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第7章 平穏は遥か遠く

276話 終幕への前奏 其の6

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 さながら地震の如き振動は更に激しさを増し、頂点に達した瞬間、遂にマジンがその姿を現した。

「さぁ見ろッ、コレがァ!!」

 男の言葉に呼応するかの如く、周囲の木々を薙ぎ倒しながら細く青い柱が吹き上る。ソレ等は山県大地目掛け一直線に飛来すると、その手に纏わりついた。

 最初はグチャグチャの不定形だった青い輝きは次第に収束し、徐々に形を得ながら最終的にくすんだ青白い刀身を持つ刀の形へと変化した。くすんでいる。そう、刀は半年前のあの時に見た、過去の地球が倫理その他諸々を全て投げ捨ててまで実現させた透き通った、吸い込まれるような青色をしていなかった。酷く彩度の低い青は、まるで製造者か使用者の精神を反映している様に思えた。

「それが、そのマジンってヤツか!?」

 驚くアックスを後目に男は凄まじい量のナノマシンで生成された青白い刃を手に持つと……

「さぁ遊ぼうぜ。あぁ、後ソコのオッサン。大丈夫だよ、今すぐここで殺しやしねぇよ。ただ俺と夜明けまで時間つぶしに付き合ってくれってだけさ」

 不敵な笑みと共に襲撃の目的を叫んだ。相も変わらず、なんて陳腐な感想は飽きる程に抱いた。肝心な部分は決して語らない一方、目的の一部は隠すつもりなどないとばかりに暴露する。誘導したいのか、あるいは単に疲弊させたいだけか。しかし、何れにせよ碌な情報を持たぬのならば敵の手で踊る以外に手立てはなく。

「何だとッ!!」

「つまり、相応しい舞台で殺すと?」

「そうだよ。おあつらえ向きに、最高の舞台がココで始まるしなぁ」

「婚姻の儀か!?」

「ご名答。後数時間の命。そこで全員死ぬ、新たな神が殺すんだ!!」

 新たな神と、そう吐き捨てた山県大地は刀を地面に突き刺した。顔を見れば相変わらず見る者を不快にさせる不敵な笑みが貼りつく。直後、突き刺さった刀を中心にくすんだ青色が波打つ様に広がり始めた。刀から剥離されたナノマシンが周辺の全てを侵食し、乗っ取り、自らと同じ物へと作り変える対旗艦アマテラス用に地球の神が用意した兵器が起動する。

 触れた物質に耐性が無い場合、物質とそこに含まれるエネルギーを分解吸収しながら癌細胞の如く無秩序に増殖する悪夢の様な性能を持つ地球側の切り札。程度の差は有れども地球人のみが侵食に対し抵抗能力を持ち、更にその極一部だけが人の意志を媒介するハバキリを経由する事で完全な制御を可能とするナノマシン。圧倒的な火力と防御力を持ちながら、その危険性故に敵に奪われる可能性が皆無という怪物が何をどうしてか復活し、牙を剥く。

 最悪だ。再びマジンを作らせない為、終戦以後の管理は完璧に行っていた。常にヤタガラスとスサノヲと第三者機関による三重の監視に加え、手が空けば神も導入した。なのに、目の前にはあの日見た悪夢が。最悪を実現する核たるハバキリの代替に何を使用したか定かではないが、現状では脅威に変わりない。

「あの時よりも遅い、ハバキリの代わりに何を使った!!」

「良く頭が回るねぇ、だけどアンタ有能過ぎて可愛げが無いよなぁ?愛しのナギ君はお前の事どう思ってるんだろうなぁ?」

「聞く必要は、無いッ!!」

 マジンの特性が以前と比較し幾分弱体化している事を見抜いたルミナだが、その冷静さは再びの挑発を前に容易く霧散した。刹那、激高した彼女の姿が視界から消失、次の瞬間には山県大地の背後に姿を現し、隙だらけの背中に回し蹴りを叩き込んだ。が、届かず。

「ホントに可愛くねぇ。面は良いが、それ以外も完璧すぎる奴は男の気を引けないぜ。そうだろ、水希さん?」

 山県大地は余裕の態度で挑発を続ける。攻撃を弾いたのは大きく揺らいだ地面から出現した細長い柱が螺旋状に捻じれた不定形のマジン。やがて、ソレははっきりとした形を取り始める。螺旋状の先端が大きく割れ、幾つもの突起が現れ、最終的には空想上の生物の頭部が出現する。同時に細長い螺旋状にびっしりと鱗状の模様が出現し、短い四肢が生えた。

「私と同じ……」

 最後、突き刺した地面から尾部を切り離すと、くすんだ青を纏う龍が空中を踊った。ソレは半年前、旗艦の艦橋を強襲した白川水希が実体化させた地球の極東地方に伝わる龍とよく似ていた。あの時の恐怖が蘇り、脳の髄から恐怖に震える。

「慣れりゃこの程度難しくもないんだよ。さぁ気を付けろよ、特にオッサン。遊びとは言ったが、死ぬ気で避けねぇと掠っただけであの世行きだぞ」

「やはり複製!?でもハバキリはもう」

「そう、だから性能はちょっと落ちてるが、それでも浸食と増殖能力の危なさは変わってねぇ。知ってるだろ、アンタならさぁ!!」

 男の笑顔は相変わらず屈託ない。その表情は何処までも純粋に相手と戦い、そして殺す事しか考えていない。歪んでいる。元からか、それとも伊佐凪竜一に敗北したからか、それとも死からの復活が何か悪影響を与えたのか。だがどんな理由にせよ私には理解し難かった。人が同じ人を傷つけ、殺す。それも生きる為では無い、ただそうしたいから、目的の邪魔になるから。人の敵は人ではないのに、しかし人は互いを敵と認識し、傷つけ、殺し合う。

「子供か、お前はッ!!」

「大人だよ。お前こそガキみたいに真っ直ぐにッ、見てるとイライラする!!」

 2つの叫び声が周囲に木霊、同時に大きな衝撃が発生した。ルミナと山県大地が作り上げたマジンが激突した際に生まれた凄まじい衝撃は周囲の木々を大きく揺さぶり、ただ見守るしか出来ない白川水希とアックスの体勢を大きく崩す。

「ハハハッ、お前ホントに人間かよ?」

「そのつもりだ!!」

「だけどそれをどれだけが認めてくれるんだ?そもそも、お前を理解しようってヤツがどれだけいたんだ?」

 強力な力と力が激突する。マジンと刀による攻撃を繰り出す山県大地に対し、ルミナは軽やかに交わしながら反撃を繰り出す。その度に衝撃が発生し、絶えず周囲を激しく振動させる。起伏のある土地は不自然に抉れひび割れ、流れる川に掛かる石の橋や庭園内の灯籠は無惨に崩れ落ち、来艦した多くの人間の目を楽しませる彩り豊かな自然の景色は見る影も無く荒れ果てる。

 戦いは互角……に見えた。信じ難い事実だ。少なくともルミナの能力は連合最強と言ってもいい程に強く、如何にマジンを復活させたとて地球人相手に引けを取る筈が無いのに。

「知ってるな?迷ってるな?認めろよ、お前は思うほどに強くない!!」

 そう、迷いだ。山県大地の揺さぶりに、ルミナの意志が反応してしまった。ルミナが圧倒的に格下である山県大地を攻めあぐねる理由は彼女の精神状態に起因する。そもそもココまでの出来事を思い出してみれば、寧ろよく戦ってこれたと賞賛するレベルの出来事が重なっているのだから。

「知っているさ!!」

 再び大きな衝撃が走り、思考と戦う者同士を分断した。もはや観光地として機能しない程度にボロボロに崩れ落ちた周囲の光景が戦闘の凄まじさを雄弁に語る。故に、だからこそ当然知れ渡る。

「オイッ、なんか遠くで白い光がチカチカしてるんだが、なんかマズくねぇか!?」

 あらぬ方向に向け、アックスが叫んだ。遥か遠方を見れば、闇の中に明滅する灰色の輝きが無数に灯る。観光区域を担当するヤタガラスが異変を察知、続々と集結している。

「アレは!?」

「ヤタガラスだっけか?大変だなぁオイ」

「クッ」

 それまで互角を維持した戦いの旗色が一気に劣勢へと転げ落ちる。こんな派手な戦いが起きているならば当然の結果。守護者達は間近に控えた儀の準備という理由で駆け付けない可能性は高いが、その代わりを務めるのは旗艦の治安維持を担うヤタガラス。彼等も完全に敵に回ったと、ルミナ達は悟った。彼女の精神状態がより悪化するのは目に見えている。

「逃げないのか?」

 別に本当に逃げて欲しいわけではない。そう尋ねる山県大地の顔は勝利への確信と、絶対に逃げないであろう自信に満ち溢れている。

「お前を止めるまではッ!!」

「おぉ怖い怖い。そう怒るなって、実はお前に手土産があるんだよ、コレがさ」

「そうやって人を煙に巻くような事を良く言えるなッ!!」

「嘘じゃねぇよ、まぁコレ見てみなよ?」

 山県大地は不敵に笑いながら意味不明な提案を行う。と、同時に闇の中から足音が響き始めた。ザッザッと玉砂利を力強く踏みしめる音はどんどんと大きくなり、やがて星明かりの下にその姿を見せた。
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