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サースティールート

今同じ気持ちでの日(◆サースside)

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「一人になんて絶対にしないから」

 必死にそう言う君の言葉で、俺は初めて、ああずっと一人で生きていたのかと。
 共に在りたいと願う君ですら世界に入れずに生きていたのかと。

 孤独な心が闇を呼び寄せるように、自らが望んで魔王へとなり掛けていた片鱗に、気が付くことが出来たのだ。



----


 人の中で生きることを諦め。
 研究に没頭し寂しさすら知らずに生きて来たはずなのに。

 乾いた大地を潤すかのような、瑞々しい君の言葉は、笑顔は、愛情は、まるで生まれ直していくかのように俺を変えた。

 そうして飢え渇いていた心に、初めて気が付く。
 満ち足りることがない穴が空いていた深淵を、知る。

 その底にあるものは、頑なに満たされることを拒絶していた。
 渇きを癒すことなど望まぬかのように。

 目の前の少女の、眩しい光を、直視することすら苦しくなるほどに。



 ――結局は俺の弱さか。



 情けないほどの未熟さに自らが呆れる。

 いつか君は言っていた。
 俺と共にいると寂しくならないと。ずっと一緒に居たいと。

 華奢な少女の小さな願いすら、俺は手放す気だったとでもいうのか。
 その願いは、寸分違わず、俺の願いと何一つ変わらないと言うのに。



 触れ合うことを求め、互いに結ばれることを願う、そんな日々を繰り返した。
 そんな夢のような日々は、壊れやすく繊細な飴細工のようだった。
 壊れずともいつか溶けてなくなる、そう思えるような。

 そう、永遠に続くとは、心の底から思っていた訳ではなかったのだ。
 願いは叶わないのだと、どこかでそう思っていた。

 だが気が付いたからこそ、新たな決意を生み出すことが出来た。

 俺は、俺の心と、そして君に誓う。



 ――君を一人残すことなど、決してしないと。




----


 放課後、砂里を学校に迎えに行き、その足で近くのユズルの学校まで行った。

 ユズルの学校の校門前まで辿り着くと、そこは男子校らしく、下校してくる男子生徒たちの視線が俺たちに注がれた。
 砂里は「やっぱりサースは目立っちゃうね」と言っていたが、どう見ても、この場に一人きりの可愛らしい少女が目立っていると思うのだが、俺は苦笑するだけにした。

 少しするとブレザーの制服姿のユズルが出て来て、驚いた顔で俺たちに駆け寄った。

「なんでいるの!?」

 近かったから立ち寄ったことを伝えると、「まぁいいけど」と笑っていた。
 ユズルは初めこそ腹に一物抱える人物かと思っていたが、付き合ってみるとさっぱりとした割り切った性格をしている人間だった。

 三人で駅に向かい、電車に乗り、今日はユズルの家に行くことになったので中野で降りた。
 ファストフード店で夕食を購入し家に向かう。

 ユズルの家には、夜は兄は居らず、俺たちだけだったので、話し合いをするのに都合が良かった。

「サースはどこに寝てるの?」

 と、砂里が言いだし、ユズルが説明をする。

「結婚して出てった姉ちゃんが居た部屋が、荷物何も残していかなかったから今客間にしてあって、そこを使ってもらってるんだ」
「へぇぇ~」

 そわそわとしている砂里にユズルが「後で見に行っていいよ」と笑う。

 んで……と、リビングのソファーに座り込んだユズルが言い出す。

「もうすぐ夏休みだから、僕はいくらでも付き合えるよ」

 頼もしい台詞に、俺は頷いた。

「とりあえず、この週末をお願いしたい」
「OK」
「ありがとう谷口くん……」
「僕もあの世界に関わりたいと思ってるから気にしないで」

 まぁそれに、とユズルは続ける。「普通に友達だし」そう言うユズルの言葉はこの上なく有難かった。

 俺は、分かっていることを彼らに説明をする。

「向こうの世界に戻れば、捕らえられるかもしれない」

 ギアン家は、特殊な役割を担う家系だろうと言うこと。
 そしてそれは恐らく、闇の魔力を消化する役割なのだろうと言うこと。
 魔力に飲み込まれ、命を失っている血族が多くいただろうこと。
 この世界に逃げたものもいただろうこと。
 王家が関わっているだろうこと。

 ユズルは考え深げに聞いていたけれど、ふいに、眉を顰め言う。

「なんかそれおかしくない?」
「なんだ?」
「一人だか、一つの家でしか消化出来ない魔力が飽和してるってこと?」
「……そうだな、闇魔法自体が使える者が少なく、まともに使えるのはギアン家ゆかりの者だけだ」
「他の魔力は飽和してないの?」
「ああ」
「……なんでそこまで放って置いてるんだろうね」

 ここに至るまでに何も手段がなかったのか、そういう疑問は分かるが思い浮かばない。

「魔法院に行けばなにか資料があるかもしれないが」
「あそこかー」

 捕らえられることがないのなら、一度調べに行きたいと思っていた。

「父も何か知っていると思う」

 何も情報を与えられていない俺とは違い、直系の当主である父なら全てを知っているだろう。

「知っていると言うだけなら、アランもだ」

 だが彼から情報を得られることはないと思っている。

 しかし俺は、真逆の方向から調べられないかと思っていた。

「戻ったら、聖女組合を調べたい」
「聖女?」

 砂里がきょとんとした目で俺の顔を見上げた。
 隣に座る砂里の手を握り、彼女の目を見つめながら言う。

「ああ、そうだ。子孫に発動していた聖女の力は、結局は俺の家系の助けになることだった。砂里、君もだが、そもそもがギアン家の子孫の影響でもたらされたことだ。
 他にも影響があるのなら、その線から情報を得られないかと思っている」

 影響下で生み出されていたものを知ることが出来れば、導かれるものが見いだせるのではないかと。

「君が居れば調べられるかもしれない」
「うん……」

 砂里が嬉しそうに笑う。

「ユズルには聖女の力を説明して置く」

 ミュトラスのこと、砂里の使える願いのこと、そして俺が願いを譲渡されていることを詳しく説明したが、そもそもユズルは聖女の力についての知識は明るいようだった。

「え、譲渡!?聞いたことないよ。すごいことしてたんだね……」

 ユズルが呆れるような顔で俺たちを見つめた。

「成田さんっぽいけど」

 そう言って笑っていた。

「……ユズルに手伝って貰いたいのは、俺との関りとは別に、単独で魔法院で調べられないかと言うことと、何かがあった際の助けになってもらいたい」
「なるほどね。了解。フリードを訪ねてみるよ」

 軽く請け負うユズルの笑顔は明るい。

「じゃあ、明日は、別々に向こうに行った方がいいよね」
「そうだな」
「僕たちも伝言出せるようになった方がいいかもしれないけど……」
「……ああ契約しよう」
「……」
「……」
「……」

 その話は後でしようと言い、何か顔を赤くしている砂里に向き直る。

「俺たちは同じ時間に同じ場所で待ち合わせしよう」
「……う、うん」
「行く前に連絡をするのでいいか?」
「分かった」

 あ、とユズルが思いついたように言った。

「そろそろ成田さんも一応帰還魔法使えるようになった方がいいんじゃない?だって特定の場所からしか還って来れないんでしょう?」
「そうだな」
「ふへ?」

 危険があった時に、学園の寮と屋上からしか戻れないと言うのは心もとなかった。

「砂里、魔法を教える」
「うん」

 彼女の両手を握りながら、俺は伝える。

「帰還魔法は、移動魔法とほぼ変わらない。砂里はただ、この俺の元に辿り着くことを考えればいい」
「うん」

 ソファーから立ち上がり、部屋の隅まで歩くと砂里を振り返り言う。

「砂里、ここまで飛んで来てくれ」
「と、飛ぶ!?」

 ペンダントを外しながら上ずった声で叫ぶ砂里に説明をする。

「ああ、目を瞑って、俺に抱き着くイメージをすればいい」
「だ、抱き……!?」

 真ん丸な目をさせる砂里がおかしくて思わず笑ってしまう。

「……ああ」
「うぅ?……うん?」

 目を泳がせながら何かを納得させようとしている砂里を、ユズルも少し笑いながら見守っていた。

「さぁ」
「……分かった」

 砂里はソファーから立ち上がると瞼を落とし、深呼吸をする。しばらく静かに黙り込んでいた。

 ――ああ、来る。

 俺がそう直感した瞬間、ソファーの前から砂里の姿は消え、俺の体にどしりとした重みがぶつかる。

 俺の胸に顔を押し付けるようにしていた砂里が、慌てるように顔を上げた。

「……う?」
「出来たよ砂里」

 本来はこんなに簡単に出来る魔法ではないのだが、さすがは異世界人の膨大な魔力量と、砂里の鍛えられたコントロール能力なんだろう。

「すごいな愛の力……」

 ユズルが何か呟いていたが。

「何かあったら俺のところへ飛べ。だが、それが出来ない時は、砂里の部屋のぬいぐるみを目印に飛べばいい」
「……分かった」
「往復程度の回数しか使えない、頻繁には使わないように」
「うん」





 そうして、ユズルとは夜また話すことにし、砂里を家まで送り届けた。
 別れ際、彼女の家の玄関前で明日の確認をする。

「明日、10時、学園の屋上に迎えに行く」
「うん。私は押入れから行く」

 そう言うと、砂里がふわりと、俺の胸に抱き付いて言った。

「……良かった、一緒に連れて行ってもらえて」

 幸運だと言うならばそれは俺の方なのだが、彼女はいつもどんな小さなことも有難がるような言い回しをする。

「……一人にはしない」

 それは誓ったばかりの想いだった。

 これだけの言葉で何が伝わるのかと思うが、それでも彼女は嬉しそうに笑った。






 彼女を置き去りにはしない。

 心の中でも、ひとりにしないように。
 今を、未来を、共に居られるように。

 二人の持てる限りの力と、助力と、情報を使い、最善を尽くそう。





(芽生えた気持ちは何も無駄にならないと言った君。俺は今、同じ気持ちを感じている)

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