二面性(リバーシブル)女との恋愛は期間限定

國灯闇一

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Lesson4 重なる二人の想い出

STEP⑧ サービス残業

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 九月に入った頃、paletteはいつもと違い、忙しさがあった。どういう風の吹きまわしか、社長は一度に三件の依頼を引き受けたのだ。「今月は給料アップしてあげますから」と社長は俺達を鼓舞した。
 俺が受け持つのは二件。もう一つは写真を使う。俺は会議で決めた大体のイメージを白紙の画面に具現化していく。パソコンの画面で専用のペンの先は順調に進んでいた。
「青野さん、よくペンが止まらないわね」
 小坂が俺の後ろで絵の出来具合を見物していた。小坂はいつも俺のラフを見ながら色をどう塗っていくのかイメージを膨らませるのだ。
「今日はちょっと調子がいいかもね」
「調子がいい? 全然変わらない気がするんだけど?」
「え!? 嘘……」
「へこみすぎでしょ……」
 小坂はただこうやって俺とくっちゃべりながらイメージを膨らませているわけではない。
 たまに小坂からこうした方がいいんじゃないかという提案もしてくる。最初の頃は見ていただけだったが、俺が以前意見を求めたことがあり、それから小坂は積極的に提案をしてくるようになった。俺も意見を言う時には、小坂からまともな返しが来る。同意する時はするし、私はこうした方がいいと思うんだけどみたいな感じで意見を述べてくる。小坂のそういう所は仕事がしやすいと思っている。

 勤務終了時間となり、従業員達は帰り支度をする。
「あー……今日は疲れちゃったよう~。僕、過労死しちゃうかも」
 倉井さんが大げさなことを言いながら事務所を出ていく。
「倉井さんはもっと働いた方がいいですよ」
「ええ!? 小坂君、それ僕に対するイジメかい?」
「あははは……」
 法堂さんが二人のやり取りを見て苦笑する。
「あれ? 青野さん、帰らないんですか?」
 鹿賀里さんが椅子に座ったままの俺を見て、不思議そうな顔でく。
「ちょっとやることがあるからね」
「社長が来るまでやってるんですか?」
「社長が帰る頃に俺も終わるよ」
「まさか、残業で仕事する気!?」
 小坂はまるで青天の霹靂へきれきと言わんばかりに驚愕している。俺が残業するのは新人の時にしかなかった。小坂が入った頃には仕事にも慣れ、残業する必要もなくなったのだ。だから、俺が残業で働くと聞くのは小坂にとって初めてなのだろう。
「いや、仕事とは関係ないから」
「だったらここでやらなくてもいいんじゃない?」
「まあ、そうなんだけど、ここならけっこう色々揃ってるし、やりやすいから」
 俺は微笑する。小坂と鹿賀里さんは顔を見合わせて首を傾げる。
「そうですか。あんまり頑張りすぎないでくださいね」
 鹿賀里さんが心配してくれる。
「そうだよ、青野君。あんまり頑張ると過労死するからね」
「はいはい。もうそのネタいいですから」
 小坂が倉井さんをあしらいながら去っていく。
「じゃ、青野君頑張って」
「ちゃんと社長が来るまでいてくださいよ? 鍵持ってるの、社長しかいないんですから」
「うん」
 俺は鹿賀里さんの忠告を受けて首肯する。
 法堂さんと鹿賀里さんの顔が見えたのを最後に、事務所の扉が閉まった。

 静かになった事務所。一人だけになって、デスクに置いてある小さなカレンダーを見る。カレンダーには日付に丸をした隣に、小さく手書きで仕事関係のメモが書いてある。九月のカレンダーから二枚捨てれば、十一月になる。その月は館花さんの結婚式がある。
 俺は結婚式には行けない。だけど、このままでいいのか……。
 館花さんとはただの同級生で、周りから促されて話をしだしたようなものだ。イチコイ作戦という名の恋人ごっこでかわした言葉も仕草も、全ては本物の恋人と上手くいくための練習でしかない。つまり、嘘で包まれた恋だったのだ。
 だとしても、互いに本物の恋人のために努力してきた者同士である。蘭子の言った同志というのはそういう意味なのだとすぐに分かった。
 今海香ちゃんと付き合えているのはみんなのおかげだ。そのみんなの中には、間違いなく館花さんも入っている。
 いつの間にか俺は館花さんに強い仲間意識を持っていたらしい。その仲間が目標を達成しようとしている。少し感慨深いものがある。海香ちゃんと付き合えたことのお礼、そして、仲間が目標を達成しようとしていることへのお祝いをしたい、という衝動に駆られてしまった。そこで思いついたのが、新婦が身に着ける小物を作ってプレゼントをすることだ。
 まずはイメージ図を作る作業から入りたい所だが、まだアイディアが無い。白紙の状態だ。なんせ思いついたのが昨日なのだから無理もない。なので、情報収集から開始だ。隣の倉井さんのデスクのパソコンを使い、結婚式で新婦が身に着ける小物の種類を調べる。俺はそれを確認した後、候補の中から絞り込むため、図書館で借りた装飾品の図鑑を見たりしながら具体的な物にしていく。

 俺がそんな作業をしている内に事務所のドアが開いた。誰が入ってきたかは分かっている。
「誰かと思いきや、青野さんじゃないですか」
 制服姿の社長が入ってきた。学校帰りだろう。
「お疲れ様です」
「何してるんですか?」
 一人でいる俺を社長は不審な視線を向ける。
「ちょっと描きたい絵があるんですよ」
「仕事ですか?」
「いえ、個人的な物です」
「そうですか。まあ、ぼちぼちにしてくださいよ? 体調崩したら大変ですから」
 社長はそう言いながら社長室に入っていく。
「はい。ありがとうございます」
 俺は制作を続行する。
 今回はいつものようにデザインがどうとかというだけでは収まらない。設計図としての役割を持たせなければならないのだ。材質は何にするのか。どうやって作るのか。予算は捻出できるか。様々な事柄を考慮しながらデザインをどうするのかを考えなければならない。
 俺は浮かんだイメージを白いページに視覚化させてみる。しっくりこなくて消去。また浮かんだイメージをページに描き、しっくりこなくて消去。それを何度も繰り返す。二ヵ月という期限に焦りを感じながら考えていく。
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