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第6章 運命の時は近い

201話 救出作戦 ~ 翻弄

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「だとするならば後は投薬処置等を含む洗脳位でしょうか?」

 逸れた意識を覚醒させる声が耳を掠めた。白川水希の声だ。が、波紋のように周囲に広がる声に対する反応は一様に同じ。

「それも無理だ」

 否定。淡々と、全員を代表する形でルミナが回答した。

「人の身体において最もデリケートな脳に作用するナノマシンは旗艦法で縛られてイる。強すぎれば脳に深刻な障害を負わせるのは非合法含めた実験で検証済みで、例外なく数分以内に脳死状態に陥る程には危険だ。だから人格を乗っ取るレベルの強力なナノマシンは存在しなイ。御伽噺ファンタジーの中を除けば、だが」

 間髪入れずタケルが補足した。説明通り、脳はカグツチと密接に関わる極めて繊細な器官。精神疾患や物理的な破損の代替を目的に、脳内で疑似脳神経細胞(ニューラルネットワーク)を形成する特殊な医療用ナノマシンもあるが、性能や製造に関する一切が旗艦法で強力に制限されている。さしもの白川水希も医療関係の知識までは知らなかったようだ。

「じゃあ他の力」

 想像力豊かなアックスが別の可能性に言及した。が……

「人を操れる洗脳技術も存在しない。但し旗艦ココでは、だがな。連合の惑星には人の精神に作用する禁術という名称の魔法とか魔術と呼ばれる技術も存在するらしいが、コッチもほぼ制御不能で例外なく脳に致命傷を負わせ、遠からず死ぬか廃人同然になってしまう。他者を操るなんて夢物語ファンタジーだよ」

 全てを語る前に遮ったイスルギは有り得ないと、そう結んだ。直後……

「でも1つだけでしょう?」

 そのファンタジーを白川水希が否定した。ルミナはその言葉に唇に指を当てる。思案する時に見られる仕草だ。が、すぐさま指を唇から離し……

「山県令子か?」

 地球人の少女の名を呟いた。

「そう、あの子が作りだすナノマシンは連合の現状に照らし合わせれば正にファンタジーそのもの。だけど……でもアレはハバキリの力が原因であってあの子が独力で作りだしている訳では無い」

「確かに……あの力ならば不可能な話では無イ」

 その口から零れ落ちた名前に空気が一変した。用心棒達の顔が険しさを増す。冷静さを失い、ともすれば怒りや悲しみに包まれるその様子を只一人、白川水希は無表情で見つめる。

「ちょい待ち、俺にも分かる様に説明してくれよ。先ず誰だよソイツ?」

 不意に不穏な空気に水を差す声が響いた。アックスだ。この場において彼だけが部外者で、故に自分を無視する形で進む会話に堪らず声を上げた。

「山県令子。当時まだ17歳の彼女も半年前の戦いに駆り出された。歌が好きな普通の子だったあの子は戦いの中で意中の男を失い、そして失意のままに暴走して自らが使うナノマシンをより強力に変異させ、最後はタナトスという女と行方をくらませた」

「つまり、その子の能力なら人を操れるって事!?マジかよ……」

 アックスは酷く狼狽した。連合の何処にも存在しない技術を単独で生成し得る人類が存在したなどという話は、正しくファンタジーの代物としか思えなかったようだ。

「今の状況から考えるならば望んでこの件に協力してイるか、あるいは力だけ解析されたか」

「させられているって可能性は?」

「無い、でしょうね」

 山県令子の力が再び敵に回る。その可能性に誰もが3ヵ月以上前の反乱を思い出した。出鱈目な能力に複数人の協力が加わった事で数十万以上の人間を暴走させたあの事件を。

 ルミナが言った通り、人の脳は極めてデリケートに出来ている。山県令子のナノマシンはその繊細で美しい領域に土足で踏み込み、散々に荒らし回す様なもの。結果、操られた人間の大半に後遺症が残る結果となった。今も尚サクヤを含む旗艦内の医療機関に足を運ぶ被害者は数多く存在し、その事実は彼女のナノマシンが極めて強力に人の精神に作用する事を今も証明し続ける。

「今も尚、被害者に癒えなイ傷を残すアレを使ったのか?」

「いや、待て待て」

 話を遮る声が響いた。次に水を差したのはイスルギだった。

「それを考えるよりも旗艦を裏切ったと考える方が自然では無いか?おあつらえ向きとまではいかないが、神が封印されてから相当な時間も経過している。神の健在時には考えられなかった旗艦への背信行為、元々現状を良く思っていなかった連中が何者かに唆されたと考えた方がまだ納得が行くだろう?」

 彼がルミナ達の荒唐無稽な予測を否定する根拠を語ると、"確かに"と言う空気が重く沈んだ空気を撹拌する。

 彼の考えの方がより自然で、可能性も高い。事実、旗艦の神たるアマテラスオオカミの不在に伴う不都合は山の様に報告されており、またそれが原因で市民感情の悪化も著しい。

 人が自らを制御出来ず暴走する有様を見れば、寧ろイスルギの説の方が有力とさえ考えても不思議ではない。特に仕事柄、酒などで理性を失い暴走する客達を脅し、あるいは力づくで制圧する用心棒達はその考えをすんなりと受け入れた。

「あの女が関わっていなければ私もその考えを指示しました。でも、ヤツが相手ならば最悪の事態を想定すべきです」

 しかしルミナはそう思わず。穏やかな口調で、だがしかし強くイスルギを否定した。その女と敢えて名を呼ばなかったが、言わずとも誰かこの場の誰もが良く知っている。

 タナトス。今回の一連の影に隠れる女が頭に過った各々の表情に暗い影が落ちる。私も同じだ。あの女が何かを企み旗艦内で暗躍した事実は当然知っている。だが、結局それが何であるのか、それ以上にどうやって行っているのか私でさえ理解出来なかった。

 奸計を企て、旗艦内を管理するアマテラスオオカミを封印しただけに止まらず、秘密裏に旗艦を監視する私にすら悟られないままに計画を進める女。その出鱈目で不可解で全容の知れない能力は明らかに人の範疇から逸脱している正に化け物。そんな女ならば、確かに最悪を想定する程度では足らない覚悟がいる。ルミナにはソレがよく分かっているようだ。

 ……止めなければ、あの女は全てを破滅させる。
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