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13:過去へ思いを

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「あんな男のどこが良かったのかしら」
 マリアンヌは宿へ向かう馬車の中で首を傾げる。
 マリアンヌだけだった時には、自分の世界にはケヴィンしか居なかった。
 しかし舞璃愛が入った途端に、ケヴィンの優先順位は最下層へと移動した。

「家に居る間は仕事と認めないって、領地経営は仕事じゃないのかって話よね。自分の両親全否定じゃない」
 ねぇ?とマリアンヌが横に座るモニクへ同意を求めると、力強い頷きが返ってきた。
 コクコクと頷く様は、ちょっと小動物的だ。

「実際に私が居ない間に、明らかに老朽化ろうきゅうかしていく屋敷を見て、何も思わなかったのかしらね?」
「気にして無いんじゃないですか?」
「まぁ、自分さえ良ければ良いって人だものね」
「本当にどこが良かったんですか?奥様」
「昔は優しかったのよ、昔はね」

 マリアンヌは、目を細めて遠くを見るような仕草をした。
 今では遥か記憶の彼方へ押しやってしまったが、確かにケヴィンにも優しい良い夫だった時代があったのだ。
 その為にマリアンヌは、自分が至らないせいでケヴィンが怒るのだと思い込んでいたのだ。

「典型的なモラハラ被害者の思考よね」
 マリアンヌがフッと鼻で笑った。



 ベッドの中で股間を押さえながら、ケヴィンは体を小さく縮めていた。
 ケヴィンの知っているマリアンヌは、従順で優しく、人を叩くなど思い付きもしない人間だった。
 理不尽な八つ当たりをしても、その事にすら気付かずに謝ってくるような女だった。

 結婚してケヴィンの両親が自領へ帰ってしまってから、段々と笑顔が減っていった。
 常に顔色をうかがい、おびえた様子で付き従う姿は、ケヴィンの仄暗い欲望を刺激した。

 最初はすぐに後悔をした。
 殴った事を謝り、なだめて優しくすると、マリアンヌは許してくれ、それにも愛を感じて満足した。
 どこまで許してもらえるのか。
 まだ大丈夫、まだ大丈夫。

 まだ大丈夫のはずだった。



「人を殴る時はね、殴られる覚悟も必要なのよ」
 ケヴィンの脳裏にマリアンヌの声がよみがえる。
 いつものように力で従わせようとしたら、見事にやり返されていた。
 何が起こったのかも解らないうちに、ケヴィンは床に倒れており、マリアンヌが見下ろしていた。

 あぁ、そういえばマリアンヌは美人だったな、と見当違いな事をケヴィンは考えていた。

 学生時代は友人から羨ましがられるほど美人だったのに、婚約してから段々と地味になり、結婚してからは髪をひっつめて地味な色の服ばかりを着るようになったマリアンヌ。

 実は、ジェルマン侯爵夫人の指導だと、ケヴィンは知らないし、知ろうともしなかった。
 モラルハラスメントの種は、ここにもあった。
 侯爵家の為だとうそぶき、自分の趣味を押し付けていた侯爵夫人。
 ケヴィンがもっとマリアンヌに寄り添っていれば、気付けただろう。

 マリアンヌは、舞璃愛としての記憶を思い出したのと、実家のジュベル伯爵家へ戻った事で、昔の自分へと戻れたのだった。


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