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エンドレス・ラブ
22 裏切りの代償 ― 2 ―
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「連絡はまだか!? シ、し、親衛隊長はなにをしている!」
ルトリアス公国王都への進行を始めて五日、先行隊は既に王都北を制圧し、公城の内門を突破していた。
美しい公城を囲む城壁と城門は今や崩れた石垣を晒し、地面に転がるルトリアス軍の紺のローブが土にまみれ、我々の勝利はもう目前──と希望に満ちた報告が届き、最終決戦に向けてワシがここまで出陣してきたのはほんの半日前のことだった。
午後には城内を掃討し、公王とその親族を引きずり出して処刑するばかりまで来たと思っていた、それなのに。
それをあのクソ魔導師がたったの数刻で全てひっくり返しおった。
クソ、死んだのではなかったのか!
戦況は完全に風向きが変わっていた。
死んだはずのあの男が現れたと報告が来るやいなや、それまでバラバラだった敵軍の動きが嘘のように整い、一斉に我が軍の精鋭を蹴散らし始めた。
攻城戦は勢いが必要だ。相手を蹂躙してるうちはいいが、攻勢に陰りが出れば、一気に敵の手の内にハマっている不安に駆られる。
城内に拠点を作れなかったのも痛い。あれだけ城内に侵入を許しながら、あの城内では一箇所に集まって工兵を送り込む前に必ず魔導師が来てその建物ごと半壊させられる。己が城だというのに躊躇が全くない。
そう親衛隊長から聞かされていた。
そして城内の精鋭からの連絡が途絶え、王都内に潜り込んだ戦兵の一隊がホールバーグに率いられてワシの前に躍り出てきたのは日暮れ近くだった。
「制圧は完了したのか?!」
「そ、それが……」
跪き、顔を伏せたまま言い淀むホールバーグに痺れを切らし、ワシは大声で叫んだ。
「お前じゃ話にならん。親衛隊長はどうした? 早くアイツを呼べ!」
「し、親衛隊長殿は、恐らくもうお戻りにはなれないかと……」
「どう、いう、こと、だ?」
目前で許しを乞うように跪き、顔も上げず報告するホールバーグの様子に、悪寒とともに心臓が嫌な音をたてる。
「城内に残った我々を引き上げさせる時間を稼ごうと、親衛隊長殿は一人瀕死の魔導師とともに城門付近に残られ……」
顔を伏せたままホールバーグが続けた報告に、頭の中が真っ白になる。
「撤退中、敵城前面の一部が崩れるのを確認いたしました……恐らく、ゴーレム化されたのでは、もう、今頃……」
そう言って顔を伏せたホールバーグが嘆くように身を震わせた。
恐らく、などと。
恐らくなわけがない。
恐らくなどない。
間違いなく、アレはもう戻らないのだろう。
なんでこのグズが変わりに死ななかった!
なぜワシの最も忠実なアレが死──!
怒りのあまり、何も言えず見下ろしていたワシに、顔を上げたホールバーグが縋るように近づいてくる。
「バートン様、どうぞ撤退のご指示を。残念ながらもうこれ以上損害を出しては国営に関わります」
命を惜しんで逃げ帰った駄犬が無駄に吠える。
ワシの国。ワシの権力。ワシの未来。ワシの栄光。
わが祖国フレイバーンをそのあるべき姿、旧フレイアー王国のままに蘇らせるその夢が。
潰えると言うのか。
たった一人の死にぞこないのせいで。
「一度、フレイバーン国境まで戦線を引き、再度アレフィーリア軍に助勢を要請しましょう、そうすれば──」
バカめ!
総軍進行で城内まで攻め込んだ挙げ句の負け戦を、アレフィーリアのあの牝犬が許すわけもなかろう。この戦に撤退など、最初からないのだ。
たとえこの国が不毛の地に成り果てようと、滅びさろうと、必ずここを手に入れなければ、もう我が国に次などありはしない。
「どうか撤退を、親衛隊長殿が命を賭して稼がれたこの隙きに、せめてバートン様だけでもはや……くッ!?」
言い募る駄犬の腹に、真っ直ぐに手の中の銀の短剣を突き入れる。なんの抵抗も感じぬまま、剣はその駄犬の腸を裂きつつ柄まで綺麗に収まった。
「死ぬのはお前だ。お前らだ」
手塩にかけて育てたワシの金の卵、レシーネの美貌も肉体も、経済特区での安定した地位や、ましてやルトリアス公国の大公の地位さえ全て足蹴にし、ワシの全てをかけた救国の覇道を汚した罪は許され難いぞクソ魔導師。
あの憎き放蕩王子、雌犬が竜に孕まされて産み落とした賤しき竜の子。
あの者だけは絶対に許さん。
アーロンの、あの美しく整った顔をこの軍靴で踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて!
全身の骨という骨を折って、折って、折って、折って、折り砕き!
血という血を全て吐き出させ、腸を犬に食わせ、ワシの眼前で断命を乞う中、目前で勇者の小娘の腹を生きたまま裂いて引き出したピンクの腸で首を絞め殺しでもしない限り、この戦いに終わりなどない!
「グボッガッ、フガッ!」
腹に刺さった銀の短剣とワシの顔を交互に見ていたホールバーグの、崩れ落ちた小汚い身体を媒体に、最後の土魔法を詠唱する。
このままではアーロンには勝てぬ。
この国の兵士は弱すぎるのだ。
ならば役にたって死ね。
「「「わ、我らが母なる土の精霊よ、我らに安らかなる死を給わん」」」
ワシの詠唱を聞きつけた兵士どもが、慌てて我先にと神文を唱える。
波打つようにそれが全軍へと伝わっていく。
我が軍の者は勘違いしている。それは決して魔女の呪いが己を避けるように祈る言葉などではない。
「グガッ?!」
「ゴ、グブ!」
「ガ「ガ「ガッ「グギ、ガッ!」」」」
それは、土精霊界へ降った魔女フレイアへ己が身を捧げる、死への恭順句だ。
いくつもの悲鳴が響き出す。禍々しい土魔法の死の香りが全隊を包み、我が軍を絶望と希望へと押し流す。地の底から登りくる、絶対の恐怖と力。砂嵐の如き陣風を巻き上げ、魔力の渦が我が軍を全て飲み込んだ。
南から吹き上げる一風の風が勢いを緩め、舞い散っていた砂埃を洗い流していく。
そしてその中に残されたのは、何百と言う潰された肉塊と、そして並び立つ土塊の巨人の森だった。
ルトリアス公国王都への進行を始めて五日、先行隊は既に王都北を制圧し、公城の内門を突破していた。
美しい公城を囲む城壁と城門は今や崩れた石垣を晒し、地面に転がるルトリアス軍の紺のローブが土にまみれ、我々の勝利はもう目前──と希望に満ちた報告が届き、最終決戦に向けてワシがここまで出陣してきたのはほんの半日前のことだった。
午後には城内を掃討し、公王とその親族を引きずり出して処刑するばかりまで来たと思っていた、それなのに。
それをあのクソ魔導師がたったの数刻で全てひっくり返しおった。
クソ、死んだのではなかったのか!
戦況は完全に風向きが変わっていた。
死んだはずのあの男が現れたと報告が来るやいなや、それまでバラバラだった敵軍の動きが嘘のように整い、一斉に我が軍の精鋭を蹴散らし始めた。
攻城戦は勢いが必要だ。相手を蹂躙してるうちはいいが、攻勢に陰りが出れば、一気に敵の手の内にハマっている不安に駆られる。
城内に拠点を作れなかったのも痛い。あれだけ城内に侵入を許しながら、あの城内では一箇所に集まって工兵を送り込む前に必ず魔導師が来てその建物ごと半壊させられる。己が城だというのに躊躇が全くない。
そう親衛隊長から聞かされていた。
そして城内の精鋭からの連絡が途絶え、王都内に潜り込んだ戦兵の一隊がホールバーグに率いられてワシの前に躍り出てきたのは日暮れ近くだった。
「制圧は完了したのか?!」
「そ、それが……」
跪き、顔を伏せたまま言い淀むホールバーグに痺れを切らし、ワシは大声で叫んだ。
「お前じゃ話にならん。親衛隊長はどうした? 早くアイツを呼べ!」
「し、親衛隊長殿は、恐らくもうお戻りにはなれないかと……」
「どう、いう、こと、だ?」
目前で許しを乞うように跪き、顔も上げず報告するホールバーグの様子に、悪寒とともに心臓が嫌な音をたてる。
「城内に残った我々を引き上げさせる時間を稼ごうと、親衛隊長殿は一人瀕死の魔導師とともに城門付近に残られ……」
顔を伏せたままホールバーグが続けた報告に、頭の中が真っ白になる。
「撤退中、敵城前面の一部が崩れるのを確認いたしました……恐らく、ゴーレム化されたのでは、もう、今頃……」
そう言って顔を伏せたホールバーグが嘆くように身を震わせた。
恐らく、などと。
恐らくなわけがない。
恐らくなどない。
間違いなく、アレはもう戻らないのだろう。
なんでこのグズが変わりに死ななかった!
なぜワシの最も忠実なアレが死──!
怒りのあまり、何も言えず見下ろしていたワシに、顔を上げたホールバーグが縋るように近づいてくる。
「バートン様、どうぞ撤退のご指示を。残念ながらもうこれ以上損害を出しては国営に関わります」
命を惜しんで逃げ帰った駄犬が無駄に吠える。
ワシの国。ワシの権力。ワシの未来。ワシの栄光。
わが祖国フレイバーンをそのあるべき姿、旧フレイアー王国のままに蘇らせるその夢が。
潰えると言うのか。
たった一人の死にぞこないのせいで。
「一度、フレイバーン国境まで戦線を引き、再度アレフィーリア軍に助勢を要請しましょう、そうすれば──」
バカめ!
総軍進行で城内まで攻め込んだ挙げ句の負け戦を、アレフィーリアのあの牝犬が許すわけもなかろう。この戦に撤退など、最初からないのだ。
たとえこの国が不毛の地に成り果てようと、滅びさろうと、必ずここを手に入れなければ、もう我が国に次などありはしない。
「どうか撤退を、親衛隊長殿が命を賭して稼がれたこの隙きに、せめてバートン様だけでもはや……くッ!?」
言い募る駄犬の腹に、真っ直ぐに手の中の銀の短剣を突き入れる。なんの抵抗も感じぬまま、剣はその駄犬の腸を裂きつつ柄まで綺麗に収まった。
「死ぬのはお前だ。お前らだ」
手塩にかけて育てたワシの金の卵、レシーネの美貌も肉体も、経済特区での安定した地位や、ましてやルトリアス公国の大公の地位さえ全て足蹴にし、ワシの全てをかけた救国の覇道を汚した罪は許され難いぞクソ魔導師。
あの憎き放蕩王子、雌犬が竜に孕まされて産み落とした賤しき竜の子。
あの者だけは絶対に許さん。
アーロンの、あの美しく整った顔をこの軍靴で踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて!
全身の骨という骨を折って、折って、折って、折って、折り砕き!
血という血を全て吐き出させ、腸を犬に食わせ、ワシの眼前で断命を乞う中、目前で勇者の小娘の腹を生きたまま裂いて引き出したピンクの腸で首を絞め殺しでもしない限り、この戦いに終わりなどない!
「グボッガッ、フガッ!」
腹に刺さった銀の短剣とワシの顔を交互に見ていたホールバーグの、崩れ落ちた小汚い身体を媒体に、最後の土魔法を詠唱する。
このままではアーロンには勝てぬ。
この国の兵士は弱すぎるのだ。
ならば役にたって死ね。
「「「わ、我らが母なる土の精霊よ、我らに安らかなる死を給わん」」」
ワシの詠唱を聞きつけた兵士どもが、慌てて我先にと神文を唱える。
波打つようにそれが全軍へと伝わっていく。
我が軍の者は勘違いしている。それは決して魔女の呪いが己を避けるように祈る言葉などではない。
「グガッ?!」
「ゴ、グブ!」
「ガ「ガ「ガッ「グギ、ガッ!」」」」
それは、土精霊界へ降った魔女フレイアへ己が身を捧げる、死への恭順句だ。
いくつもの悲鳴が響き出す。禍々しい土魔法の死の香りが全隊を包み、我が軍を絶望と希望へと押し流す。地の底から登りくる、絶対の恐怖と力。砂嵐の如き陣風を巻き上げ、魔力の渦が我が軍を全て飲み込んだ。
南から吹き上げる一風の風が勢いを緩め、舞い散っていた砂埃を洗い流していく。
そしてその中に残されたのは、何百と言う潰された肉塊と、そして並び立つ土塊の巨人の森だった。
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