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四巡目

04

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 ――なぜ、こんなことになっているのだろうか。

 たくさんの人間で賑わう街の中。夜だというのに街灯や露店のお陰で明るく、それでいてどこか猥雑な空気が流れていた。

 そんな中、俺はアンフェールと街の中を歩いていた。制服のままだと目立つから、と学園を出る前にアンフェールに渡された上着に袖を通したがいいが、やはりリシェスの顔立ちでは夜の街では浮いてしまうようだ。
 いかにも輩風の男にぶつかられては「危ねえだろ、ガキ!」と怒鳴られる。

「っ、あ、す――」
「ぶつかってきたのはお前だろ」

 すみませんでした、とつい咄嗟に謝りそうになったとき、隣にいたアンフェールが吐き捨てるのを見てぎょっとする。

「ああ? 兄ちゃんなんか言ったか?」
「ぁ、アンフェール……っ! いいから……っ!」

 これ以上揉め事を大きくするつもりはない。慌ててアンフェールの腕を引き、「すみませんでした!」と俺は慌てて声をあげ、そのままアンフェールを引っ張って細い路地へとアンフェールを押し込んだ。

「何故お前が謝る」
「いいんだよ、こういうのは面倒だから流して」
「お前らしくもないな」
「それは……っ、そうかもな」

 否定できずに俯けば、アンフェールは小さく舌打ちをする。

「いまのは、そういう意味じゃない」

 アンフェールの言葉の意味が分からず、「なにがだ?」と首を傾げれば、アンフェールはバツが悪そうに眉間を寄せるのだ。

「……お前の悩みを揶揄したつもりはない、という意味だ」

 どうやら言いすぎたと思ったようだ、アンフェールの方からそんな風に言うなんて。
 相変わらず変なところで律儀な男だと思う。
 そういうところに惹かれたのだろう、リシェスも。
 ……じゃあ俺は?

「――リシェス?」
「……あ、ああ。悪い。……行くか」

 気を抜くと自分の世界に入ってしまいそうになる。
 今はアンフェールも一緒なのだ。呆けてる場合ではない。そう何度も自分を叱咤しながら、俺はアンフェールとともに再び大通りへと向かった。



 学園を出て街へと降りる森の中、俺はアンフェールに大まかな事情を説明した。

『最近、ハルベルの様子がおかしい』
『だから、一度後をつけてみようと思った』

 要約するとこんな感じだ。嘘ではないし、遠からずでもある。実際、アンフェールは「そんなことか」という反応だった。

『様子がおかしいというのは』
『なにか隠し事をしてるように感じた。杞憂かもしれないが』

 アンフェールはそうか、とだけ応える。
 別に主が従者を気にかけることが不自然ではない。だからとはいえ、単身で動くのは我ながら暴挙という自覚もあったが。

 それからアンフェールとともに街へやってきた俺だが、まずハルベルを探すところから始まり現在へと至るわけだが――。

「探すのは結構だが、宛てはあるのか?」
「……ない」
「………………」
「け、けど、あいつにはお使いを頼んでたんだ。恐らく、先にそこへ向かった……と思う」
「随分と自信がなさそうだが?」
「なにもないよりかはましだ。……取り敢えず、香油が売ってるある店を探す」

 何故香油なのか、とアンフェールは言いたげな目を向けてきたが声にはしない。

「聞き込みからか。……今夜は学園には帰れなさそうだな。俺は宿の手配をしておく、聞き込みはお前に任せるぞ」
「……頼んだ」

 なんだか、この世界に来てアンフェールには情けないところばかりを見せてしまってる気がする。
 が、こういうしっかりとしたところを見てるとアンフェールが一緒でも良かった気がするのだ。

 ……なんか、前にもこんなことがあった気がする。
 いや、これはゲームの記憶だろうか。それとも、もっと昔のリシェスの記憶か?

 そんなことを考えつつ、俺は宿探しをするアンフェールを横目に近くの露店の店主や街の人に香油を取り扱ってる店の聞き込みをすることにした。
 店の店主や詳しそうな婦人に声をかけ、香油が売ってある店がないか聞き込みをすること暫く。
 何件かこの街に存在することが分かり、アンフェールと共に片っ端から向かうことになったわけだが、案外あっさりとハルベルの姿を見つけることができた。

 いかにも女性客の多そうな華やかな店の構えに圧倒されつつ、こっそりと店の窓から店内を覗く。
「いたか」と、少し離れたところで仁王立ちしているアンフェールが声をかけてくる。

「見た感じ女の人ばっかり……」

 そう言いかけたとき、店内の奥ですらりと背の高い男を見つけた。
 にこにことを微笑みながら、なにやら女店主と楽しげに話しながら棚を眺めているその後ろ姿には覚えがあった。

「……いた」
「中に入るのか」
「いや、このまま出てくるのを待って……後をつける」

「そうか」とアンフェールは短く答えた。
 何か香りの説明でも受けてるのだろう、楽しそうなハルベルの顔を見ていると、なんだかこうしてこそこそとストーカーみたいな真似をしている自分が恥ずかしくなってくる。
 なんてハルベルを見つめていた時、不意に背後から視線を感じた。
 振り返れば、アンフェールがじっとこちらを見ているではないか。

「……」
「な、なんだ……?」
「あれがお前の言っていたお使いか」
「まあ、そうだな」
「香油に興味があったのか」
「別に凝っているわけではないが、嫌いじゃない。……興味程度だ」

「それがどうした?」と聞き返せば、アンフェールは「そうか」とふいと視線を逸らした。
 なんだ、何が言いたいのだろうか。アンフェールの方からこうして世間話のようなものを投げかけられることは貴重なだけに、なんとなく反応に困ってしまう。

「確かに、お前はいつもいい匂いがするからな」
「………………」
「なんだ、その顔は」
「い、いや……そうだな。……そうか」

 不意打ち、というやつか。
 すん、と近付くアンフェールに心臓の鼓動が激しく脈打ち出す。顔が熱くなるのを誤魔化すように、俺は視線を逸した。
 なんだか妙に甘ったるい空気が落ち着かなかった。アンフェールは気にしてないようだし、俺が意識しすぎてるせいかもしれない。
 わかっていても、心臓ばかりはどうもできない。

 そんなやり取りをしている間に、買い物を済ませたらしいハルベルがこちらに向かってくる。
 俺達は物陰へと身を潜め、店を出たハルベルの後をこっそりと追いかけた。


 ハルベルが向かった場所は少し大通りから離れた場所にあるパブだった。
 任務帰りの冒険者が客層のようだ、こんな庶民の社交場を生で見ることはなかっただけに窓越しからでもわかるその熱量に驚いた。

「……この街でもこんなに人が集まる場所があるのか」
「行ったことはないのか」
「ない。……噂では聞いたことはあるが、冒険者の間では情報交換の場になったりすると」
「まあ、間違いではないだろうがな」
「……アンフェールはあるのか?」
「生徒会の視察で何度か足を運んだことはあるくらいだ」
「へえ……」

 確かに、生徒会活動の一環として街との交流や親交を深めるだとか聞いたことはある。
 が、そうか。この世界では飲酒の年齢規定という仕組みすらもない。それでも俺――リシェスは両親から酒そのものを遠ざけられてきた。
 だからこそ余計、なんだか目の前の空間が別世界のように思えるのは。

「入らないのか。この客の多さなら紛れることもできるだろう」
「……そう、だな」

 気づけば店の外からではハルベルの姿は確認することはできなくなっていた。
 せっかくここまで来たのだ、覗くくらいならばバチは当たらないだろう。
 ……それに、アンフェールも隣にいる。
 それが一番俺にとっては大きかった。一人ではきっと怖じ気づいて中まで踏み込むことはしなかったはずだ。

 俺はアンフェールに頷き返し、そのまま店の中へと恐る恐る入っていくのだ。

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