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第十一章 ルリとミナセ、ピンチ!
(二)
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「そ、そろそろ、吸血鬼の街につくかな⁉」
「そうだね、もう森を抜けると思うよ」
声が裏返ったわたしとは反対に、ミナセの声はすんっと落ち着いたものになった。はやい。もう気持ちを切り替えたらしい。レオを助けるために、ここからが肝心だからね。わたしも、ふわふわ気分でいちゃいけない。
ぱちんと自分の頬をたたく。
よし、なんとか赤輝石を貸してもらえるように、がんばろう……!
そのときだった。
「ごきげんよう、レディ」
声がした。
それは聞いたことのある声だった。
ミナセがすばやくわたしの前に躍り出る。そこに、黒い狼が飛び出してきた。
「ミナセ!」
「大丈夫」
ミナセはすぐさま風を操って、竜巻を起こし、狼をからめとる。
「おやおや。きみはモーリスさまのところの使用人だね。モーリスさまが優秀だと褒めていたけど、たしかに魔法も得意らしい。その歳でたいしたものだ」
木の陰から、すっと男のひとが現れた。赤くて長い髪と、同じ色の瞳。にこにことした微笑みは、ぱっとあたりを照らすような華がある。だけど、どこか恐ろしく見えて、わたしは後ずさった。
「ルークさん……」
「この先は、吸血鬼たちがたくさんいる。人間の子どもは、進まないほうがいいよ」
ルークさんは微笑みを崩さない。レオを狙っているひと、と思うからか、とても恐ろしいと感じてしまう。わたしの頬に冷や汗が伝った。
「おびえているね。その様子じゃあ、レオからぜんぶ聞いてしまったのかな? 困ったね」
やれやれとルークさんは肩をすくめる。困ったと言いながら、余裕のある態度だ。
「吸血鬼の街には、赤輝石を探しにきたの? そうとなると、ますます通すわけにはいかないね」
その瞬間、ミナセの風にとらわれていた狼が、風を破って飛び出した。地面に降り立つと、力強く蹴りつけて、こちらに向かってくる。
「紳士たるもの、レディに怪我はさせられない。狙うのは、使用人くんだけだよ」
ルークさんの声に狼は従順に吠えて応え、ミナセだけを狙って突き進んでくる。
ミナセはすぐさま手をかざした。指先から、鋭い風の刃が生まれて、狼に飛ぶ。だけど狼も簡単には攻撃をくらわない。ミナセのつくり出す風のうなりと、狼のうなりで、森の木々がざわざわと揺れた。
わたしは、なにもできずに見ていることしかできなかった。なにかしなきゃとは思う。だけど、こんなときに使える魔法なんて、なにもない。
このままじゃ、ミナセが危ないのに……!
「ルークさん、やめてください!」
必死に叫ぶ。
「そうだなあ、ふたりがおとなしくしてくれたら、やめてあげる。ぼくも、かわいい子どもたちを、いじめたいわけじゃないからね」
ルークさんは歌うように、美しい声で言った。
「レオはいま、どこにいるんだい? レディの家にはいなかったから、使用人くんのお家にかくまっているのかな?」
「知りません!」
「そう? 教えてくれないと、使用人くんが怪我しちゃうかもしれないよ? いいの?」
ぱちん、とルークさんが指をならす。応えるように、狼が身を低くして、ミナセに飛びかかる。
はやい。さっきまでと、動きがぜんぜん違う!
「うっ」
「ミナセ!」
狼は、ミナセの肩に噛みついた。すぐさま飛び退いた狼の牙から、赤い血がしたたる。ミナセはうめいて膝をついた。
「美味しそうな匂いだね。お腹が空いてしまうなあ」
ルークさんが笑って、唇をなめた。そうして、腰にさした剣を抜く。
「わたしも忙しいから、もう、おしまいにしようか。邪魔する君たちが悪いんだよ?」
こもれびに、刀身がきらりと輝く。とん、と地を蹴って、ミナセを襲おうとする。
(ダメ。ダメだよ、こんなの!)
わたしは、ぎゅっと拳を握った。
考えるより先に、身体が動く。ミナセの前へ。
「ルリ⁉」
ミナセが目を見開く。
剣が迫る。不思議なくらい、それがゆっくり見えた。
胸に、強い衝撃が走った。
あ、とルークさんの声がする。
わたしは、剣を斜めにふり下ろされて、地面に崩れた。
剣だけの衝撃じゃなかった。きっと、魔法が乗っていたんだ。打ち付けられた胸が痛くて、息ができない。苦しくて、身体が熱くて、視界がぼんやりしていく。
(でも、まだ、倒れちゃダメ。ミナセを助けなきゃ)
そう思うのに、どんどん目が見えなくなる。
「ルリ! ルリ……っ!」
「……レディに怪我をさせるつもりは、なかったんだけどな」
ふたりのそんな声を最後に、わたしの意識は、闇の中にずるりと引きずり込まれた。
「そうだね、もう森を抜けると思うよ」
声が裏返ったわたしとは反対に、ミナセの声はすんっと落ち着いたものになった。はやい。もう気持ちを切り替えたらしい。レオを助けるために、ここからが肝心だからね。わたしも、ふわふわ気分でいちゃいけない。
ぱちんと自分の頬をたたく。
よし、なんとか赤輝石を貸してもらえるように、がんばろう……!
そのときだった。
「ごきげんよう、レディ」
声がした。
それは聞いたことのある声だった。
ミナセがすばやくわたしの前に躍り出る。そこに、黒い狼が飛び出してきた。
「ミナセ!」
「大丈夫」
ミナセはすぐさま風を操って、竜巻を起こし、狼をからめとる。
「おやおや。きみはモーリスさまのところの使用人だね。モーリスさまが優秀だと褒めていたけど、たしかに魔法も得意らしい。その歳でたいしたものだ」
木の陰から、すっと男のひとが現れた。赤くて長い髪と、同じ色の瞳。にこにことした微笑みは、ぱっとあたりを照らすような華がある。だけど、どこか恐ろしく見えて、わたしは後ずさった。
「ルークさん……」
「この先は、吸血鬼たちがたくさんいる。人間の子どもは、進まないほうがいいよ」
ルークさんは微笑みを崩さない。レオを狙っているひと、と思うからか、とても恐ろしいと感じてしまう。わたしの頬に冷や汗が伝った。
「おびえているね。その様子じゃあ、レオからぜんぶ聞いてしまったのかな? 困ったね」
やれやれとルークさんは肩をすくめる。困ったと言いながら、余裕のある態度だ。
「吸血鬼の街には、赤輝石を探しにきたの? そうとなると、ますます通すわけにはいかないね」
その瞬間、ミナセの風にとらわれていた狼が、風を破って飛び出した。地面に降り立つと、力強く蹴りつけて、こちらに向かってくる。
「紳士たるもの、レディに怪我はさせられない。狙うのは、使用人くんだけだよ」
ルークさんの声に狼は従順に吠えて応え、ミナセだけを狙って突き進んでくる。
ミナセはすぐさま手をかざした。指先から、鋭い風の刃が生まれて、狼に飛ぶ。だけど狼も簡単には攻撃をくらわない。ミナセのつくり出す風のうなりと、狼のうなりで、森の木々がざわざわと揺れた。
わたしは、なにもできずに見ていることしかできなかった。なにかしなきゃとは思う。だけど、こんなときに使える魔法なんて、なにもない。
このままじゃ、ミナセが危ないのに……!
「ルークさん、やめてください!」
必死に叫ぶ。
「そうだなあ、ふたりがおとなしくしてくれたら、やめてあげる。ぼくも、かわいい子どもたちを、いじめたいわけじゃないからね」
ルークさんは歌うように、美しい声で言った。
「レオはいま、どこにいるんだい? レディの家にはいなかったから、使用人くんのお家にかくまっているのかな?」
「知りません!」
「そう? 教えてくれないと、使用人くんが怪我しちゃうかもしれないよ? いいの?」
ぱちん、とルークさんが指をならす。応えるように、狼が身を低くして、ミナセに飛びかかる。
はやい。さっきまでと、動きがぜんぜん違う!
「うっ」
「ミナセ!」
狼は、ミナセの肩に噛みついた。すぐさま飛び退いた狼の牙から、赤い血がしたたる。ミナセはうめいて膝をついた。
「美味しそうな匂いだね。お腹が空いてしまうなあ」
ルークさんが笑って、唇をなめた。そうして、腰にさした剣を抜く。
「わたしも忙しいから、もう、おしまいにしようか。邪魔する君たちが悪いんだよ?」
こもれびに、刀身がきらりと輝く。とん、と地を蹴って、ミナセを襲おうとする。
(ダメ。ダメだよ、こんなの!)
わたしは、ぎゅっと拳を握った。
考えるより先に、身体が動く。ミナセの前へ。
「ルリ⁉」
ミナセが目を見開く。
剣が迫る。不思議なくらい、それがゆっくり見えた。
胸に、強い衝撃が走った。
あ、とルークさんの声がする。
わたしは、剣を斜めにふり下ろされて、地面に崩れた。
剣だけの衝撃じゃなかった。きっと、魔法が乗っていたんだ。打ち付けられた胸が痛くて、息ができない。苦しくて、身体が熱くて、視界がぼんやりしていく。
(でも、まだ、倒れちゃダメ。ミナセを助けなきゃ)
そう思うのに、どんどん目が見えなくなる。
「ルリ! ルリ……っ!」
「……レディに怪我をさせるつもりは、なかったんだけどな」
ふたりのそんな声を最後に、わたしの意識は、闇の中にずるりと引きずり込まれた。
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