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第6章 運命の時は近い

231話 星が照らす彼女の素顔

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 連合標準時刻 火の節88日目 夜

「動くな」

 時刻はあと数時間で運命の日を迎えるという頃。旗艦を照らす人工の太陽が姿を消し、眩い星々が空を彩る時間。サクヤの関係者入口の前に静かな声が響く。

「ちょ、ちょっと何、何よ!?」

 程なく、星明りを反射する美しい銀色が闇の中に浮かびがった。ルミナだ。が、声の主が驚いたのはその背後から現れたタケル、より正確には彼が握り締めた銃。己に突きつけられる銃口に声の主は驚き後ずさる。胸元のネームプレートが揺れ動き、上空に映し出された星の淡い光を反射し白く光り輝く。

「アナタ、どうしてココに?まさか具合が悪いの?」

 戸惑うのは当然。目の前に立つのは今やザルヴァートル財団総帥殺害容疑を掛けられ、凶悪犯として指名手配される堕ちた英雄。しかし、声の主は気に掛けない。演技か素面か、そんな事よりも気に掛けるべきことがあると問いかける。

 医療用ナノマシンの知識に長けた者は無数におり、声の主もその内の1人。ココで働く以上、整形用のナノマシンを調整する程度は苦も無く行える。しかし伊佐凪竜一の体内に眠るツクヨミが摘出され、彼を補佐する専用式守として現在に至る情報を知る者は少ない。が、絞り込む決定打とはならない。

 その要素を埋めたのが救出作戦。タガミからの連絡を受け取った者は実は1人しかいなかった。偶然か必然か、その名が刻まれたネームタグが星々の淡い輝きに浮かぶ。コノハナと刻まれたネームタグが。

「残念だが本気だ」

 淡い輝きの中に驚き戸惑う女の軽いウェーブが掛かった赤い髪が揺れ動いた。タケルが銃口を突きつけるその先に映るのは伊佐凪竜一とルミナの主治医コノハナ。彼女の顔は一瞬で恐怖に染まる。唐突に銃口を向けられるだけならばまだしも、その相手が旗艦を恐怖に陥れたタケミカヅチ計画の産物で、端正で整った顔が酷く冷めた視線と共に低く静かな声で"本気"と呟いたのだ。

「ちょ、ちょっとまさかあの時みたいにッ!?」

 彼女はそう口走った。"あの時"とは、神魔戦役の引き金となったタケミカヅチ計画壱号機の暴走事件。それが恐怖の根源。壱号機が生産開始されていた数十期の量産型と共にアメノトリフネを襲撃した事件に際し、彼女が傷病者を手当てする為に現場へと赴いたのは想像に易い。人間への憎悪を募らせた壱号機が行った惨たらしい仕打ちは2年以上の時を経ても尚、彼女の心に癒えぬ爪痕として残り、ふとした拍子に苛む。

『ヨォ待たせたな。で、俺が誰に協力を依頼したかって?コノハナだよ。他は俺達ってだけでもう掌返して話を聞いてもくれなかったんだが、あの人だけは違ってよぉ。色々と立てこんでるのに態々担当でもねぇ整形のナノマシン調整までやってくれたんだよ。ソレがどうした?……ナニッ!!その人が裏切り者?冗談だろオイ?……マジなのかよ……クソッ』

 遡ること約3時間前。渋るアックスに修行を指示したルミナの元にタガミから連絡が入った。その表情は何事かと怪訝そうな表情だったが、話を進める内にみるみると崩れた。隠し切れない程の落胆と悲壮は余りにもらしくないが、伊佐凪竜一との交流が一番多い関係でコノハナの献身的な姿勢を間近で見る機会が多かった点を踏まえるならば無理はない。

 そんなタガミの心情を私もよく理解できる。ルミナの推測を聞いた時、漠然と彼女の可能性が頭を過った。が、即座に否定した。タガミと同じく、彼女への掛け値なしの尊敬と敬意がルミナの判断を拒絶した。伊佐凪竜一とルミナの治療に対する真摯さを映像越しに知っていたからだ。

 人目があろうがなかろうが献身的に介護を行うその様子に自らを省みない病的さを感じたが、恩義と自らが選んだ職務への誇りが彼女に一度として手を抜く選択を許さなかったのだと思った。自然、彼女の信頼度は絶大と言えるほどに高まった。あらゆる事項の最終決定権や機密情報の共有についても、実際のところ英雄の信頼を勝ち得た彼女がいるから許されたと言っても過言では無い。

 故に、一番近くで長く接したルミナに及ぼした影響もまた計り知れず。事実、タガミからコノハナの名前を聞いた瞬間に浮かべたルミナの落胆する様は見ている私にさえ伝わる程に痛々しかった。が、現実は残酷。

「ちょ、ちょっとだ……ムグッ!!」

 銃口を向けられれば助けを求めるのは自然の反応。しかも相手がルミナとタケルならば全く違和感のない行動だ。しかし相手が悪い、完全に獲物を狩る獣としか思えない早業でルミナはコノハナの背後に回り込むと片方の手で口元を押さえ、もう片方の手に握る銃を彼女の背中に押し付けた。

「済まない、大声は上げないで欲しい。頼みがある。もうすぐ私の仲間が到着する、貴女がもし守護者達に情報を流していないと言うなら、個室にある全データを調査したい。多大な恩義もあるし、仕事振りも尊敬している。今の状況は恩を仇で返す状態だとも理解している。だけど、それを承知で聞いて欲しい」

 ルミナは一通り要求を伝えると銃を下ろし、解放した。コノハナはヨロヨロと歩きながら一、二度ほど咳き込む。ルミナらしくない、かなり強引な拘束だ。

「い、幾ら何でも怒るよ!!私が何で守護者の連中に情報を渡さないといけないの?」

「少なくともその可能性は高い。知りえる情報から守護者に情報を渡している裏切り者が貴女である可能性が高いと……その結論に辿り着いた」

「それだけでいいのね?」

「もう一つ。サクヤに通院する患者と治療に当たった担当医のデータも確認したイ。英雄の主治医であり、また復元医でもある貴方が一般棟の怪我人の治療に当たっているデータがある筈だ」

「当たり前でしょ?あの戦いでどれだけ被害出たと思ってるの、それに数か月前の暴動もそうだし何なら半年以上前のあの戦いのケアだってまだ終わっていない。私達が過密状態なことくらい」

 タケルの要求にコノハナの感情が昂る。が、彼は怯まず、彼女の言葉に己の要求を重ねる。

「だからこそだ。貴女の見た患者全員の特徴がバラバラならば潔く身を引き、望む罰を受ける。だがもし富裕層、しかも大企業の重役クラスだけに限定されてイたら、彼等に処方したナノマシンが正規の代物でなかったら覚悟してもらう」

 覚悟。その言葉と同時にタケルは再び銃口をコノハナに向けた。その目は真っ直ぐでありながら何処までも冷たく、射抜かれたコノハナは一歩、また一歩と後ずさる。蒼白の顔面には焦りの色が浮かび、一つ処をじっと見ることが出来ない視線は夜空を彷徨う。露骨なまでの動揺の原因は単純な恐怖ではなく、デモの扇動さえも見抜かれたからだろう。

 本来ならば2人共に強引、強硬な態度を取るような性格ではない。それでも尚、確証の無い推論を元に行動を起こす理由はタガミからの連絡だけではなく、実はもう1人から齎された情報があったからだ。唐突に始まったデモが何者かの意図であることを裏付ける証言を持ってきたのは……
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