ゆめも

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逃げた義妹は転生者だったらしいと偽義妹に聞かされました

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エルティナ・マルティーン伯爵令嬢。
マルティーン伯爵とエルビイナ侯爵令嬢との間に生まれた第一子。

しかし、エルビイナ侯爵令嬢は既に伯爵邸には居ない。
エルビイナ侯爵令嬢は元々素行が悪く、嫁ぎ先が無くなった為、借金でてんてこ舞いになりつつも不摂生を繰り返しており、どんな嫁からも逃げられていたマルティーン伯爵に嫁がされることとなったのだ。
エルビイナ侯爵令嬢は貴族令嬢の最低限の義務である貞操だけは守っており、しっかりと処女だと認められた上で婚姻はなされ、義務であるエルティナを出産後は逃げるように実家に帰ってしまったのだ。

そして、当のマルティーン伯爵は領主としての義務は愚か、貴族としての義務も時折忘れ、酒に溺れ遊び暮らしていた。
そんなエルティナを育てたのは領主代行として忙しい筆頭執事だけであった。
当主の伯爵が使用人にエルティナに対しての命令を一切していなかった為、食事も世話も誰もしようとしなかった。
それどころか、迫害したのだ。

筆頭執事は、まだ年若く、先代の執事との仕事の跡継ぎさえもない状態で筆頭執事にさせられた為、年嵩の部下を上手に躾けることも出来ず、仕事にも追われ、それでも時間をどうにかひねり出し、エルティナ伯爵令嬢を5歳まで育てた。

が、彼は長年の重務がたたり、28歳と言う年齢であるのにも関わらず、ポックリと亡くなってしまった。
次の筆頭執事になったのは、16歳の平民男児。
とある商会長の孫息子の内の一人であった。

彼は成人してすぐだった為、まさかいきなり筆頭執事にさせられるとは考えておらず、また、執事としての仕事さえもしたことが無かった。
両親からは執事見習いになると言われてきた伯爵邸でいきなり筆頭執事に任命され、先代と先々代の日記をポイと渡されて、仕事しろと言われたのだ。

勿論、彼は抗議したが、伯爵邸の使用人一同から冷ややかな目で見られ、その意見が通ることは無かった。
彼は一度実家の商家に戻り、現状を訴えたが、彼は商会の7人目の孫息子であり、商才があまりない人間であったため、
「お前に帰る場所は残念ながら無いんだよ。」
と両親から言われ、伯爵邸に戻らされた。
会長である祖父と会うことさえ叶うことは無かった。

そんな青年になったばかりの新しい筆頭執事、名前はエルビス・ダンティスと言う。
ダンティス商会の孫息子。
実際の家名ではない。会長自体は準男爵だが、その子、孫は家名を持たない。しかし、会長が生きている間だけ許された家名である。

さておき、そんな彼は何事も手探りで仕事を行った。
勿論、使える部下なんていない。
足を引っ張る部下と主は居ても。

そんな状況に追い打ちをかけるように、当主のガルン・マルティーン伯爵は場末の娼婦とも思える平民の女性を貴族の様に着飾らせて、連れ帰ってきたのだ。
しかもその傍らにはまだ幼い少女が居た。

聞けば、当主と平民女性ゲイスミンの間に生まれた娘だと言う。年齢は4歳。

エルビスは頭を抱えた。
ただでさえ、自分の娘さえも世話したことが無い坊ちゃんの当主がさらに問題を運んできたと。

彼は、領主代行、伯爵の不始末の処理、執事としての仕事に加えて、新しい奥方を名乗る人間の世話が追加された。
そんな彼には既に寝る時間さえ、ほとんど無く、エルティナの世話を行う時間が無くなってしまっていた。

そして、当のエルティナ自身は、長年、世話をしてくれていた先代の筆頭執事のことを母の様に父の様に慕っており、涙に明け暮れて食事さえもせず、ただただ死を待ち望んでいた。

***
伯爵邸にやってきたゲイスミンが最初にやったのは、使用人の粛清だった。

ガルン伯爵自身からは普通の貴族と言っていたのにも関わらず、エルビス筆頭執事以外の使用人は誰もゲイスミンを世話をせず、それどころか家の掃除や食事の世話さえも全くしていなかったのだ。
していたのは、ただの窃盗のみ。
なぜなら、ここの使用人のほとんどが、貴族家の子息子女だった為である。
継承権が無く、家名だけ立派な彼らは使用人の仕事を全く知らず、ただ連れてこられた伯爵邸の備品を勝手に買ったり売ったりして、贅沢とは言わないが、使用人の格好で貴族子息子女らしくしていたのだ。

平民の宿屋以下の状態の屋敷にゲイスミンはエルビス以外の使用人の一斉解雇を行い、全ての使用人を容姿の良い孤児で賄った。
それが使用人たちの元家族たちに反感を買い、今まで優遇されていた借金や貸付に対して、厳しくなり、更にてんてこ舞いになるのだが、ゲイスミンは綺麗な顔立ちの少年少女の孤児たちにかしずかれ、世話されるようになった為、それらのことには既に興味を失ってしまっていた。

そして、当主の伯爵自身は、ゲイスミンが居たら、後はどうでも良かったらしく、酒の量を控えて、朝と昼だけ酒を飲んで、夜はゲイスミンと屋敷で一緒にいる生活になった。

…正直、この時点でエルビスは先代と先々代の死因が確実に過労死だと実感してはいるが、逃げる場所がないため、以前よりも仕事はしやすくなった屋敷で一生懸命働いていた。

食事だけは改善され、全ての屋敷内の人間に与えられるようになり、それだけがエルティナ伯爵令嬢にとっての生活改善となった。

虐められることが無くなったとは言え、エルティナはずっと屋敷に監禁されているようなものだった。
部屋から出て、伯爵と会ったら、大変なことになると先代と先々代の筆頭執事に言われていたことも理由にある。
本だけは与えられていたので、文字の読み書きや計算は出来るのだが、殆ど歩くことも出来ず、声を出すことさえもあまり出来なかったエルティナは色んな意味で人間としての普通の状態には無かった。

足は極限まで痩せていたし、喋ることもほとんど出来なかったのだ。

そんな彼女に対して、新しい使用人たちは恐怖を覚え、近づくことをしなかった。

新しい使用人達は、大なり小なり貴族に対して、嫌な思い出を持つ。
そんな彼ら彼女らは、エルティナの状況がどうかはともかく、ゲイスミンの言いなりになることを選んでいた。

そして、ゲイスミン自身も貴族に対して、あまり良い感情を持っていなかったので、エルティナに対して、近づかないことにしていた。
もし近づいたとしても虚勢を張って、罵倒してやるぞとか考えていた。

そんな四面楚歌な状況に手を差し伸べたのは、義理の妹であった。

義理の妹はマルトミと名乗った。でも、もう一つの名前も同時に名乗った。
メイスミル。
それが、義理の妹の本当の名前だと言う。

意味が分からず、エルティナは彼女に聞いた。

マルトミと言うのが本当のエルティナの義妹の名前。
しかし、義妹は知り合いの商人と一緒に家出して、代わりに容姿がそっくりな彼女の叔母に当たるメイスミルと名乗る彼女が義妹と入れ替わり、ここに来たのだと言う。

更に詳しく聞けば、この世界はオトメゲイムなるものらしい。
マルトミという義妹の言うにはだが。

マルトミはこことは違う【イセカイ】で20まで生きた女性で、この世界に転生してきたのだと言う。
そして、物心ついた時にこの世界が彼女の前世でやっていたゲイムとよく似た世界と気付き、
「このままこの家に居たら、面倒な男女恋愛に巻き込まれて、下手したら悪役令嬢にざまぁされるから逃げる。」
と言って、長年仲良くしていた年齢が殆ど変わらない叔母であるメイスミルに代役を頼み、自分は隣国に幼馴染の少年と少年家族と一緒に逃げたのだと言う。

言ってる意味が分からず、エルティナは頭に一杯???が付いたが、メイスミルは続けてこう言った。
「私の家族は私が居なくなったことに気付いていないし、マルトミの家族も私が入れ替わったことに気付きもしない。
マルトミの言う原作のゲイムでは、エルティナをマルトミが虐めるんだそうだけど、私は勿論そんなことはしないし、させない。
でも、母は貴族を嫌っているし、父は頭が酒でおかしくなっている。
面と向かって仲良くするのは、今は困難。
だから、意地悪のようなことを使用人の前ではするかもしれないけど、全てあなたの為になることをするから、諦めず、生きて欲しい。」
と。

エルティナは言っている意味が分かった途端、涙が溢れた。

目の前の少女が自分を思って、色々考えてくれているということを。
エルティナは今までの経験上、自分のことを悪く思っている人間がどんな嫌がらせをするか知っていた。
そんな人間から庇った人間がどうなったかも。

だから、エルティナは無言で頷き、メイスミルに諦めずに生きることを誓った。

***
数年後、義母ゲイスミンは、貴族に慣れ、低位の貴族達のお茶会に参加するようにもなり、調子に乗り始めた。
屋敷に帰れば、旦那様にしな垂れるか、正当な血統のエルティナを虐げた。
時には殴り、時には罵倒した。
反抗しないと理解したら、結構非道なことも当たり前のようにするようになった。

それはまるで、今まで貴族にやられたことをやり返す勢いで。

ゲイスミンがすっきりしたら、さっさと旦那様のところに侍り、男女のむつみごとに励んでいた。

使用人もゲイスミンを止めることはせず、サッサと自分の仕事に戻った。
そんなエルティナに意地悪な口調でメイスミルは真っ黒な丸い直系1cm程の物体を投げ渡してきた。
「お口を開けなさい!そして、この毒薬を飲むのよ!」
と。

恐る恐るエルティナはその物体を口に入れると見た目とは違って、とても甘く美味しい。
それを叱責するようにメイスミルは顔を寄せ
「まずそうに繕って。」
と言う。

エルティナは咳き込むふりをして、飴を味わった。

メイスミルは貧弱なエルティナを暴力を振るっているように見せかけて、運動させた。
嫌味を言うふりをして、勉強させた。
ものを取る振りをして、人形やぬいぐるみを押し付け、ドレスも与えた。

困ったのは6歳のデビュッタント。
義母ゲイスミンは、お茶会で3~6歳の時に貴族の子息子女はお披露目会をすると知って、うちでもするのだと張り切った。
しかし、酒浸りの伯爵以外それはどうしたらいいのか知らなかった。
筆頭執事は元々平民のしかも商会でまともに仕事をさせて貰っていない子供だったし。
使用人一同は孤児だったし、エルティナもメイスミルも貴族の常識は知らなかった。

張り切る義母ゲイスミン。空回りする指示。
目に深いクマを常時携えているエルビスは、未だ10代であるのにもかかわらず30代の草臥れよう。そんな彼が酒浸りの主人と先々代の執事の日記から予想して、なんとか体裁はお披露目できるような会場を作り、手順をゲイスミンに教えた。
しかし、それ以外はする暇は無く、メイスミルもゲイスミンの子女のマルトミとしてデビュッタントをすることになり、エルティナもすることとなった。

結果は予想通り、大失敗であった。

まず、『カーテシー』って何?『貴族子女としての振る舞い』って何?
だった。

この屋敷の人間は伯爵以外貴族はいない。
そんな状況下で貴族の常識なんてものに触れる機会は皆無。
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