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第2話:アーベルトビッツ王国の洗礼を受ける

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 眩しさが徐々に無くなり、やや薄暗い感じになってきたのを感じて、悠人は目を覆っていた右腕をゆっくりと下げた。悠人はいつの間にか床に座り込んでいたようだ。


 「おぉ……成功したのか?」
 「……ッ! 宮廷召喚士様が倒れておられる。早く治療の者を!」


 悠人の目の前で、宮廷召喚士と呼ばれる人が血の気が引いたような青白い顔をしており、冷や汗を垂らしながら、肩で息をするように倒れていた。
 目の前で倒れた人も確かに気になるし、四大精霊が回復魔法を授けて下さったのに、使い方のみならず、魔術の基本すら無知な悠人には助ける事は出来ないと判断し、辺りを見渡した。
 部屋の奥手にはここの国の国旗であろう旗が飾られており、少し埃がかかっていたり、蜘蛛の巣が着いており、この部屋はやたらめったらと使うような場所ではない、僕みたいな異世界召喚などの特別な儀式が行われる時位しか使われていないだろうと悠人は悟った。
 等間隔の柱に銀色の蝋燭立てが設けられており、蝋燭の灯りがゆらゆらと部屋全体を怪しげに照らす。悠人は白いフード付きローブを纏い、下は黒っぽい服を身に着けた数十人の者に囲まれていて、蝋燭の灯りは首を伸ばさないと見えないため、悠人の手元は人の影で薄暗く埃っぽかった。
 床の軋む音が体に伝わり、軋む床をふと見ると、円形の巨大な魔法陣が書かれていた。魔法陣の中心は今、悠人が座り込んである部分と予測し、その魔法陣は部屋の半分を覆い尽くすような、人間を召喚するだけでどれだけの労力と時間、そして、召喚士の力が必要かがとても重要である事がなんとなく分かった。


 「……あの、ここはどこですか?」


 周りが騒然としている中、声を震わせながら、悠人は喋った。悠人の声に反応し、バタバタと走り回っていた白いローブの人達は動きを止め、今まで煩かった部屋は一気に静まり返った。


 「ここはアーベルトビッツ王国という国です。聖女様を呼ぶために召喚の儀を行っていたのですが……」
 「聖女様? あの、……僕は男なんですけど」


 白いローブの人達はざわつき、悠人を神妙な面持ちで見つめる。気まずい雰囲気がして、自分は召喚されてはいけなかった、と悠人は悟った。


 ――これからどうなるんだろう。聖女じゃないから、処刑されちゃうのかな。
 「とりあえず国王様へ報告する前に、この者に状況を説明しないと……あまりにも可哀想過ぎる」
 「しかし……。あ、お待ちください。セレスト様!」


 ある一人の男が人の間を縫うように悠人へ歩み寄ってきた。周りの人達とは違い、絹のように滑らかで艶のある銀色の長い髪をした男が悠人に手を差し伸べてきた。悠人は綺麗な髪と優しげに微笑みかける表情に見惚れながら、差し出された手を取り、立ち上がる。


 「申し遅れました。私はこの国の宮廷魔導師、セレストと申します。大丈夫ですか?」
 「――セレスト様。僕は笹本悠人と言います。よ、よろしくお願いします」
 「聖人様、私の部屋へ参りましょう。そこでご説明致します」


 セレストは悠人の手を引っ張り、召喚の儀式が行われた部屋を後にする。悠人は初めて見る光景に目を奪われる。中世ヨーロッパ風の造りをした城内はやけに静かで足音だけが響く。


 「では、こちらへどうぞ。今、お茶を淹れますので、あちらのソファにお掛けください」


 セレストに案内された部屋は赤い絨毯に、アンティークの家具がいくつかあり、本棚に入りきらない程の本が床に積まれていた。大きな窓からは日差しが射し込み、金色で縁取られたソファがキラキラと光っていた。悠人はセレストが指差していたソファに腰を掛け、部屋の中を再び見渡した。


 「ふふっ、そんなに珍しいですか?……お茶をどうぞ」


 セレストは部屋を物珍しそうに見ている悠人に微笑みかけながら、お茶を出す。華やかな花々が細かく描かれた陶器製のカップからはハーブティーのような優しい香りが漂い、香りを嗅いでいると気分が落ち着く。


 「あ、いえ……こういう高級そうなホテルみたいな感じが初めてで。私が住んでいた世界はこんな感じじゃないので、ちょっと緊張しています」
 「そうなのですね。……申し訳ありません」


 セレストは悠人と向かい合わせに座り、申し訳なさそうな表情で謝罪する。


 「あ、頭を上げて下さい! 別に誰が悪いとかはないし、たまたま僕が選ばれただけだし……」
 「聖人様はお優しいのですね。ありがとうございます」
 「あ、あと、聖人様ってのは止めて下さい……なんかむず痒いので」
 「悠人様には色々とお伝えしなければなりませんが、まずはなぜ召喚されたのかをお話しないといけないですね」


 セレストは少し暗い沈んだ口調で、アーベルトビッツ王国の現状を話し出した。
 アーベルトビッツ王国は元々、平和で穏やかな国であったが、現在の国王になってから、今まで静かで穏やかだった近隣の森や湖がざわつき始めたという。魔王軍にも不穏な動きがあり、瘴気が流れ込んでくるようになった。軍を出して魔物討伐をしていたが、事態が悪くなる一方であり、根本的な解決をするために聖女を召喚し、瘴気を払ってもらおうと思い、召喚の儀を執り行ったら、悠人が召喚されたという話の流れらしい……。


 「召喚の儀が成功したのは確かなのです。宮廷召喚士であるアイツが倒れる前にそう言っていたので……しかし、悠人が女性ではなく、男性である事を……正直、良く思わない者がいるのです。申し訳ありません」


 セレストは少し黙り込み、重い口を開き、女性という性別が重要視されるのは聖女の血を引く子孫を繁栄させるためで、子供が産めない男性は必要ない、と悠人に向かって言った。


 「私は悠人様の存在は必要ないとは思っておりません。しかし、今の国王様は……そういうお考えの方なのです。


それと第一王子、別の名を赤の騎士にはくれぐれも気を付けて下さい」


 ――こっちの世界でも、僕は嫌われ者なのか……


 悠人は深くため息をつき、ソファから立ち上がり、庭園が見える窓辺へと進む。


 「この素敵な庭園が見れるのも……これが最後なのかもしれないですね、残念です」
 「……申し訳ありません」


 悠人が感傷に浸っていると、ドアをノックする音が聞こえた。


 「失礼します。セレスト様、国王様がお呼びです。聖人様とご一緒に玉座の間までお越し下さい」
 「……悠人様、一緒に行きましょう。何かあれば、お助けいたしますので」


 悠人はセレストの後ろ姿をただボーっと見ながら、玉座の間へ向かった。
 玉座の間の扉を兵士が開け、一歩中へ進むと、玉座まで真っ直ぐに敷かれた赤色の絨毯が目に飛び込み、奥には国王と王妃であろう人が座っていた。更に、上を見上げると、煌びやかなシャンデリアや装飾、絵が描かれており、他の部屋と大きく違う事が分かった。


 「国王様、聖人様をお連れ致しました」


 セレストは跪き、国王に礼をする。悠人はどうしたら良いか分からず、重々しい空気に思わず固唾を呑んだ。


 「セレスト。わしは聖女を連れて来いと言ったが、何の冗談だ?」


 国王は眉間に皺を寄せ、悠人を凄い剣幕で睨み付けた。セレストは頭を上げ、国王に事情を説明し始める。悠人はさっきセレストに気を付ける様に言われた赤の騎士だろうか、こちらを見て、ニヤリと笑っていた。その隣には藍色の軍服を着たがっしりとした体型の男が冷たい表情で悠人を見ていた。


 「……聖人では意味がないと言ったではないか! こいつは国外追放にしろ!」
 ――国外追放か……殺されないだけ有り難いのかな。


 国王が国外追放を言い放った瞬間、その場に居た貴族達はどよめき、騒然としていた。そして、セレストと藍色の軍服を着た男がハッとした表情になり、国王に提言しようとしていたが、早々に兵士達が悠人を拘束し、玉座の間から連れ出そうとしていた。悠人は体を縛られ、手荒く連行されていたが、抵抗する気も起らなかった。


 「父上、お待ちください! 私に良い案があります」


 そんな騒然とする中で、綺麗な声が玉座の間に大きく響き渡る。それを耳にして、皆が一気に静まり返る。声がする方を振り返ると、金色の髪が美しく輝く、赤色の軍服を着たスレンダーな青年が手を挙げていた。例の赤の騎士だ。


 「我が息子シュライツ、良い案とは何だ」
 「私、シュライツがこの者を国のため、民のために使えるように致しましょう。野放しにするのは勿体無いです。赤の騎士である私に全て任せていただけないでしょうか?」
 「……それもそうだな。お前の好きなようにすれば良い」
 「ありがとうございます、父上」


 国王は赤の騎士であるシュライツに悠人の事を任せた。シュライツは胸に手を当て、国王に礼をした。金色の髪の毛の合間から不適な笑みが少し見えた気がした。セレストは血の気が引いた表情をしており、シュライツの隣にいる大柄の男はシュライツを睨み付け、舌打ちをしていた。
 悠人は縄を解かれ、シュライツは後ろに立っていた使用人に耳打ちをし、悠人を客間に連れて行くように指示した。使用人が悠人に近付き、客間まで案内してくれた。


 「悠人様、こちらの御召し物に御着替えください。お疲れだと思いますので、ゆっくりお寛ぎくださいませ。何かございましたら、何なりとお申し付けください。それでは失礼いたします」


 悠人は使用人から白色を基調としたロングベスト付きのローブと国旗が刺繍された布ベルトを渡された。悠人は早速着替えて、鏡の前に立った。


 「召喚された部屋にいた人達が着ていた服とはちょっと違うな。……それよりもう疲れたから、ベッドで寝よ」


 悠人は天蓋付きベッドに横になり、いつの間にかスヤスヤと眠りについた。


 「……と、……うと、悠人。まだ眠っているのか?」


 誰かが悠人に呼びかけ、体を揺さぶってるのに気付く。悠人は目を擦りながら、声がする方をぼんやり見た。


 「誰……ですか。もうちょっと寝ていたいのに」
 「すまない。俺はエルフィンだ」


 藍色の軍服を着ており、黒に近い濃灰色の髪に青い瞳をしたがっしりした体型の男が立っていた。


 「僕、寝起き悪くて……ッ! すみません!」


 悠人は飛び上がり、ベッドの上で土下座をする。エルフィンは悠人を鋭い目で見つめていた。


 「お前に忠告しておく。アイツだけは気を付けろ」
 「アイツって……シュライツ様の事ですか?」
 「ああ、そうだ。それを伝えに来ただけだ」


 エルフィンは悠人の頭を優しく撫でると、そのまま部屋を出ていった。


 「何だったんだろう…セレスト様も気を付けろって言ってたけど、どういう意味なんだろう?」


 悠人はベッドから起き、月明かりが射し込む窓辺で今日の事を思い出す。思いにふけっていると、ドアのノックする音が聞こえた。


 「悠人、今大丈夫か?」


 振り返ると、シュライツが微笑んで、立っていた。


 「シュライツ様、どうかされましたか?」
 「夜遅くに申し訳ない。良かったら、悠人の世界の事を聞きたいんだが、私の部屋まで来てくれるかな?」
 「……はい、構いません」


 悠人はシュライツに手を引かれ、シュライツの部屋に招かれた。


 「素敵なお部屋ですね」
 「はははっ、そうかい? ありがとう。今、お茶を淹れるから、適当に座ってくれ」


 悠人は窓際にある小さな丸いテーブルの椅子に座り、窓から月を眺めた。


 「お待たせ。口に合うといいんだが……」


 シュライツが悠人にハーブティーを持って来て、正面の椅子に座る。悠人は軽く会釈し、ハーブティーの香りを楽しんだ。セレストが淹れてくれた時と違う香りがするお茶だな、と思った。


 「ハーブティーはやはり嫌いか?」
 「いえ! とんでもないです。淹れて下さって、ありがとうございます。頂きます」


 切なそうに見てくるシュライツにドキッとしながら、悠人は淹れてもらったハーブティーを一気に飲み干す。そして、シュライツは悠人が飲み切ったのを見て、ニッコリと笑いかける。悠人は少し緊張しながら、今日あった出来事や向こうの世界での話をした。


 「おっと、だいぶ月も傾いてきたね。今日は楽しかったよ」
 「そうですね。私はこれで失礼し……ま……?」


 悠人が椅子から立ち上がろうとした瞬間、体に力が入らなくなり、視界がぐらついた。そして、テーブルを掴もうとするが上手く掴めず、陶器製のカップに体が当たり、床に落ち、割れる音がした。それと同時に、悠人は床に倒れ込み、意識が遠のいていくのが分かった。


 「悠人、大丈夫かい? ちょっと薬が多かったかな? まぁ、聖人だから、死なないか。今、死なれたら、僕が困るからね。ふふふっ、あははははっ!」


 シュライツは意識を失った悠人を抱きかかえる。そして、床に散乱したカップの破片で悠人の頬に傷をつけ、そこから流れてくる血を楽しそうに眺めながら、血の流れに逆らって、舌で美味しそうに舐め取った。
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