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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い

160話 予感

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 逃げ込んだ施設付近に姿を見せたスサノヲと守護者達の動向を確認する為にルミナとタケルがやって来たのは施設の中層に位置する巨大な休憩フロアの東端、巨大な窓ガラスから居住区域を一望できる展望台。

 物陰から慎重に外を窺う2人が目撃した光景は先程タケルがルミナに報告した通りであり、守護者達とスサノヲは未だに言い争いを繰り広げていた。

 こんな状況で、とは口が裂けても言えない。守護者達の横暴は目に余る程であり、更に詳細な情報を伝える事無くただ一言"財団総帥を殺害した犯人、ルミナ=AZ1を捕獲せよ"と命令されれば盾突きたくもなる。それは、スサノヲ達の誰一人として彼女がそんな大それた真似をするなどとは考えていない証左であり、同時にこれまで築き上げてきた信頼の賜物でもある。

「流石に誰も素直に従わなイか」

「いずれ強硬策を取られるだろうけど、今は助かるな」

「あぁ……ム?」

 置かれた現状は最悪に近い筈なのに、仲間の無実を信じるが故に守護者達に反目する姿を見たルミナは大いに安堵した。直後、タケルが守護者側に生まれた僅かな変化を捉えた。

「どうした?」

「何か動きがあったようだ」

 それまで強硬にルミナを拘束、あるいは殺害するよう捲し立てていた守護者の元に誰かからの連絡が入った。不意に止まる口論、一か所に集まる視線、周囲はそれまでの喧騒から一転した静寂に包まれる。

「ハイ……ハイ、承知いたしました。しかしそれで……いえッ、申し訳ございません。直ちに伝えます!!」

 恐らく直属の上司からの連絡を受けた守護者は通信を切断すると、露骨なまでに納得いかないといった不満げな表情をしながらスサノヲ達を睨み付けた。

「何だ何だァ?ケンカ売ってんのか?」

「タガミ、お前が率先して売るな……スマンな。だが、何度言われようが詳細な情報を一切寄越さない状態でお前達の言う事を素直に聞くつもりは無い」

「そうだッ!!あのルミナが、俺達を救った英雄がよりにもよって実の祖母を殺害するなんて証拠も無しに信用できる訳が無いだろうがッ!!」

 ワダツミとイヅナが口火を切ると、その場に集められたスサノヲ達から一斉に"そうだそうだ"と合唱があがった。彼らとて現在の立場は痛いほどに理解している。民からの信頼が下限一杯まで下がった事もそうだし、実質的に守護者の下に置かれる現状も、である。

 それでも尚、彼らは守護者達と真っ向から対立した。それはワダツミの言葉通り、一切の証拠を見せない守護者達への不信感、そんな連中の言質だけを理由にルミナをアクィラ=ザルヴァートル総帥殺害の最重要容疑者と認定した不審な態度と行動だ。

「分かった分かった。ったく、檻の中のイヌッコロはご主人様がいなくなった途端にコレだ。ならよ、素直に聞ける別の指示出してやるよ」

「お次は何ですかァ、守護者の皆様よォ?」

「だからお前はなんでそんなにケンカ腰なんだ……」

「チッ!!良いかよく聞けよ、全員ココから撤収だ。貴様等はアメノトリフネ第一番艦に行け、俺達は高天原の艦長室に集合だ」

「「「「ハァ?」」」」

 周囲に木霊したのは驚き、戸惑い、混乱など様々な感情が混ざり合った一言。それがどれだけ不可解な命令であるかは、タガミ達だけでなく守護者の大多数が素っ頓狂な声を上げた事でも理解できるし、何なら映像を見ていた私も馬鹿みたいに驚いた。

 此処まで執拗に、且つ強引にルミナを追い詰めておいて、次の命令がどうして"引き上げろ"になるのか。誰の指示かと問われたらアイアース以外に考えられないが、あの男がこの優勢を理解出来ないほど頭が悪いとは思えない。

「どういうことですか?何故此処まで来て?」

 堪らず守護者の1人が口を開くが、指示を受けた側は無言で首を横に振った。

「その守護者と同じ質問を俺もしたいな。証拠一切を出さず、お前達の証言一つだけで捕まえろと命令しておいて今度は帰れと来た。命令に逆らうつもりは無いが、何があったか位は説明して貰えるのだろうな?」

 今度はワダツミが指示を飛ばした守護者に喰らいつくが……

「あのなぁ、そんな事ァコッチが聞きてぇよ。俺だって上からの命令をそのまま伝えただけだ。オイ、お前等はこのままミハシラに向かえ」

 当人さえも理解不能というか、大いに困惑していた。どうやらこの様子を見るに真面な説明も無かったらしい。

「しゃーねぇな、分かったよ」

「ソッチのお前等は追跡には反対だったんだろ?なら問題ねぇだろ、いいから大人しく聞けよ?」

「あぁ、言われなくても帰ってやるよ!!」

「だが今回の件、改めて情報提供を要求する。"偽りない"、正しい情報の提供だ。何故、報道機関でさえ許される事件現場への接近を俺達とヤタガラスが許されないのだ?。証拠隠滅の疑念があるとしても監視を付ければ事足りるだろう?一体何があった?何を隠している?」

 スサノヲの大半は渋々と言った様子だがワダツミだけは尚も食い下がる。スサノヲとヤタガラス、旗艦の治安維持を行う2大組織が揃いも揃ってザルヴァートル財団総帥殺害現場に踏み入るどころか証拠一つ見る事さえ許されない奇異な現状は、彼の中に生まれた疑惑の種を芽吹かせ、守護者への反抗という花を咲かせた。

「お前、名前は?」

「ワダツミ」

「デケェ図体の割に細けぇヤツだ。良いか、余計な事を詮索するな。コレは命令と同時に忠告だッ!!」

 返答はにべもない。守護者はさも当然の権利の如く質問を突っぱねた。これまでもそうだったように、やはり守護者との問答は無意味と悟った巨漢は大きなため息を付くと……

「承知した」

 苦悶の表情と共にそう吐き出した。

「じゃあとっとと引き上げろ、どうなっても知らねぇぞ!!」

 守護者達はそう言うや本当にその場から引き上げ始めた。彼らの更に後ろから灰色の光が出現すると、誰も彼もがその中へと消えていった。同時に上空を巡回する黒雷も、地上を徘徊するイヌガミも区域外へと姿を消してしまった。

 その様子を見ていたスサノヲ達は互いに顔を見合わせた。今は指示に従うべきだと、このままルミナを追跡するよりはマシだと、そうした言葉が零れる一方、ワダツミとイヅナを含めた数名は余計に混迷した現状への不満を漏らした。

 が、誰も彼も現状を嘆いたところで状況は好転しないと良く知っており、程なく守護者の後を追う形で灰色の光の向こうへ消え去った。しかし、その足取りは酷く遅い。終ぞルミナに会えなかった未練に不自然極まりない指示による混乱に足を搦め取られているようだ。

「どういう事だ?」

 喧騒の原因だった守護者とスサノヲが消え、静寂と人工の闇が包む閑静な街並を呆然と眺めるルミナが零した疑問は最もだ。

「僅かに捉えた守護者達の会話内容を読唇術で補完してみたが、"詳細不明の命令を受け撤退した"以外に何も分からなかった」

「撤退……不自然すぎやしないか?」

「あぁ。態々わざわざアクィラ=ザルヴァートル殺害の罪を被せ、更にココまで居場所を絞り込んでおいて引き上げるのは不自然極まりない。これでは逃げろと言ってイる様なものだ」

「引き上げたと見せかけるつもりかも知れないが、そんな真似をする理由が見当たらない。定期的な巡回が入れば遠からず私達の居場所は知れてしまうだろうし、他に何かあるのか……でも何が……」

 タケルの予測にルミナは考え込むが、しかし余りにも不可解過ぎて正しい答えなど出せないだろう。

「不気味だが、しかし時間が作れた事は幸運だ。今は現状の予測よりも今後の対策と逃走経路の選定を優先するべきだ」

「そう……ッ!!」

 至極もっともなタケルの提案にルミナの視線がタケルに向かおうとした……次の瞬間、彼女の視線は巨大な窓ガラスへと吸い込まれるように動いた。その視線は鋭く、夜の居住区域のさらに奥を凝視している。タケルもその行動に一瞬遅れる形でやはり夜の闇の中を見つめ……

「「何かが来る!!」」」

 共にそう叫んだ。嫌な予感を纏いながら、何かが来る。
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