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第1章 日常 夢現(ゆめうつつ)

11話 伊佐凪竜一の日常 其の2 連合標準時刻:火の節 2日目 アメノトリフネ第5番艦

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 訓練開始の合図を受けた伊佐凪竜一はビル群の縫うように走る道路の交差点の中央に陣取った。試験の内容は単純明快、 対 1。本来ならばこんなバカげた試験はまかり通らないが、ソレが通ってしまうのが彼の実力。

 この試験には伊佐凪竜一の訓練というもう1つの側面がある。今から半年近く前に起きた地球と旗艦アマテラスの全面衝突……紆余曲折を経て神魔戦役と呼ばれる様になったその戦いを終結させた伊佐凪竜一ともう一人の英雄であるルミナ=AZ1は、それ以後から明らかに人外と呼べる状態へと変貌した。その1つが、医療機関が匙を投げた桁違いの免疫能力であり、もう1つがやはり桁違いのカグツチ適正、あるいは濃度。

 その圧倒的な高さは連合最強と名高いスサノヲが子供扱いされる程度。彼の訓練相手となったスサノヲの隊長クラスとの戦績は全戦全敗であるのだが、しかし彼は多少鍛えている程度であり、基本的には戦闘経験がないズブの素人。その上、各隊長全員が口を揃えて"勝因は戦闘経験の差だけ"と言い切った。つまり、経験が追い付けば勝ち目がないという意味であり、その一言だけでも彼の実力が窺える。

 もし彼がカグツチを制御する技術を身に付ければこの後に起こるであろう戦いにおける重要な戦力になる事は確実であるし、相当数が死亡した事で戦力が低下したスサノヲを支える事も出来る。また当人も漠然と次の戦いの予兆を感じ取っているようであり、スサノヲに特訓を申し出た。だからこそスサノヲを始めとした大勢が彼の意に応える為に時間や場所を惜しまなかった。故に訓練を兼ねた試験という無茶がまかり通る。
 
 が、この場に集まった試験参加者の大半は彼の実力を見誤っている。半信半疑。それはまだ彼等彼女等が未熟であるからなのだが、試験を見学するスサノヲ達は昇格試験参加者達の軽薄な態度と迂闊な判断を知るや大いに呆れた。誰もが彼の戦闘能力の底を押し測れないどころか、油断する有様を見れば試験開始前からほぼ失格の烙印を押されている状態であり、戦闘が始まればほぼ確実に落第するだろう。

 スクナが試験開始を告げた。伊佐凪竜一が交差点に陣取ったその直後、まだ準備が整わない隙を狙うかのように数名が彼の前に躍り出た。半分失格とはいえ、それでもスサノヲへの昇格試験を許されるのだからその腕前は一般常識から半分程度は逸脱している。誰もが記録媒体では捉えられない程の速度で伊佐凪竜一を強襲するが、攻撃を始めたのは彼等だけではなかった。

 強襲と同時、伊佐凪竜一の元に無数の弾丸が襲い掛かった。試験開始前に姿を消した内の何人かは狙撃を得意としており、無数に立ち並ぶビル群の何処かから伊佐凪竜一目掛け引き金を引いた。白く輝く弾丸はカグツチの影響を受け非常識なまでの加速に加えた誘導性能を持っており、正確に伊佐凪竜一を撃ち抜こうと蛇行、あるいは直進する。しかし、彼は無数の弾丸を視認すらせずに避けた。

「なッ!!」

「どうやって!?」
 
 試験参加者の何人かは驚き、また遠方からの狙撃者もまさか渾身の一撃が視認すらせず回避されるとは思わず動揺した。その感情は瞬く間に行動となって表出する。遠方からの狙撃は不自然に途絶え、伊佐凪竜一を強襲した全員の動きが固まる。不用意。その様子を見た誰もがそう思った。

 伊佐凪竜一は試験参加者の隙を逃さない。手に持った刀に力を籠めると、ソレは周囲のカグツチを吸収し、纏い、白く輝いた。不味い。試験参加者達がそう思った頃にはもう手遅れで、彼が白く輝く刃を横凪に振るえば迂闊に近寄った数人が纏めて吹っ飛ばされ、そして敢え無く気絶した。その手に握られた刀は一度として振るわれることは無かった。
 
「ヤレヤレ。予想以上に早いな。では次、11番から15番まで……濃度はどんなモンかね?」

「濃度チェック。現在、8、9。危険域突破。現在11まで上昇」

「いやはや、こうも簡単に危険値を超えてくるとは……末恐ろしいモンだな」

 試験会場の濃度を計測する小柄な女性科学者らしき女性がドンドンと上昇する濃度を淡々と報告すると、スクナは感嘆のため息を漏らした。

「驚いている場合じゃないでしょ?」

「しかし神の予言通りマガツヒは動かない。もう何度も試したことだ」

 予言。スクナがそんな風に大仰な表現をしたそれの正体は、旗艦を運営する神"アマテラスオオカミ"が残した指示書のような物。ソコには旗艦の運営に関する指針やらが幾つも記載されていたが、その内の1つにマガツヒ……宇宙を跋扈する全知的生命体の敵に関する情報が含まれていた。要約すれば、カグツチの濃度が規定値を上回ると行動を開始するという常識が崩れたという話だ。
 
「でも……」

「それよりも、ホレ監視を続けんか。試験参加者はまぁ仕方ないにせよ、黒点観測部門の主幹がそれでは困るぞ」

「あ、はい」

 スクナと会話する小柄な女性……ニニギが驚くのも無理からぬ話。彼女が働く黒点観測部門はマガツヒの動向を監視する部門であり、彼女はその責任者。よって、マガツヒと遭遇するあらゆる可能性に目を光らせるのは彼女の日常であり、まかり間違って遭遇してしまえば彼女の責任問題となる。神が予言した内容にはマガツヒが襲撃を開始する為に必要なカグツチ濃度は今現在のおよそ5倍から10倍程度と予測されていたが、正確な濃度は今もって不明。

 だから嫌でもピリピリとする。が、スクナとの会話を終え再び戦場を見つめた先に飛び込んできた光景に彼女は驚いた。
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