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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い

159話 逃避行 其の4

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「総帥が殺害されたと言うのに一機として動かなかったのが気になる」

 当時を思い起こしたタケルが口に出した疑問にルミナの表情が変わる。あの時は余りに突然で何かを気に掛ける余裕すらなかったが、思い起こせば確かに不自然極まりない。総帥を守護する為に帯同したセラフはファルサの隠し持った銃を見抜けない程にお粗末な性能では無いし、何より撃ち殺されたというのに姿を見せる気配さえなかったのも異常だ。まさか、見殺しにでもしたというのか。

「ホテルの周囲で何か……いや、財団内部か?」

「恐らく。中心はフェルムという男だろう」

 つい数時間前に出会ったフェルムと言う男を思い出したルミナの眉が吊り上がる。

「あの大柄の男か。だが一体……あの場で起きた事実から推測すると、彼らと守護者は繋がっていて何らかの取引をした位か?例えば武器を大量に購入させる事で継承戦を有利に進めようと謀ったとか、後は……強引に総裁の座に座ろうとしたとか?」

「俺も同じ結論だ。彼らと守護者達が裏で繋がっているのは間違いなく、時期から考えれば継承戦の可能性が最も高い。あの男と総帥の話を総合すれば、時期総帥となる為に使った手段を理由に継承戦から外されそうになった。そして、その手段に守護者が関係しており、更に証拠まで握られたと考えれば一応だが辻褄は合う。どうやら俺達は財団内部で起こった権力争いか何かに偶然利用されてしまったようだ」

「なら私達に総帥殺害の動機は無くなるけど、そう上手く運ばないよね?」

「あぁ。だから念のためにとコレを回収したのだが……コレも使えるかどうかは怪しイな」

 タケルはそう呟くと懐から粉々になった銃の破片を取り出した。フェルムという男がアクィラ総帥を殺害するのに用い、守護者によって破壊された銃。重厚な造りをしたソレはもはやその面影を残さない鉄くずになり果てている。

「それは……」

「この銃は旗艦アマテラスで製造される一式#(※片手持ちサイズの拳銃)。製造は今から34年前の神暦3020年、KNYKカナヤコ重工の設立1000年を記念し兵器開発部門が製造させたモデルで、市場に出回らず滅多な事ではお目に掛かれなイ、他星系の一部で現役使用されるリボルバータイプを現在の最新技術で復元した特別仕様。6発撃つたびに手動で再装填を行う必要があるのだが、反面でその火力の高さは指折りとなっており、標準状態ですら二式|(※両手持ちサイズの長銃)に匹敵する高火力を生み出す。最もその潜在能力を発揮するには我々スサノヲレベルの適性が……」

「その話はとりあえず後回しだ。証拠として使えない理由は何となく予測出来るがどうするつもりだ?」

 どうも彼は知識をやたらと披露したがるようだ、試験稼働中に収集した会話データから構築された癖なのか。現状でそんな|蘊蓄__うんちく__#を捲し立てられたとしても、彼女にゆっくり聞く時間も余裕も無い。ルミナにさっさと話しを流されたタケルは申し訳なさそうな顔と共に話の要点を話始める。

「手袋をしてイなかったから指紋の付着は確実。だがあの強気な態度と余裕の姿勢、守護者達の強引な行動に旗艦の現状とザルヴァートル財団の財力を考えれば、マスコミどころか下手をすれば司法にまで買収の手が及んでイると考えた方が妥当だ。現状で最も可能性の高い手段は民意に訴える以外に無イ。貴女も俺も相当に信用を失ったが、俺が記録した証拠映像を提出すれば流れを引き戻す切っ掛けになると判断する」

「君の……そうか、特兵研か」

「あぁ。500年以上前の天才が残した"遺産"なる代物を参考に造られた俺と同個体の製造は事実上特兵研以外には不可能。そして製造過程で起きた忌まわしイ事故防止の為、今現在の俺には強固なプロテクトが掛けられ、同時に全行動が記録され特兵研に転送される仕組みになってイる。外部、内部双方からの改竄が一切不可能な証拠映像はこの状況を覆すに十分だと判断する」

 タケルの言葉を聞いたルミナの目に僅かな希望の光が射した。が、その表情は直ぐに曇る。

「問題はそれを暴露する機会と場所だ。君の予想通り、司法局と報道機関は纏めてザルヴァートルの手に落ちていると考えて良い」

「何処も彼処もナノマシン汚染の余波で首が回らなイ。だから守護者は財団と手を組み、豊富な資金を使いあらゆる企業組織を懐柔した」

 最悪にまで落ち込んだ状況を打開する僅かな可能性。だが敵はほんの些細な可能性さえ先回りで潰している。

「フェルムか」

「財団の理念に真っ向から対立する下卑た性格を見るに、財団の理念に真っ向から対立する卑怯な手段をとっても不思議では無イ。だがあの男1人の影響力で総帥の殺害は不可能。つまりこの状況は……」

「守護者……いやアイアースが描いた絵図か。この一連の騒動はザルヴァートル財団と守護者が仕組んでいて、総帥殺害までの全ては織り込み済み。理由は分からないけど守護者側も総帥が邪魔で、だから時期総帥の座を狙うフェルムと手を組み、双方の邪魔となる総帥を謀殺した。恐らく私があの場に居てもいなくても犯人に仕立て上げる準備も出来ていたんだろう」

「だが、そう考えるにしても総帥がセラフを呼ばなかった理由も駆け付けなかった理由も不明だ。もしや、セラフの行動を制限できる何かがあるのか?」

 状況からの推測では正しい答えに辿り着けないだろう。が、それでもこの2人はかなり近い位置に近づいている。真相は未だ闇の中ではあるが、守護者達とフェルム達が繋がっている事実は私の監視内容と辻褄が合う。この2人ならばもう暫くもすれば真相へと辿り着く確信が私の中に湧き上がる。

「呼ばなかった理由……か」

 直後、ルミナの表情が一気に暗くなった。

「済まなイ」

「いや、気にするのは止そう。それよりも外の状況から今後の方針を決めないと」

「あ、あぁ」

「何方にせよ大手を振って外を歩くのは無理だ。逃げるにしても一階から下水道を通るしかないか。多少は監視の目も緩かった筈だ」

「衛生面の悪化が気になるが止むを得なイな」

 2人は互いに顔を見合わせると部屋を後にした。だが、タケルよりも一足早く部屋を後にしたルミナの背中を見た私の中に言い知れない感情が湧き上がる。

 悲しさを必死で抑え込もうとしている様な、そんな儚さを感じた。足を止めてしまえばきっと泣き出すか、あるいはもう戦えないと言い出しかねない程に儚い印象を覚えたからだ。そしてそれ以上に、そんな自分を必死で抑え込み偽りながら強引に前を向いていると分かったからだ。

 映像を見ればタケルも私と同じ感情を抱いているようであり、ほぼ同時にルミナと行動し始めた彼も彼女の背中を目で追っていた。そうしなければ死んでしまいそうな儚さと紙一重の強さを見た私は不思議に思った。

 どうして其処まで出来るのか、どうして答も無ければ辿る道も見えない闇の中を躊躇いなく進めるのか、と。そしてそれと同じ位に"私もそうなれるだろうか"と、そんな疑問が私の中に沸々と浮かんで……同時に酷く心がざわつき始める。
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