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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い
161話 来襲する悪意 其の1
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何かが来ると2人が声を合わせ叫ぶと同時、一直線に大型複合施設目掛けて飛来する一筋の流星の様な何かが見え、次の瞬間には2人がいた施設の中腹辺りへと突き刺さった。私は、全く反応できなかった。
身体の芯まで揺さぶる強い衝撃。吹き飛ぶ瓦礫に立ち昇る白煙。視界が塞がれ何も見えなくなる中、今度はルミナとタケルのくぐもった声が聞こえたかと思えば、直後に施設外に弾き飛ばされた。
何かから攻撃を受けていると、何も見えなくともそう理解するには十分な光景だ。しかしその正体は白煙の中に隠れて見えない。あの2人を容易く弾き飛ばすなど只者ではないという、それだけしか今は分からない。
強引に外へと放り出された2人が濛々と立ち上がる白煙の向こうを睨み付ければ、機械的で規則的な足音が夜の闇を押しのける様に響き渡る。
「逃げろッ!!」
「ダメだッ。今、君を失う訳にはいかない!!」
タケルの叫びにルミナが間髪入れず否定すると……
「それはコッチの台詞だ。今、失われて困るのは貴女だ。例え汚名を着せられたとしても、それでも貴方はアマツミカボシの心の拠り所なのだ。そうなった時の損失は数字では表せなイ、だから逃げてくれ。数は一、ならば俺でも時間稼ぎ位は出来る」
タケルは更に反論を重ねた。ぐうの音も出ない正論。これ以上の離別を避ける為、ルミナはタケルと共に残る道を選んだ。が、愚策。今のルミナの価値が如何ほどか、彼女自身が良く理解していない。ココで逃げるのにもたつけば、あるいは捕縛された先の未来は絶望的に暗い。
何より未だ正体不明の敵はルミナとタケルを軽々と吹き飛ばす程度の実力を備えている。苦戦は必至。超が付くほどの高機動による強襲という手段から判断すれば、人である可能性は低い。通常ならばそう言った手段にはハイドリが使用される。加えてルミナとタケルが置かれた状況から判断すれば、敵はセラフである可能性が高い。
あれ程の速度での強襲を行える小型の機体となればそれはもう数に限りがあり、セラフならば財団総帥の敵討ちという名目で襲ってきても何ら不思議では無いからだ。財団が所有する最強の戦力。人型サイズのミカエル、ウリエル、ガブリエルに、黒雷型の専用外装を纏えば全長20メートルを超えるラファエルまでの様々なサイズの正に機神と呼べる存在。
その圧倒的な性能は旗艦アマテラスがタケミカヅチを生み出すまでは黒雷を凌ぐ程の性能を所持していると評され、4機という数的な劣勢と専守防衛という条件、代々の総帥がその名声に興味を持たなかったが故に判明していないが、それでも恐らく連合でも指折りどころか場合によっては最強に名乗りを上げる事が出来たであろう熾天使達。
しかし……記憶が確かならばセラフを最強足らしめるのは強烈な連携能力の筈。指揮官型のミカエルが戦況を把握、指示を出しつつ同時に自らも攻撃を行い、ソコに防御型のラファエル、射撃型のガブリエル、近接型のウリエルが完璧な連携で追従し敵を追いこむ。単機での性能は確かに高いが、それでも防御性能はタケルの方が、射撃能力もルミナの方が上回っているというデータが示している。
違う。敵はセラフじゃない。如何に総帥討伐という名目があったとしても、セラフがその強みである連携を投げ捨て単機で襲撃するなどあり得ない。あるいは財団が極秘裏に開発したセラフとは別の存在……だとでもいうのだろうか?
と、そこまで考えた私はもう一つの可能性を見落としていた事に気付いた。タナトスが持ち逃げしたタケミカヅチ計画のデータ。しかし、如何にザルヴァートル財団の豊富な人材と物資があったとて、半年未満という短期間で完成させるのは困難の筈。しかも特兵研の協力も無しに……だけど、最悪の可能性が頭を過ると同時、猛烈に嫌な予感が私の胸を掻きむしり始めた。
「早く!!」
「断ると言った。君を置いては行けない。君もこれから先に必要な人材、無暗に命を落として貰っては困る」
映像の向こうの2人が意見の齟齬を理由に動きを止める間、白煙の中から響く足音はゆっくりと確実に2人を目指す。
「全く……どうしてこう我儘なのか。少しは折れる事を覚えなイと伊佐凪竜一は将来酷く苦労するぞ」
「その話は後だ」
ルミナとタケルが白煙の向こうを睨み付ける中、その煙の中から一機の式守が出現した。
「我ラガ総帥ヲ殺メタ罪、ソノ命デ償ッテ貰オウ」
それは彼女達を捕捉すると動きを止め、抑揚のない機械的な声で語り始めた。
「連合法に定められた通り、旗艦で発生した犯罪は加害者の出身如何に関わらず旗艦法によって裁かれる。そして、旗艦法に死刑は存在しなイ!!」
タケルが即座に反論するや謎の機体は突然黙った。が、言葉に窮したと言う訳ではない。余裕。いや、観察だ。無表情で無感情、無機質なレンズがただジッと2人を見つめるのは相手の外観からその中身を推測しようとしているのだ。
観察が続く中、式守を覆う白煙が全て霧散した。煙に覆われた式守の全てが露見した事で漸く私も、ルミナも、タケルもはっきりと確信した。目の前に現れたソレは惑星ザルヴァートルに伝わる翼を持った神の尖兵、神の精霊、神の御使い、様々に称される天使の最上位であるセラフを模した存在とは明らかに違った。しかし、ソレだけしか分からない。
ではアレは一体何かと言う問いには答えられなかった。その姿を正しく評するならば、"未完成品"が一番近い。外観こそ人型をしているが、露骨なまでに完成途中の素体状態と言った様相をしている。
全身は白銀で所々にエネルギーラインの様なものが仄かに光っている。身体のラインを見ればまだ自然に人型をしているものの、相貌へと目をやればまだ未完成といわんばかり、能面のようにのっぺりとしている。その能面に付けられた目が二人を睨み付ける。セラフとは明らかに異彩を放つ何かは、しばしの沈黙を続けたがやがて口を開いた。
「うふふふふっ……」
笑った。何がおかしいのか唐突にそれは笑い始めた。能面が不敵に笑う、その様子を私達はただ見つめるしか無かった。不気味だと、心底そう思った。アレは何かがおかしい。
「うふふふふふ、アハハハハハハッ。何を言い出すかと思えばそんな事、どうでもいいじゃないですか。もう終わるんだから」
「何を笑うッ!!」
「まだ分からないのですか、"お兄様"?」
「何ッ……まさかお前はッ!!」
「タケミカヅチ……なのか?」
「ご名答。私はタケミカヅチ肆号機。名前はまだ与えられておりませんので好きにおよび下さい。ルミナ=アルゼンタム・ザルヴァートル。あぁ、そう言えばもうザルヴァートルの名は継げませんでしたねぇ。では訂正しましょう。ルミナ=アルゼンタム。英雄を気取った愚か者として死になさい。ついでに出来そこないのお兄様もね」
最悪だ。頭に過った最悪の可能性、タケミカヅチ計画の4番目が現実のものとして目の前に現れた。
「つまり、この一連にザルヴァートル財団も関わってイると言う事か!!」
「さぁどうでしょうねぇ。私はただ無念の内に死亡したアクィラ総帥の仇を討つ為に貴女達を追いかけてきただけですから」
「しらばっくれるな。それに終わるとは何だ!!」
「うふふふふ、必死で考えなさいな。もしかしたら死ぬ瞬間位には分かるかも知れないでしょう?」
「その吐き気がする思考パターンと喋り方、お前の後ろに居るのはタナトスだな!!」
「だから教えないっていったでしょう?お兄様はそんな事もわからないガラクタなのですねぇ。せっかくこうして会えたと言うのに残念ですよ。あぁそうそう、逃げないでくださいね。もしそんな事すれば……私、無関係の市民を襲ってしまうかもしれませんから。では、参りますね」
最低最悪な性格を隠そうともしない肆号機は一方的に会話を切り上げると2人に向け突撃した。武器らしい武器は何一つ持っていないが、タケミカヅチ型となれば油断など出来ない。事実、不意を突かれたとは言えルミナとタケルを容易く吹き飛ばしたのだから。
最悪だ。半年前、神魔戦役の最中に量産型の製造が既に始まっていたという微かな違和感。ソレが今、はっきりと形をとる。アレが肆号機のプロトタイプだと仮定すれば、製造が半年よりも前から始まっていたと仮定すれば……神魔戦役へと至る全てが旗艦を取り巻く最悪の現状を作り出す為の土台でしかなかった。
何もかもが、敵の掌の上。
身体の芯まで揺さぶる強い衝撃。吹き飛ぶ瓦礫に立ち昇る白煙。視界が塞がれ何も見えなくなる中、今度はルミナとタケルのくぐもった声が聞こえたかと思えば、直後に施設外に弾き飛ばされた。
何かから攻撃を受けていると、何も見えなくともそう理解するには十分な光景だ。しかしその正体は白煙の中に隠れて見えない。あの2人を容易く弾き飛ばすなど只者ではないという、それだけしか今は分からない。
強引に外へと放り出された2人が濛々と立ち上がる白煙の向こうを睨み付ければ、機械的で規則的な足音が夜の闇を押しのける様に響き渡る。
「逃げろッ!!」
「ダメだッ。今、君を失う訳にはいかない!!」
タケルの叫びにルミナが間髪入れず否定すると……
「それはコッチの台詞だ。今、失われて困るのは貴女だ。例え汚名を着せられたとしても、それでも貴方はアマツミカボシの心の拠り所なのだ。そうなった時の損失は数字では表せなイ、だから逃げてくれ。数は一、ならば俺でも時間稼ぎ位は出来る」
タケルは更に反論を重ねた。ぐうの音も出ない正論。これ以上の離別を避ける為、ルミナはタケルと共に残る道を選んだ。が、愚策。今のルミナの価値が如何ほどか、彼女自身が良く理解していない。ココで逃げるのにもたつけば、あるいは捕縛された先の未来は絶望的に暗い。
何より未だ正体不明の敵はルミナとタケルを軽々と吹き飛ばす程度の実力を備えている。苦戦は必至。超が付くほどの高機動による強襲という手段から判断すれば、人である可能性は低い。通常ならばそう言った手段にはハイドリが使用される。加えてルミナとタケルが置かれた状況から判断すれば、敵はセラフである可能性が高い。
あれ程の速度での強襲を行える小型の機体となればそれはもう数に限りがあり、セラフならば財団総帥の敵討ちという名目で襲ってきても何ら不思議では無いからだ。財団が所有する最強の戦力。人型サイズのミカエル、ウリエル、ガブリエルに、黒雷型の専用外装を纏えば全長20メートルを超えるラファエルまでの様々なサイズの正に機神と呼べる存在。
その圧倒的な性能は旗艦アマテラスがタケミカヅチを生み出すまでは黒雷を凌ぐ程の性能を所持していると評され、4機という数的な劣勢と専守防衛という条件、代々の総帥がその名声に興味を持たなかったが故に判明していないが、それでも恐らく連合でも指折りどころか場合によっては最強に名乗りを上げる事が出来たであろう熾天使達。
しかし……記憶が確かならばセラフを最強足らしめるのは強烈な連携能力の筈。指揮官型のミカエルが戦況を把握、指示を出しつつ同時に自らも攻撃を行い、ソコに防御型のラファエル、射撃型のガブリエル、近接型のウリエルが完璧な連携で追従し敵を追いこむ。単機での性能は確かに高いが、それでも防御性能はタケルの方が、射撃能力もルミナの方が上回っているというデータが示している。
違う。敵はセラフじゃない。如何に総帥討伐という名目があったとしても、セラフがその強みである連携を投げ捨て単機で襲撃するなどあり得ない。あるいは財団が極秘裏に開発したセラフとは別の存在……だとでもいうのだろうか?
と、そこまで考えた私はもう一つの可能性を見落としていた事に気付いた。タナトスが持ち逃げしたタケミカヅチ計画のデータ。しかし、如何にザルヴァートル財団の豊富な人材と物資があったとて、半年未満という短期間で完成させるのは困難の筈。しかも特兵研の協力も無しに……だけど、最悪の可能性が頭を過ると同時、猛烈に嫌な予感が私の胸を掻きむしり始めた。
「早く!!」
「断ると言った。君を置いては行けない。君もこれから先に必要な人材、無暗に命を落として貰っては困る」
映像の向こうの2人が意見の齟齬を理由に動きを止める間、白煙の中から響く足音はゆっくりと確実に2人を目指す。
「全く……どうしてこう我儘なのか。少しは折れる事を覚えなイと伊佐凪竜一は将来酷く苦労するぞ」
「その話は後だ」
ルミナとタケルが白煙の向こうを睨み付ける中、その煙の中から一機の式守が出現した。
「我ラガ総帥ヲ殺メタ罪、ソノ命デ償ッテ貰オウ」
それは彼女達を捕捉すると動きを止め、抑揚のない機械的な声で語り始めた。
「連合法に定められた通り、旗艦で発生した犯罪は加害者の出身如何に関わらず旗艦法によって裁かれる。そして、旗艦法に死刑は存在しなイ!!」
タケルが即座に反論するや謎の機体は突然黙った。が、言葉に窮したと言う訳ではない。余裕。いや、観察だ。無表情で無感情、無機質なレンズがただジッと2人を見つめるのは相手の外観からその中身を推測しようとしているのだ。
観察が続く中、式守を覆う白煙が全て霧散した。煙に覆われた式守の全てが露見した事で漸く私も、ルミナも、タケルもはっきりと確信した。目の前に現れたソレは惑星ザルヴァートルに伝わる翼を持った神の尖兵、神の精霊、神の御使い、様々に称される天使の最上位であるセラフを模した存在とは明らかに違った。しかし、ソレだけしか分からない。
ではアレは一体何かと言う問いには答えられなかった。その姿を正しく評するならば、"未完成品"が一番近い。外観こそ人型をしているが、露骨なまでに完成途中の素体状態と言った様相をしている。
全身は白銀で所々にエネルギーラインの様なものが仄かに光っている。身体のラインを見ればまだ自然に人型をしているものの、相貌へと目をやればまだ未完成といわんばかり、能面のようにのっぺりとしている。その能面に付けられた目が二人を睨み付ける。セラフとは明らかに異彩を放つ何かは、しばしの沈黙を続けたがやがて口を開いた。
「うふふふふっ……」
笑った。何がおかしいのか唐突にそれは笑い始めた。能面が不敵に笑う、その様子を私達はただ見つめるしか無かった。不気味だと、心底そう思った。アレは何かがおかしい。
「うふふふふふ、アハハハハハハッ。何を言い出すかと思えばそんな事、どうでもいいじゃないですか。もう終わるんだから」
「何を笑うッ!!」
「まだ分からないのですか、"お兄様"?」
「何ッ……まさかお前はッ!!」
「タケミカヅチ……なのか?」
「ご名答。私はタケミカヅチ肆号機。名前はまだ与えられておりませんので好きにおよび下さい。ルミナ=アルゼンタム・ザルヴァートル。あぁ、そう言えばもうザルヴァートルの名は継げませんでしたねぇ。では訂正しましょう。ルミナ=アルゼンタム。英雄を気取った愚か者として死になさい。ついでに出来そこないのお兄様もね」
最悪だ。頭に過った最悪の可能性、タケミカヅチ計画の4番目が現実のものとして目の前に現れた。
「つまり、この一連にザルヴァートル財団も関わってイると言う事か!!」
「さぁどうでしょうねぇ。私はただ無念の内に死亡したアクィラ総帥の仇を討つ為に貴女達を追いかけてきただけですから」
「しらばっくれるな。それに終わるとは何だ!!」
「うふふふふ、必死で考えなさいな。もしかしたら死ぬ瞬間位には分かるかも知れないでしょう?」
「その吐き気がする思考パターンと喋り方、お前の後ろに居るのはタナトスだな!!」
「だから教えないっていったでしょう?お兄様はそんな事もわからないガラクタなのですねぇ。せっかくこうして会えたと言うのに残念ですよ。あぁそうそう、逃げないでくださいね。もしそんな事すれば……私、無関係の市民を襲ってしまうかもしれませんから。では、参りますね」
最低最悪な性格を隠そうともしない肆号機は一方的に会話を切り上げると2人に向け突撃した。武器らしい武器は何一つ持っていないが、タケミカヅチ型となれば油断など出来ない。事実、不意を突かれたとは言えルミナとタケルを容易く吹き飛ばしたのだから。
最悪だ。半年前、神魔戦役の最中に量産型の製造が既に始まっていたという微かな違和感。ソレが今、はっきりと形をとる。アレが肆号機のプロトタイプだと仮定すれば、製造が半年よりも前から始まっていたと仮定すれば……神魔戦役へと至る全てが旗艦を取り巻く最悪の現状を作り出す為の土台でしかなかった。
何もかもが、敵の掌の上。
応援ありがとうございます!
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