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第7章 平穏は遥か遠く

277話 終幕への前奏 其の7

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「久しぶり、かな」

 闇から響く覇気ない声。直後、山県大地の背後から男が姿を見せた。伊佐凪竜一だ。どうしてこの場所に、そもそもどうやってこの場所を知ったのか。

「「「偽物だ!!」」」

 困惑するよりも前に有り得ない状況から即断で偽物の可能性に辿り着いた3人が声と見解を重ねる。疑惑に満ちた目で睨むのは伊佐凪竜一、いや彼の姿をした偽物。特にルミナの眼差しは一際きつく、ともすれば殺意さえ滲んでいる。

「そうか?本当にそう言えるのか、お前等?」

「本物だよ」

 当然の手段。山県大地が尚も不敵に挑発する中、星明かりに照らされた伊佐凪竜一は揺らぐ心境を見透かすように彼女達の考えを否定する。が、己こそが本物だとうそぶく偽物の言葉にルミナは一切動じない。偽物と看破しているのか、いやでも早すぎるような気もするが。

「誕生日、趣味、半年前のこと。何でも答えられる」

「なら聞かない」

 ルミナはそう吐き捨てると……

「どうして此処に姿を見せた?」

 一泊置き、ストレートに問い詰めた。

「言いたい事があった」

「何をだ?」

 横たわる闇を挟んで英雄が語らい合う。が、その間に且つて地球と旗艦を救った面影は無い。熱量を何処にも感じない伊佐凪竜一の態度にルミナは鋭い視線を突き刺しながら、同時に彼の出方を待つ。

「無駄な抵抗はもう止めないか?」

 諦観に満ちた一言が、夜の風に乗り闇の中へと静かに広がる。

「本気で言っているのか?」

「何となく気付いていた。お前が俺を気に掛けていたと言う事に、最初は気のせいかと思ったけど。でも今になってみればそれとなく動向を窺っている様な言動が多かった事を思い出した。だけど俺はお前とは違って何処にでもいる平々凡々な男で、お前はザルヴァートル財団の血縁。いずれ、今はそうでなくても、何時か置いて行ってしまうんだろうな」

 淡々と、静かで落ち着いた声が怒気を含んだ女の声を掻き消しながら闇に溶け消えた。拒絶。ただ淡々と、一方通行で、言葉を交わせど心は決して交わらない態度が示したのは明確な拒絶の意。しかし驚いたのは彼が語る内容。先刻、偽物のルミナが暴露した本心はあながち誇張という訳ではなかった……のだろうか。そんな態度は一切見せていなかったが。

「ハハハ、お前ストーカーなの?大概な性格してるじゃねぇか。独占欲……いや傲慢か、そうだ、そうだろ?だろ?けど残念。コイツは何処まで行ってもごく普通の人間、お前とは違うんだよ。生まれや育ちってのは個人の考え、限界を決定する。ソレが遠い宇宙の別の文明ともなればなぁ、どう足掻いてもすれ違うんだよ!!」

「お前は黙っていろ!!」

 ルミナが激情を露にした。伊佐凪竜一の拒絶にではなく、山県大地の挑発に。

「あぁそうかい。だけどよ、苛立つって事は何処かでそんな可能性を考えていたんだろ?付け焼き刃なんだよ、お前等の関係は。それとも血筋から来る自信か?私ならなんでも手に入る、動かせる、支配出来るってなぁ?認めちまえよ。お前がココまでこれたのはその傲慢さだ。自分以外を下に見て、手伝って当然、理解されなくて当然ってェな……」

「俺は」

 山県大地の挑発にルミナは苛立ちを隠さないが、しかしその両者を制するかの様に伊佐凪竜一が続きを語り出した。全員がその言葉に耳を傾けようと押し黙るが、しかし今やルミナだけではなく白川水希とアックスの眼差しにも濃い疑惑の色が滲む。最初は漠然としながらも、徐々に偽物の疑いを強める2人だが、一方で証拠は何もない。今、3人の目の前に立つのは伊佐凪竜一を完璧に模倣した式守シキガミ

「もう疲れた。だから逃げる。どうするお前も」

 その偽物が諦観と共に手を差し出した。まるで付いてこいと言わんばかりに。刹那――

「お前はッ!?」

 何かに気付いた山県大地の叫びに重なる様にドン、と凄まじい衝撃が深い闇に支配された夜を震わせた。

「そう……か」

 闇の中に、何かを呟く伊佐凪竜一の身体が不規則に跳ねた。一方、直前まで彼が立っていた位置には空中でクルリと一回転しながら静かに着地するという対照的なルミナの姿が映る。何時の間にか偽の伊佐凪竜一に肉薄した彼女は、微塵の躊躇いも無く全力で蹴り抜いた……らしい。圧倒的な初速に出鱈目な反応速度が加わった攻撃を誰一人として視認できなくて、だから結果を見ても尚、断定出来なかった。

 山県大地と同じく、ただ見守るしか出来ない白川水希とアックスは目の前の呆然と見入る。予想は当たっていた。あの伊佐凪竜一は偽物だと胸を撫で下ろす2人が見つめるのは闇の中に明滅する星の様な煌めき。ルミナの攻撃により身体を破壊された偽の伊佐凪竜一からバラバラと零れ落ちる無数の金属片や鈍色の部品が星の光に反射する光景。

「偽物、だったのね」

「や、やっぱりかよ」

 偽物たる確証。が、その光景を前に白川水希とアックスは何かもっと別の事を言いたげで、しかし目の前の光景に意識が追い付かず、微かに震える口元で辛うじて一言を発すると再び口を閉ざした。無理もない。この場に現れた伊佐凪竜一は僅か前にクロノレガリア大聖堂に姿を見せた偽ルミナと同じく、本物と見紛う程に精巧に作られているのだから。頭では偽物だと分かっていながら、それでも2人が共に迷う程に何もかもが似ていたのだ。

 が、そんな偽物に、伊佐凪竜一でさえ迷う程に精巧な偽物を前にルミナは全く躊躇わなかった。

「その顔で、その声で、それ以上くだらない言葉を並べ立てるなッ!!」

 迷いを飲み込む程の強烈な怒り。周囲を震わせるルミナの声には、彼女の心情が表出する。偽物が本物をかたる怒り、だろうか。

「憧れ……助けてくれた……の時……が今も……離れない。今度は、助け……でも、必要がある……自分に出来る……か。迷い……葛藤、劣等感を……分……ってや、れ、俺はお前が思うほど……」

「ありがとう。分かっている。痛いほどに、十二分に理解している。だからもうそれ以上その顔で、その声で喋るな!!」

 悲壮に満ちた怒号に続き、発砲音が鳴った。ルミナの手に握られた銃の銃口からカグツチの残光が仄かに立ち昇る。

 偽物の伊佐凪竜一はそれ以上を語る前に動きを停止した。闇夜に、静寂が横たわる。

 誰も、何も語れず。白川水希もアックスも、敵である山県大地でさえその光景を呆然と見つめる以外に何らの行動もとれない。まるで内臓をぶちまける様に無数の金属破片と部品をばら撒く光景は余りにも冷酷で、動かない機械を冷徹に見下ろすその姿を誰も言葉で表現出来なかった。

 止めを刺した。何らの躊躇いもなく、偽物とは言え同じ英雄として半年前の地球を助け合った伊佐凪竜一の姿をしていたのに、彼女は全く心を動かさないどころか逆上の果てに破壊した。

「お、オイ!!何をだよ!?同じ形したヤツを冷酷に殺すお前が、一体何をどう分かってやるって言うんだよッ!!」

 漸く口火を切ったのは山県大地。彼は目の前の光景が余りにも予想外だったのか、事切れた偽物を見下ろすルミナを責めたてる。が、やはり彼女は全く微塵もこれっぽっちも動じない。

「同じ?何もかも違う、馬鹿にするな。一目で分かる」

「は?」

「おい、嘘だろ?」

「ど、何処が?」

 思いのほか冷静なのか、伊佐凪竜一をよく理解している彼女だからこそ、あるいは他の誰よりも冷静だから僅かな差異を見逃さなかったのだと、多分そうだろう。いや、そうでなければ説明がつかない。

 伊佐凪竜一でさえ初見で看破できなかった偽物を、何故ルミナはアッサリと見抜けたのか。いや、理由は当人が語ったのだけど、誰も理解が追い付かない。確かに"一目で分かる"と説明したが、何がどう違うのか、何をもって違うと判断したのかまるで分からない。それ程に偽物は精巧なのだ。

「な、何言ってんだよてめぇ!?ちょいとだけ頭ン中弄っただけで、それ以外全く同じに造ってあるんだぞ!!」

「違うッ、昼に見た時と何もかも違う!!そんな程度もわからないと思ったか。分かるさ、それ位に同じ時を過ごした。それにお前は肝心な部分が分かっていない。私達は1人じゃない。2人だから、だから乗り越えられる!!」

 なんというか、酷く回答だと感じた。比較的冷静で、理知的なルミナらしくない感情的で曖昧な回答は、やはり誰からの理解も得られず。再び3人は仲良く唖然とした。

「す、過ごしたァ?」

「そう、だったかしら?」

 山県大地と白川水希は珍しく意見の一致を見せ、アックスは機能停止した伊佐凪竜一だった物を改めて見つめると……

「いや、ムリムリ。分からねぇよ何言ってんだ」

 即、匙を投げた。敵も味方も区別なく、ルミナの言動に気圧される。

「チッ。何も分かってねぇな。だから駄目なんだよ。賭けたって良い、お前がそのまま進むならアイツの心は確実にお前から離れるってなぁ!!」

 山県大地は再びルミナを挑発した。闇の中に再び戦いの気配が蠢き始める。ルミナの意志を挫く為に用意した偽物が何らの役目も果たせないどころか、逆に強めてしまったのだ。となればこの男が自ら動く。全てを侵食するマジンの力で戦いを挑んでくる。驚き戸惑う2人の視線は自然とルミナと同じ山県大地へと向かう。

「ならば、何処までも追いかける!!」

 が、やはり彼女は動じないどころか即断で反論した。とは言えそれはどう考えても……

 一方、それまで見せた事のない彼女の一面に面喰った白川水希とアックスに、何なら山県大地までもが"話を聞いていない"と仲良く愚痴を零した。確かに、と私も変に納得してしまった。
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