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第6章 運命の時は近い

229話 闇に浮かぶ敵の輪郭

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 勾配を昇降し、角を何度も曲がり、手入れとは程遠い獣道を抜けた先に建つ次の隠れ家に到着したのは人工の太陽が尚も沈み込み、赤と黒が半々に空を染め上げた頃だった。

「暗い、湿っぽい」

「贅沢言わないで」

 屋外までの道のり、施設の外観とは違い内部は整然としていたが、アックスが愚痴る通り内部は快適とは言い難い。一行を出迎えたのは外の黄昏よりも一層濃い闇。窓から射す夕陽は薄暗い隠れ家を照らすには余りにも弱く、か細い。また手入れも行き届いておらず、空気は淀み、所々には埃が積もり、足を踏み込むたびに舞い上がったソレが夕闇の中にキラキラと反射する。

 そんな仄暗いというよりも陰鬱とした部屋を照らすのはアックスが持つ年季の入ったライターの炎と白川水希が持つ携帯端末のライト、ルミナの眼前に展開された幾つものディスプレイが放つ淡い光源。

「待たせた」

 廊下の奥から男の声が響くと同時、薄暗い部屋に煌々とした照明が灯り、更に部南側の壁に巨大なディスプレイがボウッと浮かび上がる。上空からは換気を行うエアコンの音がゴウゴウと響き始め、音と光が陰鬱な雰囲気を吹き飛ばし始める。

「君は何時も気が利くな」

 そんな感謝に"当然だ"と返すのはタケル。先行して施設へと入った彼はイスルギからの指示に従い施設を稼働させ、更に施設全体を覆い隠すように防壁を展開してきた。彼の防壁は他とは違い、調整次第であらゆる情報を遮断できる特性を付与されている。だからココに逃げ込んだのだ。閑散とした場所に1つだけ稼働している施設があれば不審極まりないが、彼ならば完璧に覆い隠せる。

「そもそも滅多に使用されなイようで、普段は電源が落ちているそうだ」

 そう重ねたタケルは質素なテーブルの上に何かを置いた。

「そうか……それは?」

 固い物がテーブルに触れる音にルミナは一旦報告書から目を離し、次にタケルへと視線を移し、最後にテーブルへと視線を滑らせる。ソコには木製のトレイに並んだ3人分の白い皿と、銀色のナイフとフォークが載っていた。湯気が立ち昇る皿へと目を移せば小麦色のパンと何かのソースが掛かった肉料理、そして色とりどりの野菜。

「食事も持ってきた。と言っても日持ちする非常食を温めた程度だから味の保証は出来なイが」

「おっ、気が利くネェ」

「ありがとうございます」

「気にするな。君達は俺と違って定期的にエネルギー供給しなければならなイ。それに栄養補給を怠れば明日に影響も出る」

「そうだなぁ。ま、これが最後の食事にならない様に頑張りますかね」

「アナタ、縁起の悪い事言わないでよ」

 アックスの言葉に逐一機嫌を揺さぶられる白川水希と、これまた逐一言動を咎められるアックスはタケルの好意に感謝すると早速食事に手を付け始めた。そんな素振りは一切見せていなかったが、慣れない環境での戦闘と逃走により肉体と精神を相当以上に摩耗させたであろう事は想像に易い。程なく、ナイフと皿がぶつかるカチャカチャと言う音が静かに何度も響き始めた。

「ルミナ、君も……どうした?」

 タケルは堪らず声を掛けた。只一人、ルミナだけは食事に一切手を付けないまま報告書を睨み続けていた。良かれと思い持ってきた皿は微動だにせず、食事は寂し気に湯気を上げ、一切手が付けられないまま徐々に熱を失う。施設を稼働させたとは言え、直ぐに部屋が温まる訳ではない。

 冷めた料理は不味いというのは宇宙共通の真理。しかし、彼女がタケルの好意を無下にしてまで、貴重な栄養の補給を無視してまで見つめるのはタガミから送られてきた報告書の山。夥しい量の文字、データ、画像に目を通す様子は真剣を通り越し鬼気迫っており、一種の威圧感さえ感じる。故にタケルもそれ以上の何も語れず、ただ黙って彼女の横に立った。

「ン?あぁ」

 漸く隣に立つタケルに反応したかと思えば何とも素っ気なく……

「イスルギに取り次いでほしい」

 ソレは指示を出す時も一切変わらず。今は1秒でも時間が惜しい、視線を資料から絶対に外さず淡々と処理し続ける端正な横顔はそう語る。

「無理だ。急遽予定を変更、タガミと合流する為に移動中で連絡がつかなイ」

「ならイクシィでもいい」

「承知した。が、出来れば食事も取ってくれ」

 彼はそう言うと端末を操作、ルミナに手渡し……

「あぁ……済まない」

 懇願に近いタケルの言葉にルミナの意識はテーブルに置かれた料理へと向かう。しかしそれも一瞬の間、連絡が繋がると同時に彼女の意識から料理は再び消失した。

『お疲れ様です。ソチラの様子はある程度モニターしていましたが、何か問題でも?』

「そんな事、出来るのか?」

『そう言う仕事をしていますので。とは言え、現状ではさしてお役に立てませんが』

「オイオイ、ならナギの居場所」

 アックスがそう突っかかる。無茶を言うなと嘆く視線と、彼に同意する視線が交差する。が、間髪入れず"知っているなら既に共有されている"とルミナが語る。冷静な彼女らしい、理知的な返答だ。

『はい、お役に立てず。それで何用でしょうか?』

「イスルギの働く店で流れた噂話は知っているか?」

『上司が突然豹変してデモ参加を呼び掛けるようになった件ですよね?私もある程度は』

「ソレに関するどんな些細な情報でもいいから知りたい、出来れば本人から直接。頼めるか?」

 漸く振りに資料から目を離した彼女の目は酷く真っ直ぐで、だから誰もが無意味な行動ではないと察するのだが、一方で私やタケル達は藪から棒な依頼に困惑するばかり。裏切者の調査と場末の店の噂話に何の繋がりがあるのか。何が聞きたいのか、何を知りたいのか全く見えない。

『ハァ、お待たせぇ』

 やがてルミナの元にその答えを携えた女から連絡が入る。映像には派手な色合いとやや濃いめの化粧をした妙齢の女性が先ず映り、程なく隣に線の細い神経質そうな用心棒が現れた。2人揃って軽く肩で息をしている様子を見るに、どうやら仕事の途中か準備中だったようだ。

『えーと、私がコイツに愚痴った話が聴きたいって事でいいよね?そーねぇ、でも思い出しても凄い大企業に勤めてるって位よ?えーとね、何処だったかな』

OOITオオイチ総合食品』

 女がド忘れした企業名を隣の用心棒がスラスラと回答した。超がつく一流企業だ。超広大な旗艦内で自給自足を完結させるため、食料関連については他とは段違いの優遇措置を取っている。人が生きるに必要な栄養、水分を提供する企業に質の低い人材を流さない為、より優れた人材を集中させる為の措置だ。結果、旗艦は極めて高い自給率を維持するに至る。

『あぁ、そうそう。アンタよく覚えてるわね。で、半年前の件が重なった。今でも他が戦争の影響で軒並み売り上げを落とす中で安定して稼いでいるって、儲かってるって自慢してたわ。特にセイガって連中がツクヨミって神様だかセイガゲンゾウ?って人の指示を忠実に守って、食糧関係の施設には全く手を付けなかったって影響が一番大きかったってさ。だから安定してるって』

「他には何かないか?何でもいい、些細な事でも構わない」

 仲の良い姉弟のやり取りにルミナの眉はピクリとも動かない。どうやら知りたい情報は今の話にはなかったらしい。

『そうねぇ。あ、そう言えばもう一つ愚痴ってたわ。ホラ、大分前に旗艦で暴動騒ぎ合ったじゃない?あの時に怪我したらしくてさ、その上司。で、結構頻繁に検査行って仕事に穴開けるから凄い怒ってたわ。勿論、上司じゃなく』

「掛かりつけの医療機関が何処か分かるか?」

 が、突然の変化。映像の女性の語尾に重ねるようにルミナは問い質した。その口調と態度はともすれば強硬的に見え、急な変化に誰もが戸惑うのだが、その一方で察した。彼女が知りたい情報があるようだ、と。

『え、えぇと……流石にそこまでは話してはくれなかったわ』

『超がつく大企業、しかも重役ともなれば復元医療施設が併設された"サクヤ"しかありません。設備サービス諸々が他とは段違いですから。勿論、値段も』

『成程ぉ』

 "サクヤ"と、そう聞いたルミナの視線が不意に泳ぐ。同時、唇に手を当て何かを考え始めた。

『あの、もういいかな?』

「あぁ。ありがとう。役に立つかはそう遠くない内に分かると思う」

『そう?よく分かんなけど頑張ってね。ソレから、私達はどんな報道がされても、私達以外がどれだけ否定してもアンタ達を信じているからさ』

『我々も同じです。ご武運をお祈りしております』

「ありがとう」

 ルミナが感謝の言葉を伝えると、映像の向こうの女性は軽く投げキス、男は一礼と共に通信を切断した。映像で仲良く話す姉弟との会話の中に彼女が知りたかった情報が含まれていたようだ。が、相も変わらずタケル達は怪訝そうな表情を浮かべる。

「まさか、分かったのか?」

 誰かの声が部屋に木霊した。
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