そして今日も、押入れから推しに会いに行く

ツルカ

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サースティールート

ずっと一緒にの日

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 土曜日の朝。
 目を覚まして、ベッドの上に半身を起こした私は、寝ぼけまなこでふと思う。

(あれ、今日ご飯どうするんだっけ……?)

 今日はサースと一緒に異世界に行くことになっている。
 でも……夜はたぶん、こっちの世界に帰ってくるんだよね。だったら夜の分は持って行かなくてもいいかもしれないけど、お昼はいるよね……?

(うーん……?)

 伸びをしながら、持っていっても良かったら今日はおにぎりと水筒を持って行こうかなぁとぼんやりと考えていた。





 ご飯を炊きながら朝の支度をして、ペンダントを外してからサースに伝言を出す。

『おはよう、サース』
『おはよう砂里』
『今日おにぎり持って行っても大丈夫?』
『ああ、もちろん構わない。手間になるなら、向こうで外食でもいいが』
『たぶん目立たない方がいいんだよね』
『ああ』
『なら大丈夫だから、持って行くね』
『ありがとう砂里』
『おかかと梅とツナマヨと明太マヨ何が良い?』
『……梅と明太マヨだな』
『了解です!また後でね』
『ああ』

 実はサースなら梅と明太マヨって答えるんじゃないかって予想してたらそのままだったから、ペンダントを付け直しながら、ふふふと笑ってしまう。
 長く一緒に過ごしてきて、彼のことがだいぶ分かって来たなって……ちょっとしたことで嬉しくなる。





 ご飯が炊けた後は、おむすびを握りながら、ゆっくりと最近あったことを思い返していた。



 初めは、まだ5月のはじめだった。

 二年前に初めてプレイした時からずっと、毎日のようにゲームをして、大好きな人の絵を描いて過ごして来た。
 けれどある日突然、いつの間にか上手くなっていたイラストに釣られるように、ミューラーがやって来た。

 ミューラーは、ミュトラスの使い。
 ミュトラスとは、神様のような概念らしい。
 なぜだか分からないけれど、私は、ミュトラスの力が使える聖女らしくて、力を使ったお礼に(?)願いを叶えてくれるのだと言う。

 向こうの学校の聖女教室ではもう少し難しい言葉で説明をしていた。

『ミュトラスとは、この世界を作り上げた力の源であり意思である。神として称えられ各地に神殿が作られ信仰されている。ミュトラスは自らと繋がるものをこよなく愛する。自らの力を使いこなすものに対価を与える。それがミュトラスが与える、聖女の万能の力である』

 ……正直、今でもよく分からない。
 今日、サースが調べに行きたいと言っていた場所は、その聖女たちの集まる団体らしい。
 なにか詳しいことが分かるといいのだけど……。



 そして、神様のような何かは、私の願いを叶えてくれた。

 私の部屋とゲームの世界を、押入れから繋げてくれた。
 押入れってところに夢がないけれど、夢とロマンの全ては恋する人に詰まってるから問題もない。
 そんな訳で、押入れをくぐり抜けた世界で、私は彼に出会った。

 彼――サースティー・ギアンは、孤独な青年だった。
 強すぎる魔力ゆえに、家族にも学友にも疎まれ、愛を知らずに生きていた。そして、いつか世界を滅ぼす魔王になる運命を背負っていた。
 中学生の頃の寂しかった私は、彼の孤独に共感して、そして、恋に落ちた。

 実際に会った彼は……その漆黒の瞳はとても優しく煌めいていて、決して人を傷つけられる人には見えなかった。
 毎日話して、毎日恋をし直して、私は生身の彼を愛した。
 聡明で、どこまでも優しい彼も……私を一人にしないと言ってくれている。

 私は、今、彼の為だったらどんなことだってしてみせると思ってる。
 それが、あの世界そのものを敵にすることなんだとしたって。

 分かっていることは、サースが望んでも、サースが変わっても、彼に待ち受ける運命が変わらなかったこと。
 彼に、世界を滅ぼす役割を担わせる何かがあるだろうこと。
 具体的に、王家や、ギアン家が関わっているだろうこと。

 私たちは今それを調べようと思ってる。
 そこに導いていくものを理解し、壊してしまうか、別の解決策を作り出せばいいんだと思う。

 大丈夫、だと信じてる。
 だって誰よりも賢いサースがいる。
 それに彼を愛する、聖女であるという私がいる。
 助けてくれる谷口くんも万能な魔法の使い手だ。

 それに……サースは意識していないけれど、幼馴染でサースを気に掛けているロデリック様も、今となってはサースに懐いているラザレスだって、きっと助けてくれるんじゃないかと思ってる。

 私たちは出会ってから……もう、2カ月が経とうとしていた。






 約束の10時になったので、私は押入れをくぐりぬけて、久しぶりの異世界へ!

 顔を出すとそこは学園の屋上で、目の前にサースの長い足が見えた。
 見上げると、黒髪を風になびかせたサースが、ほっとしたように微笑んでいた。

「良かった……この場所はまだ安全なようだな」
「うん?」

 安全?

 と思いながら立ち上がると、サースが体を支えてくれる。

「出入りしている場所が把握されていて、探している者がいるとしたら、ここで待ち構えられていてもおかしくはない」
「……えぇ!?」

 こっちに来るだけで危なかったってこと?

 びっくりしてサースを見上げると、彼は安心させるように微笑んだ。

「大丈夫だ。先に着いて確認したが、この場所にはなんの痕跡もなかった」
「魔法で違う場所に来た方が良かった?」
「魔法は魔力を消費するから……別の出入り口を設定することも検討した方がいいかもしれないが。しかし安全な場所も思い浮かばない」

 確かに、学園も寮の部屋も駄目だったら、他に行ったことがあるのは街中くらいだし、どこに行ったらいいのかも分からない……。

「砂里心配はいらない……」

 サースは両腕を広げ、私を軽く抱きしめるようにして言う。

「お前が危険にさらされるようなことは俺がしない」
「……私が心配なのはサースだよ」
「……」
「サースが危険な目に遭うようなこと、私がさせないよ」
「……そうか」

 嬉しそうに、はにかむ様な笑顔を浮かべるサースの美しい顔が目の前にあって、私は心臓が早鐘のように打つのを感じていた。

 いつまで経ってもサースの綺麗な顔を見慣れることなんてないし、色っぽい表情にどうしたらいいのか分からなくなる。恋に途方に暮れるような気持ちになるなんておかしいのかな。

「気を付けなきゃいけないこととか、危ないこととかあったら教えてね」
「ああ」

 今日一日、何事もなく終わったらいいと、そう思っていた。





 そうしてサースに連れられて、聖女団体の建物へと向かう。
 なんとなく教会みたいに宗教色を感じる建物なのかと思ってたら、装飾の少ない簡素な建物だった。
 受付で学園証――聖女の身元を証明できるもの――を呈示したら、同伴のサースと一緒にすんなりと中へ通してくれた。

 聖女の歴史を調べていると言ったら、資料室の場所を教えて貰えた。
 現在までに判明している、聖女の力を発現させてきた事柄の資料が残っているという。

 図書室のようなそこには私たちしかいなかったから、サースはポツリと言い出した。

「……ずっと探して来た資料が、こんなにも簡単に見られるとは思わなかったな」

 苦笑いしている。

「探してたの?」
「そうだな、砂里が来てまもなくしてから……ずっとだな」
「え?そんなに前から?」
「そうだ。砂里、君の存在の理由を解き明かさなくては、共にいることは出来ないだろうと思っていた」

 ん?共にいるとか言った?

「え……?」

 今出会った初めのころの話をしてたんだよね。
 首を傾げる私をサースは少し不思議そうに見つめてから「ああ……」と呟くと、何かを思い当たったのか私に向き直って、真剣な表情で私を見下ろす。

 長い睫毛が少し伏せられるようにして、知的な瞳が私を見つめている。

 ん?なんですか?

「……砂里」
「はい……?」

 急に真面目な顔つきになったサースに、少し緊張する。

「出会って10日もしないうちから……いや、本当はたぶん最初に会ったときからなんだろう。俺は君の側にずっと居させてもらえたらと、思っている」
「……」

 あれ、今そんな話してたっけ?
 突然の話題に付いていけなくて、頭が真っ白になった。
 今サースなんて言った?
 ――出会って10日もしないうちから――俺は君の側にずっと居させてもらえたらと思ってる――

「え……?会ってすぐに……?」

 10日もしないうちにってことは……私が中間試験の勉強で一旦行けなくなった頃にはってこと?
 でも本当は最初に会ったときから……?ってどういうことだ……?

 頭がぐるぐるとする思いで記憶を掘り返そうとしていると、サースが言った。

「そうだ。砂里が俺に会いに来てくれていたように、俺は日々砂里が来てくれるのを待っていた」

 そういえば、いつだったか突然、サースが「待っていた」って挨拶の言葉をするようになった頃があったけれど……。
 あの時には、サースは私が来るのを待ってくれていたの?

「砂里が、この世界に訪れることが出来ている根本的な理由――聖女の力を解き明かしたいと思ったのが調べていた動機だ。異世界人の君と未来も共に居る為には避けては通れない。今ギアン家の子孫の叶えた聖女の願いを調べているのとは別の理由だ」

 サースの黒い瞳は私をまっすぐに映し出している。

「俺自身の謎と聖女の力を解き明かし、砂里と共に居られる状況を作り上げたら――」

 そうしたら、と言いながら、サースは私をその胸で抱きしめた。

「ずっと側に居て欲しいと、思っている……」

 苦し気な声でそう呟くサースの低い声に、私は胸が締め付けられるような気持ちになった。
 少しだけ泣きそうにも思える声の震えに、私も泣きそうになる。

「私も……」

 サースの背中に回した手にぎゅうっと力を込めて言う。

「ずっと、ずっと……一緒に居たいよ」

 言葉に乗せた私の心からの想いはサースに通じたんだろう。サースの腕にも力が込められる。

 私は彼の気持ちと想いを、もう疑っていない。
 思っていたよりもずっと早くに……彼も私を想ってくれていたなんて、ちっとも想像していなかったから驚いたけれど、泣きそうになるくらい、嬉しいことだ。
 私も同じ気持ちなんだって、伝わっていたらいいのにって思う。

 しばらく抱き合っていたけれど、ゆっくりと体を離したサースは、少しだけ赤くなっている目を細めるようにして微笑んだ。

 そうして部屋の中にある資料を、サースは安定の速読で読み始めた。
 私はそんな彼を横目で見ながら、自分に分かる範囲の資料を読んで過ごしていた。





 お昼は休憩室のような場所でおにぎりを頂いて、暗くなるまでその資料室で過ごした。

 夜になって聖女団体の施設を出ると「今日は魔法で帰ってみるか?」とサースが言い出した。

「え!?」

 魔法で帰るっていうと、帰還魔法で帰るんだよね。

「無理にとは言わないが」
「……でも私サースのところにしか飛んでいける自信ないよ」
「そうだな、なら、先に俺が帰っておく。この場所には危険を感じない、多少一人で残っても大丈夫だろう」

 ここは聖女団体の施設の目の前で、あの建物の中には歴代の聖女さんたちもたくさんいるらしい。

「……やってみる」
「ああ」

 本当はちょっと怖いけれど、サースもいざという時に私を危険に晒さないためにわざわざ言ってくれているんだろうと思う。出来るようになりたい。

「じゃあ……外すぞ」
「へ?」

 油断をしていたら、ふいにサースの両腕が伸びてきて、私はまるでサースに包まれるような体勢になっていた。
 彼の細い指が、私の首筋に微かに触れる。
 びくりとしながら、ペンダントがゆっくりと私の首筋から奪われて行くのを見守っていた。

「砂里」

 呆けている私の名前を呼ぶと、私の手にペンダントを握らせる。

「先に戻る、砂里もすぐに飛んでくれ」
「え……う、うん」

 そうだ忘れていた。
 サースは時々こんなことをする人だった!

 顔を赤くしている私に気付く前に帰還魔法を発動させたサースは、シュン……と音がするようにして目の前から姿を消した。

 私はサースの元へ飛ぶために、大好きな人の匂いと感触を思い出し……ちょっと生々しいくらいリアルに思い出し過ぎて恥ずかしい気持ちになりながら、大好きな彼のところへ飛べ!って願う。

 すると、景色が変わった。
 無機質な建物が建っていたはずの場所が、小さな日本の部屋の中に変わった。
 目の前に美しい笑顔が輝いている。

「……砂里」

 大好きな人が私を抱きしめる。長い黒髪がサラサラと揺れるようにして私の頬をくすぐった。

「……サース」

 脳髄からとろけそうになるほどの、良い匂いと、甘い声が私を震わせる。

 ここは谷口くんちの、谷口くんのお姉さんの部屋だった場所。今はサースが使ってる部屋だ。
 私は無事、現代へと一人で魔法で帰って来ることが出来た。






 本当は、だいぶ前から少しだけ気が付いていたんだ。

 私はこの現代で、魔法が使えてしまうようになった稀有な人間なんだって。
 世界を越える魔法まで一人で使えるようになってしまった。
 それはこの先の人生を大きく変えるほどの事だろうと思う……たぶん。
 もう、今まで通り普通には生きられないんだろうなって。

 だけど。
 私は彼の側にいることを望んだ。
 彼の助けになることを望んだ。

 彼の為に私の出来ることを全部したいと、願った。
 望み通り……
 私は今、彼の力になれる魔法の力を手にいれることが出来ているんだ。






 家まで送ってくれたサースとは、うちの玄関前で別れた。
 明日も聖女団体の資料室を見に行きたいとのこと。
 朝10時に同じように向こうで待ち合わせをすることにした。

「明日は魔法で行こうかな?」
「そうだな……なら、先に向こうに行って待っていよう」
「うん」

 明日の約束をした後に、私たちはいつも通りに笑顔で別れた。

 危険な目に遭うかもしれない、そう思いながら行った異世界から、何事もなく無事に帰って来れたことに私は安心しきっていた。




(……だから、谷口くんが結構大変な目に遭っていたことを、私が知るのは翌日なのだったの日)
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