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第7章 平穏は遥か遠く

241話 接触 其の1

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 気配のない場所からする人の声に驚いたのはほんの僅か。次の瞬間、伊佐凪竜一は振り向きざまに刀を鞘から抜き放つ。ヒュン、と空気を斬る鋭い音と共に鈍色の刃は空を滑り……

「初めまして」

「あ、青ッ!?」

 もうあと少しで標的を両断するという直前で不自然に停止した。滑らかに空を切る刀を止めたのは驚愕という感情。揺さぶったのは眼前に立つ女の髪色。蒼天よりも濃い青い髪にツクヨミを想起した伊佐凪竜一は反射的に手を止めた。

 青い髪は潜性遺伝する銀髪とは違い自然発生せず、故に絶対数は少ない。具体的には今現在の旗艦に0人、2機のみ。片方はツクヨミだが、しかし彼女は行方不明。もう片方はガブリエル。ザルヴァートル財団が擁する最高戦力の1機。しかし彼がそんな情報を知る筈も無く、見覚えない無機質で整った女の顔を凝視する。

「疑うのも無理はありませんが、先ず恩義に報いるべきですよ?」

 ガブリエルは先んじて伊佐凪竜一の疑問を潰す。が……

「恩?何のことだ?」

 別の疑問に彼は混乱する。少なくとも敵ではないと分かったはいいが、語る言葉の意味を理解できず。

「イヌガミが一機もアナタを捕捉出来なかったのは私が介入したから、という事ですよ」

「そうか、有難う」

 意外にも彼は驚かなかいどころかすんなりと事態を受け入れた。どうやらイヌガミの特性と余りにも上手く進む状況に多少の違和感はあったらしい。伊佐凪竜一は敵意と刀を納めると……

「あの、じゃあ誰?」

 改めてガブリエルに問う。誰だ、と。

「セラフ、と言えば分かりますよね?伊佐凪竜一」

「セラフって確か、えーと?」

「おや、ご存知ない?無知……いえ、誰かがアナタの私生活一切を補助していたのですね。無言と言う事は当たらずも遠からずと言うところでしょうか。知らぬと言うならば先ずは自己紹介が先でしょうね。私、ザルヴァートル財団に忠誠を誓うセラフの一者、ガブリエルと申します。以後、お見知りおきを」

「え、あ、ハイ。どうもガブリエル、さん」

 彼女は終始無表情のまま淡々と疑問に回答しながら、同時にゆっくり距離を詰める。一方、淡々とマイペースに振る舞うセラフに面食らった伊佐凪竜一の対応は何ともしどろもどろ。

「呼び捨てで結構ですよ。私を含めたセラフ全員が式守ですから」

 ともすれば油断、隙ともとれる彼の態度にガブリエルは相変わらず無表情のまま距離を詰める。が、間近まで迫った刹那、目にも止まらぬ速度で銃を引き抜いた。感情の読み取れない無表情な瞳と無骨な銃口は伊佐凪竜一の眉間を照準に定めると、ソコでピタリと止まる。

 真意は不明、行動理由も同じく。だが、何かを間違えば戦いが始まる予感が両者の間を吹き抜ける。

「その名前はルミナの……」

「えぇ。その程度はご存知でしたか。では、そのルミナが祖母であり財団前総帥"アクィラ=ザルヴァートル"殺害の容疑で指名手配されている事もご存じでしょう」

「本人から直接真偽を聞くまで信じも疑いもしない」

「本心でしょうか?」

 逃走を助けたかと思えば銃口を突きつけるという矛盾した行動、その真意をガブリエルは短い一言に集約した。どうやら彼の本心が知りたいらしいが、感情の極端に薄いこの女が何を求めているか、私も伊佐凪竜一も考えあぐねる。

「アイツは誰かが死ぬ事を極端に嫌がる。殺す事を躊躇わない訳じゃないけど、それにしても何か理由があっての行動だ。それを知るまでは何も考えない」

「私が聞きたいのはそう言う事ではありません」

 なんて事ない否定には、しかし僅かな圧を感じた。何かを聞きたいが、しかし先ほどの弁では納得できないようだ。

「何が言いたい?」

 ガブリエルの様子に何かを察したが、まどろっこしいやり取りが苦手な伊佐凪竜一がストレートに尋ねると……

「彼女を信じますか?」

 ガブリエルはその態度に聞きたい事を素直に吐露した。伊佐凪竜一にとっては青天の霹靂。何故そんな事を、しかも財団に忠誠を誓うセラフが聞きたいのか。彼女、ルミナを信じると言えば、つまりそれは財団と敵対すると捉えられかねない。敵か味方か確認したかったのか。しかしそんな程度をわざわざ直接問い質す必要があるのかと問われれば……

「当たり前だ」

 迷い戸惑う私を嘲笑うように伊佐凪竜一は淀みなく、迷いなく答えた。セラフの真意は分からないにせよ、少なくとも数時間前にルミナ達と刃を交えた事実から判断すれば伊佐凪竜一の味方をする理由は見当たらない。敵か、味方か分からない状態で迂闊な回答は危険すぎる。

「そうですか」

 しかし、結果は杞憂だった。緩い風が流れる中、相対するセラフは相変わらず無表情のまま一言呟くと銃を下ろした。その表情は何処か優し気に見えた。いや違う、確実に微笑んでいた。一方、私は蚊帳の外だ。確かに傍観しているからその通りではあるのだけど、何が何だか分からないままに変化する状況についていけない。

「目的は何だ?」

 彼がまるで私の意を汲んだような言葉を投げかけた。ガブリエルが正直に話す保障など無いが、現時点でアドバンテージを握っているのは間違いなくあの女。今はイヌガミと監視カメラに介入してこの場への接近を阻んでいるが、真意を汲み取り適切な回答をしなければ間違いなく戦闘が始まる。しかも、今度はヤタガラスと守護者にセラフまで加わる。

 しかも、彼はつい先ほど連合中に指名手配された。そして、万能に近い特製IDも掲示板に投稿された噂話やヤタガラスへの通報までは消去できない。つまり、市民の誰かが彼を通報し続ければ逃亡は極めて困難となる。

 奇しくも神魔戦役時に伊佐凪竜一とルミナが経験した無自覚な悪意が再来する。まだその兆候は無いが、半年前に白川水希が行ったように、誰もが無自覚な悪意で伊佐凪竜一とルミナを追い詰めるだろう。ただ1つの違いは、半年前の地球人が今は旗艦アマテラスの民、アマツミカボシに置き換わったという事だけ。

 忌まわしい過去は何も知らず特訓に明け暮れる日々の中で癒える筈だった。ツクヨミが彼の補佐に回った際、徹底して排除したから悪意の片鱗を見る機会も無かったのだから。が、癒やす暇もなく次の戦いが起き、何かに先導されるかのように大多数の市民が英雄を非難する光景を見てしまった。

 時間は待ってはくれない。このままここで無駄話を続けた結果、通報を受けたヤタガラスが駆けつける可能性は否定できず。そうして戦闘が始まれば最後、勝手を知らぬ彼が追跡から逃げきることはほぼ不可能。彼が発した一言は、短い時間の内に導き出した苦肉の策だ。

「お話しします。ですので少しお待ちください」

 状況はどう転がるか。好転するか、悪化するか。実力では劣りながらも情報という一点で圧倒的優位に立つガブリエルは、彼の返答にやはり無表情で答えると何処かに連絡を取り始めた。
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