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第3章 邂逅
76話 過去 ~ 地球篇 其の6
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「ファ……し、失礼しました」
静まりかえった部屋に間の抜けた小さなあくび声が響いた。声の主はフォルトゥナ姫。どうやら眠気を抑えきれなかったようだ。小さな口を小さな手で押さえるその仕草は歳相応でとても可愛らしく、庇護欲を掻き立てさえする。
「申し訳ありませんが、話しの続きは明日にしてもう休ませていただいても宜しいでしょうか?」
そんな姫の関心は、何故かは不明だが依然として伊佐凪竜一達にあるようだ。眠いとは言いながらも話を聞きたいという意志ははっきりと示す小さな少女を無下に扱うことが出来ない関宗太郎は、"そうだな。なんせ長い話だ"と相槌を打ち……
「アレム、お嬢さんがお休みだ。寝室にご案内して差し上げなさい」
続けてパンパンと手を大きく叩くと襖の向こうに声を掛けた。程なく、廊下をいそいそと歩く音に続いて正座というこの国独特の座り方をしたアレムが静かに襖を開け姿を見せた。"こちらへどうぞ"と、笑顔のアレムに廊下の外へと誘われたフォルトゥナ姫は、3人の男に一礼するとそのまま部屋から姿を消した。
「ハシマ、意外と気が利くな」
「え、あぁ……まぁ、清雅もご多分に漏れず実力だけじゃのし上がれなくて、だからこういった処世術も必要だったんですよ、ハハハ」
伊佐凪竜一の素直な言葉にハシマは幾分か気を良くしたようで、屈託なく笑いながら目の前のグラスの液体を飲みほした。
「成程、頭の回転が速いこった」
「そんな事は無いですよ。さて、では僕も失礼します。明日から仲間達から頼まれた仕事をしなければならないのでね。何せ地上に降りる許可が下りるとは思いませんでしたから、そのおかげで結構な人数から手紙を渡して欲しいとかアレ買って来てやらと頼まれていましてね」
気難しい年頃の少女が消えた事で漸く部屋の空気が軽くなれば酒盛りが再び始まるのだろうと思いきや、続いてハシマも休みたいと申し出た。そんな気を回すような性格には見えなかったのだが、どうやら清雅と言う組織に長く身を沈める内に必要以上に他人を気遣う世渡り方法が身体に染みついてしまったらしい。
「大変だな」
伊佐凪竜一は私の率直な感想を代弁してくれた。成程、彼には彼なりの苦労があったようだ。
「君程じゃないよ。上手く言えないけど、多分君は今後も色々苦労を背負わされるだろうけど、頑張って」
「あぁ。ありがとう」
そう言うとハシマも部屋から姿を消した。残ったのは関宗太郎と伊佐凪竜一、そして何を考えているのか先ほどから一切語らぬツクヨミ。
「オマエさんも休みなよ。オレの家は無駄に客室が多くてな、だから1人に1つ位は部屋を宛がえる。通信、まだ繋がらないんだってな?後は俺が引き継いどくからお前さんも休んだ休んだ」
この後は男2人で静かに酒を飲むつもりだろう……と思いきや、関宗太郎は伊佐凪竜一に休むよう伝えた。"ありがとうございます"、その言葉に背中を押された彼は一言感謝の意を伝えると一切躊躇うことなく部屋を後にした。
「申し訳ない」
直後、数分前までの喧騒が夢の跡の様に消え去った部屋に静かで低い男の声が響いた。関宗太郎は開口一番、謝罪を口に出した。その口調はそれまでとは打って変わっており、まるで人が変わったような印象を覚えた。あるいは、本当はもっと早くにその話を切り出したかったのかもしれない。
「何を謝罪する必要があるのでしょう?」
「聞き辛い話だったでしょう?」
「確かにそうですね。未来とは予測し辛い、極めて高い演算能力を持っていても確実に未来が読める訳ではありませんから。特に人……その意志が絡むとその精度は大きく落ち込みます。如何に神と言えども心の中、カグツチの輝きまでは測れません」
「こんな未来と知っていたら……いや、失礼」
「謝罪の必要はありませんよ。あの時の私は確かにそうするべきだと思っていて、そして自らを犠牲に世界を解放しました。そしてその考えは今も同じです、人は解放されるべきだと思っています」
それまで黙して語らなかった"元"地球の神は、関宗太郎の一言から一転して心中を語り始めた。"人は解放されるべき"、その中で彼女が語った言葉は、何気ないその一言はなぜか私の心を強く穿った。人は解放されるべき、か……気が付けば私はそう呟いていた。
「神からでしょうか?それとも自分自身から、でしょうか?」
「両方ですよ」
そう明言したツクヨミはコロコロと転がりながら、球体の両サイドからマニピュレータを伸ばして器用に襖を開けると部屋を後にした。最後にツクヨミに搭載されたカメラが捉えたのは、何とも寂し気な表情でグラスに酒を注ぐ関宗太郎の姿が襖の向こうに消える光景だった。
※※※
襖の先にある長い廊下は壁側に幾つもの照明がついてはいるが、それでも少々薄暗い。その中を伊佐凪竜一を探してコロコロと転がるツクヨミは、その端に見知った3つの人影を確認すると動きを止めた。
1つはアレム、もう1つは彼女と共に寝室へと向かったフォルトゥナ姫、そして最後はアレムの隣に立つセオ。遠方からでははっきりと分からないが、何やら揉めている様に見えなくもない。
「ですから……あ、ツクヨミ様」
薄茶色の廊下を転がる白色の球体に気づいたアレムはそう声を掛けた。同時にほとほと困り果てた表情から一転、パッと明るい表情へと変わった態度を見れば、ツクヨミに助力を求めたい彼女の心境が嫌でも伝わってくる。
事実、ツクヨミが致し方ないとばかりにコロコロと人影へと近づけば、3つの視線の内の2つがとても"元"地球の神とは思えない小さな体躯を困惑した表情と共に見下ろした。どうやら相当に困り果てていたようだ。
「どうしたのです?」
「いえ、それが……」
「あ、あの。申し訳ございません、外で何を話していたのかどうしても気になりまして」
フォルトゥナ姫は一瞬だけツクヨミに視線を落としたが、直ぐにセオとアレムへと向き直った。どうやら食事中に関宗太郎と秘書達が長い時間席を離していた事が気に掛かっていたようだった。
どうしてそんな事を気に掛けるのかは分からないが、しかしかなり話し辛い何かがあった事はアレムの態度から容易に想像がつく。また同時にアレムは直感しているようだ。その話が少なからず年若い少女を傷つけるであろう、と。だからこそ説得しているが相手は頑として聞き入れない。
「話し辛いならば私から話しましょうか?」
その言葉にアレムは酷く驚いた。自身と少女の心情を無視したツクヨミの酷く冷静な態度と、外でのやり取りを知っていたという2つの意味に、だ。瞬間、セオとアレムの視線が露骨なまでに変化した。ほんの一瞬であり少女には認識できなかったようだが、その目には確かに強い拒否感が浮かんでいた。
「えっ?いやそれよりもどうして……」
「これでも人より耳が良いのです。それを聞いてどう感じるか、どう思うかはフォルに委ねましょう。ですが就寝前に聞いて良い話題ではありません。それでも構いませんか?」
「はい……お願いします」
「では貴方の部屋まで参りましょう、こんな場所で立ちながら話していては落ち着かないでしょうし」
「仕方ありません、先生には後で話しておきましょう」
「も、申し訳ありません。貴方にご迷惑を掛けるつもりは……」
「いえ、お気になさらず。それに話自体はそれほど重要ではありませんし」
目の前の少女には話したくなかった。アレムの言動と表情を見ればそんな優しさで溢れているが、しかしそれだけでは少女の好奇心にを抑える事は出来ない……いや違う、私は即座に自らの考えを否定した。少女は何かを求めている、映像を見た私は何となくだがそう感じた。
この映像を見ている時点では誰も目の前に立つ少女が連合の頂点、旗艦アマテラスの神"アマテラスオオカミ"の対となるもう一柱の神、現人神"フォルトゥナ=デウス・マキナ"だと認識していない。連合の頂点に立ち、おおよそ手に入れられぬ物など無い神にも等しい存在が求める物は何か?
考えすぎ、あるいは荒唐無稽だという認識もある。だが、私は私の直感を捨てきれなかった。
「では参りましょうか、フォル様、ツクヨミ様」
覚悟を決めたアレムはふたりに率先して廊下を歩き、そして程なく少女に宛がわれた部屋の襖を開けると中へと誘った。
静まりかえった部屋に間の抜けた小さなあくび声が響いた。声の主はフォルトゥナ姫。どうやら眠気を抑えきれなかったようだ。小さな口を小さな手で押さえるその仕草は歳相応でとても可愛らしく、庇護欲を掻き立てさえする。
「申し訳ありませんが、話しの続きは明日にしてもう休ませていただいても宜しいでしょうか?」
そんな姫の関心は、何故かは不明だが依然として伊佐凪竜一達にあるようだ。眠いとは言いながらも話を聞きたいという意志ははっきりと示す小さな少女を無下に扱うことが出来ない関宗太郎は、"そうだな。なんせ長い話だ"と相槌を打ち……
「アレム、お嬢さんがお休みだ。寝室にご案内して差し上げなさい」
続けてパンパンと手を大きく叩くと襖の向こうに声を掛けた。程なく、廊下をいそいそと歩く音に続いて正座というこの国独特の座り方をしたアレムが静かに襖を開け姿を見せた。"こちらへどうぞ"と、笑顔のアレムに廊下の外へと誘われたフォルトゥナ姫は、3人の男に一礼するとそのまま部屋から姿を消した。
「ハシマ、意外と気が利くな」
「え、あぁ……まぁ、清雅もご多分に漏れず実力だけじゃのし上がれなくて、だからこういった処世術も必要だったんですよ、ハハハ」
伊佐凪竜一の素直な言葉にハシマは幾分か気を良くしたようで、屈託なく笑いながら目の前のグラスの液体を飲みほした。
「成程、頭の回転が速いこった」
「そんな事は無いですよ。さて、では僕も失礼します。明日から仲間達から頼まれた仕事をしなければならないのでね。何せ地上に降りる許可が下りるとは思いませんでしたから、そのおかげで結構な人数から手紙を渡して欲しいとかアレ買って来てやらと頼まれていましてね」
気難しい年頃の少女が消えた事で漸く部屋の空気が軽くなれば酒盛りが再び始まるのだろうと思いきや、続いてハシマも休みたいと申し出た。そんな気を回すような性格には見えなかったのだが、どうやら清雅と言う組織に長く身を沈める内に必要以上に他人を気遣う世渡り方法が身体に染みついてしまったらしい。
「大変だな」
伊佐凪竜一は私の率直な感想を代弁してくれた。成程、彼には彼なりの苦労があったようだ。
「君程じゃないよ。上手く言えないけど、多分君は今後も色々苦労を背負わされるだろうけど、頑張って」
「あぁ。ありがとう」
そう言うとハシマも部屋から姿を消した。残ったのは関宗太郎と伊佐凪竜一、そして何を考えているのか先ほどから一切語らぬツクヨミ。
「オマエさんも休みなよ。オレの家は無駄に客室が多くてな、だから1人に1つ位は部屋を宛がえる。通信、まだ繋がらないんだってな?後は俺が引き継いどくからお前さんも休んだ休んだ」
この後は男2人で静かに酒を飲むつもりだろう……と思いきや、関宗太郎は伊佐凪竜一に休むよう伝えた。"ありがとうございます"、その言葉に背中を押された彼は一言感謝の意を伝えると一切躊躇うことなく部屋を後にした。
「申し訳ない」
直後、数分前までの喧騒が夢の跡の様に消え去った部屋に静かで低い男の声が響いた。関宗太郎は開口一番、謝罪を口に出した。その口調はそれまでとは打って変わっており、まるで人が変わったような印象を覚えた。あるいは、本当はもっと早くにその話を切り出したかったのかもしれない。
「何を謝罪する必要があるのでしょう?」
「聞き辛い話だったでしょう?」
「確かにそうですね。未来とは予測し辛い、極めて高い演算能力を持っていても確実に未来が読める訳ではありませんから。特に人……その意志が絡むとその精度は大きく落ち込みます。如何に神と言えども心の中、カグツチの輝きまでは測れません」
「こんな未来と知っていたら……いや、失礼」
「謝罪の必要はありませんよ。あの時の私は確かにそうするべきだと思っていて、そして自らを犠牲に世界を解放しました。そしてその考えは今も同じです、人は解放されるべきだと思っています」
それまで黙して語らなかった"元"地球の神は、関宗太郎の一言から一転して心中を語り始めた。"人は解放されるべき"、その中で彼女が語った言葉は、何気ないその一言はなぜか私の心を強く穿った。人は解放されるべき、か……気が付けば私はそう呟いていた。
「神からでしょうか?それとも自分自身から、でしょうか?」
「両方ですよ」
そう明言したツクヨミはコロコロと転がりながら、球体の両サイドからマニピュレータを伸ばして器用に襖を開けると部屋を後にした。最後にツクヨミに搭載されたカメラが捉えたのは、何とも寂し気な表情でグラスに酒を注ぐ関宗太郎の姿が襖の向こうに消える光景だった。
※※※
襖の先にある長い廊下は壁側に幾つもの照明がついてはいるが、それでも少々薄暗い。その中を伊佐凪竜一を探してコロコロと転がるツクヨミは、その端に見知った3つの人影を確認すると動きを止めた。
1つはアレム、もう1つは彼女と共に寝室へと向かったフォルトゥナ姫、そして最後はアレムの隣に立つセオ。遠方からでははっきりと分からないが、何やら揉めている様に見えなくもない。
「ですから……あ、ツクヨミ様」
薄茶色の廊下を転がる白色の球体に気づいたアレムはそう声を掛けた。同時にほとほと困り果てた表情から一転、パッと明るい表情へと変わった態度を見れば、ツクヨミに助力を求めたい彼女の心境が嫌でも伝わってくる。
事実、ツクヨミが致し方ないとばかりにコロコロと人影へと近づけば、3つの視線の内の2つがとても"元"地球の神とは思えない小さな体躯を困惑した表情と共に見下ろした。どうやら相当に困り果てていたようだ。
「どうしたのです?」
「いえ、それが……」
「あ、あの。申し訳ございません、外で何を話していたのかどうしても気になりまして」
フォルトゥナ姫は一瞬だけツクヨミに視線を落としたが、直ぐにセオとアレムへと向き直った。どうやら食事中に関宗太郎と秘書達が長い時間席を離していた事が気に掛かっていたようだった。
どうしてそんな事を気に掛けるのかは分からないが、しかしかなり話し辛い何かがあった事はアレムの態度から容易に想像がつく。また同時にアレムは直感しているようだ。その話が少なからず年若い少女を傷つけるであろう、と。だからこそ説得しているが相手は頑として聞き入れない。
「話し辛いならば私から話しましょうか?」
その言葉にアレムは酷く驚いた。自身と少女の心情を無視したツクヨミの酷く冷静な態度と、外でのやり取りを知っていたという2つの意味に、だ。瞬間、セオとアレムの視線が露骨なまでに変化した。ほんの一瞬であり少女には認識できなかったようだが、その目には確かに強い拒否感が浮かんでいた。
「えっ?いやそれよりもどうして……」
「これでも人より耳が良いのです。それを聞いてどう感じるか、どう思うかはフォルに委ねましょう。ですが就寝前に聞いて良い話題ではありません。それでも構いませんか?」
「はい……お願いします」
「では貴方の部屋まで参りましょう、こんな場所で立ちながら話していては落ち着かないでしょうし」
「仕方ありません、先生には後で話しておきましょう」
「も、申し訳ありません。貴方にご迷惑を掛けるつもりは……」
「いえ、お気になさらず。それに話自体はそれほど重要ではありませんし」
目の前の少女には話したくなかった。アレムの言動と表情を見ればそんな優しさで溢れているが、しかしそれだけでは少女の好奇心にを抑える事は出来ない……いや違う、私は即座に自らの考えを否定した。少女は何かを求めている、映像を見た私は何となくだがそう感じた。
この映像を見ている時点では誰も目の前に立つ少女が連合の頂点、旗艦アマテラスの神"アマテラスオオカミ"の対となるもう一柱の神、現人神"フォルトゥナ=デウス・マキナ"だと認識していない。連合の頂点に立ち、おおよそ手に入れられぬ物など無い神にも等しい存在が求める物は何か?
考えすぎ、あるいは荒唐無稽だという認識もある。だが、私は私の直感を捨てきれなかった。
「では参りましょうか、フォル様、ツクヨミ様」
覚悟を決めたアレムはふたりに率先して廊下を歩き、そして程なく少女に宛がわれた部屋の襖を開けると中へと誘った。
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