッフから紙を貰った。
「いってらっしゃいませー」
スタッフの見送りを背に中に入ると、一面草の壁に覆われた道が姿を現した。草の壁は三メートル以上あり、上から覗くのは不可能だ。
「すごいね」
「迷路ですかね?」
俺達はとりあえず先へ進む。
草の壁の迷路を進むこと二十分。まったく活路が見いだせない。俺達はあぐねいでいた。
「あかん。亨二さん。うち歩き疲れてきた……」
海香ちゃんはぐったりした様子だ。
「でも、ここ休む場所ないしな」
地面は普通に土だ。出口の見えない草の壁の迷路で、俺達はさっきから行き止まりに会っていた。
「ホンマにここ出口あんのかなぁ? さっきからずっと同じとこ来てるような気がすんねんけど……」
海香ちゃんの話を小耳に挟みながら、俺は入り口でスタッフに貰った紙を見ていた。
紙にはこう書かれていた。
CのMを動かせ。
十中八九暗号だろう。時々、アルファベットのAからGまでの文字札がそれぞれの曲がり角や行き止まりにあったが、Mは見つけていない。
「亨二さん、それどういう意味か分かった?」
「うーん……なんだろうね」
俺はこの紙と睨めっこしているが、良いアイディアが浮かばない。
「とにかくCの行き止まりに行ってみようか」
「それならこっちですよ」
「覚えてるの?」
「はい。うち、道覚えんのだけは早いですから」
俺は海香ちゃんの案内に導かれながらCの行き止まりに着いた。俺と海香ちゃんはCの行き止まりに近づく。
「ん?」
海香ちゃんは行き止まりに近づくと、行き止まりの前で手をブンブン振っている。何をしているのかと様子を見ていたら、海香ちゃんの手がもう一つ現れた。
「亨二さん! これ鏡やわ!」
俺も行き止まりに近づく。すると、鏡が斜めに設置され、草の壁を映していただけだった。つまり、鏡が草の壁を映して行き止まりに見せていたのだ。
「あー! そうか!」
俺は暗号の謎が解け、嬉しくて声が大きくなった。
「うわっ! 驚かせんといてよ亨二さん。なんですか?」
「あー、ごめん! 分かったんだよ! CのMはCのミラーだよ。鏡は英語でミラーだろ?」
「つまり、Cの鏡を動かせってことですか?」
「そうだと思う。……たぶん」
俺はちょっと自信がなくなって言葉を濁した。
「亨二さんすごいわ!」
「いや、そんなことないよ」
俺は海香ちゃんに褒められ、ちょっと胸を張ってしまう。
「でも、この鏡どうやって動かすんやろ?」
「手じゃ動かせそうにないね」
鏡は草の壁にずっぽり嵌まっていて、手が入る隙間は無かった。
「亨二さん、ここに見るからに怪しげなボタンがあるわ!」
「それだね……」
海香ちゃんはしゃがんで草の壁の下から黄緑色のボタンを探し当てていた。海香ちゃんがボタンを押すと、鏡が下に沈んでいく。
「隠し扉や! ロールプレイングゲームのキャラクターになった気分ですね!」
「あははは、冒険してるようなもんだしね」
「どんどん進みましょう!」
そんな困難がありつつ、俺達は協力し合いながら脱出ゲームを進め、見事脱出に成功したのだった。
昼食を食べ、柔らかな陽光が差す中、パラソルの咲いた席に座っていた。
海香ちゃんはここにいない。アイスを買ってくると言って出かけてしまった。俺も行こうとしたのだが、海香ちゃんから「青野さん、疲労が顔に出てるからええよ。すぐ買ってくるから待ってて」と言って走りだしてしまったのだ。そんなに顔に出てたのかとか、少し悪いなとか思いつつ、海香ちゃんの気遣いに感謝した。
今日はまだ春入りたての陽気とはいえ、歩いていると汗ばむ気候だ。インドア派の俺にはなかなか体に堪える気候だった。
「亨二さん、お待たせしました!」
眩しい笑顔で戻って来た海香ちゃんは、ソフトクリームを2つ持ってきた。
「ありがとう」
海香ちゃんは額の汗を拭い、席に座る。
「海香ちゃんは本当に元気だよね」
「そんなことないですって」
謙遜する海香ちゃん。俺はソフトクリームをほおばる。
「このソフトクリームまろやかだね」
俺のソフトクリームはバニラだ。普通のバニラと違って味が濃厚だ。
「牧場で取った牛乳を使用してるらしいですよ」
「へぇー、どうりで味が良いわけだ」
「亨二さん、鼻についてますよ?」
「え?」
海香ちゃんは俺の唇に指で触れた。俺がお礼を言おうと口を開いた瞬間、海香ちゃんは指についたアイスを舐めてしまった。海香ちゃんのみずみずしいグロスの唇に目線が行ってしまう。
「どうかしはりました? なんかぽーっとしてましたよ?」
「いや! なんでもないよ! ちょっと久々にはしゃいじゃったせいかも! あははははは!!」
俺は平静を装ってみた。初デートだというのにこんな下心を持っている自分はどうかしているんじゃないかとさえ思う。俺は煩悩を振り払うため、頭を冷やそうとアイスクリームに食らいついた。
その後も俺と海香ちゃんはギャオラスパーク内で楽しんだ。ジェットコースターや葉っぱを模した乗り物に乗って水面を遊覧したり、観覧車に乗ったりして、道楽の学生時代を思い馳せた。
さすがにかなり動いて疲れたのか、帰りのバスの中で俺の肩に頭を預けて海香ちゃんは寝てしまった。
そういや、前にもこんなことあったけな……。
映画館で館花さんが寝てしまった時だ。四ヵ月前だったが、今でも覚えている。その時はすごく焦った気がする。
それに比べて今は少しだけ緊張するものの、まだ落ち着けていると思う。
海香ちゃんの匂いが少しだけ香る。
あの経験が生かされるとはな。
海香ちゃんの触れている肩が熱く感じる。俺は高速を走るバスの窓から見える景色を眺めた。このバスが走るように、俺の恋もまた走り始めたのかもしれない。そんな期待を未来に託し、ぬくもりを肩に感じていた。
初デートを済ませた俺と海香ちゃんは都合の良い日を見つけてはデートを重ね、恋人の軌跡を積み上げていた。そんな甘い日々が続いていた梅雨の季節。蘭子から俺と海香ちゃんの様子を伺う電話があった。
「なんで俺に訊くんだよ。海香ちゃんから訊けばいいだろ?」
「まあ、そうなんだけどさ。きょっちが海香ちゃんにデレデレしすぎて腑抜けになってないか心配じゃん?」
「誰が腑抜けだ!」
紅茶が出来上がり、ローテーブルに持っていく。
「それはそうとさ。聞いた? 佳織結婚するんだって」
「……へぇ、そうなんだ」
電話特有のこもった蘭子の声が発した内容にちょっと驚く。
「あれ? 聞いてないの?」
「あれから連絡取ってないからね」
「え? なんで?」
「ほら、彼氏いたろ?」
「あー! 縣とか言うあの美男子ね」
蘭子は偵察した翌日に、館花さんから名前やらなんやらを訊いたらしい。
「あの人が心配してるからさ。館花さんが浮気してるんじゃないかって」
俺は紅茶をすする。
「だから、連絡先は消して一切連絡してないんだよ」
「ふーん。律儀だね。でもこれで、きょっちは先を越されちゃったね」
「そうだね。でもこっちには海香ちゃんがいるから。どっかの親友のおかげでね」
俺は微笑を浮かべて話す。
「まあ、せいぜい愛想尽かされないように頑張りなさい」
「肝に銘じておくよ」
「じゃあ、またね」
「ああ。それじゃ」
俺は通話を切った。
そっか……。館花さん、もう結婚するのか……。
館花さんの話を聞いた時、俺は嬉しかった。一ヵ月という短い期間であったものの、その中で積み重ねてきた仲間意識みたいなものがある。仲間がやっと負け組から卒業したのだ。だけど、言いようのない何かが俺の心の中でかすかにうずいていた。
先を越されたことを根に持っている。近いけど、違う……。
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