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ep.1目覚め
2 結婚相手
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「あの、ここって天国ですか?」
「ここはエルトリアの国です」
天国じゃなかった。それとも天国にも地名があるのだろうか。よく分からない。
身体に意識を向ける。どこも痛くないけど、羽が生えたように軽いわけでもない。握られていない方の手に力を込めて、ゆっくり身体を起こそうとする。察したお医者さんが身体を起こすのを手伝ってくれた。
「ご無理はなさらず。神子さまはずっと眠っていらっしゃったのですから」
くらくらするほど低くていい声だ。背中を支えてくれるからお礼を言おうとして顔を上げると、至近距離から見下ろす心配そうな瞳と目が合って、思わず顔が赤くなった。近い。こんなに顔が良くて親切だとモテて大変じゃないかな。
「俺、どのくらい寝てたんですか?」
簡単な質問だと思ったのに、イケメンのお兄さんは言葉に詰まった。
不思議に思っていると、代わりに神様みたいなお爺さんが泣き顔のままやってきて、床に膝をつき、頭を下げる。
「あの……」
「神子さま、よくぞお目覚めくださいました。私はこの大神殿の司教。祖先から使命を受け継ぎ、先祖代々神子さまのお身体をお守りしておりました。私の代で神子さまにお目覚めいただいたことは至上の喜びでございます。どうかエルトリアをこれまで以上の繁栄と幸福にお導きくださいませ」
神様じゃなさそうだ。それに、なにかよく分からない事に巻き込まれている気がする。目を覚ましただけでお爺さんが泣きながらお礼を言うなんて絶対おかしい。お医者さんに言ってるのかと思ったけど、多分俺に言ってるよな。
困惑してお医者さんを見る。涼しい顔をしていたイケメンお兄さんは、俺の視線に気づいて手を離した。
「大司教、王族や貴族たちが興奮しています。神子さまは目覚めたばかり。暴動につながれば危険です」
お爺ちゃんも我に返ったのか、泣くのをやめて立ち上がった。
「そうじゃな。アルバート、そなたは神子さまを頼む。ワシが説得してみよう。神子さま、しばらくお待ちくださいませ」
大司教というお爺ちゃんは、長い杖をついてカーテンの外に消えた。カーテンの外から複数の声が聞こえる。外にいる大勢の人々が興奮しているのはよく分かった。みんな、神子さまに会わせて、とかいろいろなことを叫んでる。ちょっと怖いくらいだ。
「あの、アルバートさんはお医者さんですか?」
白衣を着たイケメンは首を振ると、白くて長い上着の内側に隠れるように存在していた長剣を見せてくれた。立派な鞘に入ってるけど、これって武器だよな。
「私は医者ではありません。もと聖騎士で現在は神子さまの護衛、ついでに言うと結婚相手です」
情報量が多すぎて頭が追いつかない。というより一つ変な単語があったぞ。結婚相手?
「結婚?」
「そうです。残念ながらお互いに選ぶ権利もなく、神子さまと私は本日めでたく結婚式をあげていたところです」
「ええと……」
イケメンが肩をすくめると絵になるな……なんてそんなことを考えている場合じゃなかった。なぜか天国みたいな異国の地で目覚めたと思ったら、初めて会ったイケメンの男と結婚。都合のいい夢にしても無理がありすぎるんじゃないか?
呆然としていると、隣に座ったアルバートが、腰に腕を回してきてぐいっと引き寄せられた。心臓が跳ねそうになった。囁くような声でアルバートが言う。
「あの大司教は頼りにできない。地位は高いが高齢だからな。もしも突破されたら群衆に押しつぶされる。刺客が混ざっていないとも限らない。ここは面倒だが先に姿を見せるのが一番だと思う。大勢に顔が割れるのは良くないからベールでも被るか。いいな?」
ちょっと待て。このアルバートって人、これまで優しそうで紳士的だったのに、お爺ちゃんがいなくなった途端に態度が急変した。これがこの人の本性なのか。
「みんなの前に出るってこと?」
「そうだ。立てそうか?」
「分からない」
目覚める前は、何ヶ月も病院のベッドで寝ていたから、足腰は相当弱っている。今がどんな状態なのか分からないけど、飛び起きて走ったりはできそうにない。
「分かった。では俺が連れて行く。しがみついてろ」
アルバートはそう言うと、座っていた俺に白いレースみたいな布を被せて軽々と抱き上げた。
「うわわ」
「思った通りだ。軽いな」
褒められてるのか貶されてるのかわからない。これってお姫様抱っこってやつじゃないか。恥ずかしくなって、でも落ちないように慌ててしがみつく。
「適当なことを言って民衆を下がらせろ。王族も貴族も野心家だ。笑顔に騙されるな」
アルバートはそう言うと、幾重にも垂れ下がったカーテンをくぐり抜けた。
「ここはエルトリアの国です」
天国じゃなかった。それとも天国にも地名があるのだろうか。よく分からない。
身体に意識を向ける。どこも痛くないけど、羽が生えたように軽いわけでもない。握られていない方の手に力を込めて、ゆっくり身体を起こそうとする。察したお医者さんが身体を起こすのを手伝ってくれた。
「ご無理はなさらず。神子さまはずっと眠っていらっしゃったのですから」
くらくらするほど低くていい声だ。背中を支えてくれるからお礼を言おうとして顔を上げると、至近距離から見下ろす心配そうな瞳と目が合って、思わず顔が赤くなった。近い。こんなに顔が良くて親切だとモテて大変じゃないかな。
「俺、どのくらい寝てたんですか?」
簡単な質問だと思ったのに、イケメンのお兄さんは言葉に詰まった。
不思議に思っていると、代わりに神様みたいなお爺さんが泣き顔のままやってきて、床に膝をつき、頭を下げる。
「あの……」
「神子さま、よくぞお目覚めくださいました。私はこの大神殿の司教。祖先から使命を受け継ぎ、先祖代々神子さまのお身体をお守りしておりました。私の代で神子さまにお目覚めいただいたことは至上の喜びでございます。どうかエルトリアをこれまで以上の繁栄と幸福にお導きくださいませ」
神様じゃなさそうだ。それに、なにかよく分からない事に巻き込まれている気がする。目を覚ましただけでお爺さんが泣きながらお礼を言うなんて絶対おかしい。お医者さんに言ってるのかと思ったけど、多分俺に言ってるよな。
困惑してお医者さんを見る。涼しい顔をしていたイケメンお兄さんは、俺の視線に気づいて手を離した。
「大司教、王族や貴族たちが興奮しています。神子さまは目覚めたばかり。暴動につながれば危険です」
お爺ちゃんも我に返ったのか、泣くのをやめて立ち上がった。
「そうじゃな。アルバート、そなたは神子さまを頼む。ワシが説得してみよう。神子さま、しばらくお待ちくださいませ」
大司教というお爺ちゃんは、長い杖をついてカーテンの外に消えた。カーテンの外から複数の声が聞こえる。外にいる大勢の人々が興奮しているのはよく分かった。みんな、神子さまに会わせて、とかいろいろなことを叫んでる。ちょっと怖いくらいだ。
「あの、アルバートさんはお医者さんですか?」
白衣を着たイケメンは首を振ると、白くて長い上着の内側に隠れるように存在していた長剣を見せてくれた。立派な鞘に入ってるけど、これって武器だよな。
「私は医者ではありません。もと聖騎士で現在は神子さまの護衛、ついでに言うと結婚相手です」
情報量が多すぎて頭が追いつかない。というより一つ変な単語があったぞ。結婚相手?
「結婚?」
「そうです。残念ながらお互いに選ぶ権利もなく、神子さまと私は本日めでたく結婚式をあげていたところです」
「ええと……」
イケメンが肩をすくめると絵になるな……なんてそんなことを考えている場合じゃなかった。なぜか天国みたいな異国の地で目覚めたと思ったら、初めて会ったイケメンの男と結婚。都合のいい夢にしても無理がありすぎるんじゃないか?
呆然としていると、隣に座ったアルバートが、腰に腕を回してきてぐいっと引き寄せられた。心臓が跳ねそうになった。囁くような声でアルバートが言う。
「あの大司教は頼りにできない。地位は高いが高齢だからな。もしも突破されたら群衆に押しつぶされる。刺客が混ざっていないとも限らない。ここは面倒だが先に姿を見せるのが一番だと思う。大勢に顔が割れるのは良くないからベールでも被るか。いいな?」
ちょっと待て。このアルバートって人、これまで優しそうで紳士的だったのに、お爺ちゃんがいなくなった途端に態度が急変した。これがこの人の本性なのか。
「みんなの前に出るってこと?」
「そうだ。立てそうか?」
「分からない」
目覚める前は、何ヶ月も病院のベッドで寝ていたから、足腰は相当弱っている。今がどんな状態なのか分からないけど、飛び起きて走ったりはできそうにない。
「分かった。では俺が連れて行く。しがみついてろ」
アルバートはそう言うと、座っていた俺に白いレースみたいな布を被せて軽々と抱き上げた。
「うわわ」
「思った通りだ。軽いな」
褒められてるのか貶されてるのかわからない。これってお姫様抱っこってやつじゃないか。恥ずかしくなって、でも落ちないように慌ててしがみつく。
「適当なことを言って民衆を下がらせろ。王族も貴族も野心家だ。笑顔に騙されるな」
アルバートはそう言うと、幾重にも垂れ下がったカーテンをくぐり抜けた。
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