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29:変わらない厨房
しおりを挟むケヴィンから無事サインを貰ったマリアンヌ一行は、また別邸へと戻って来ていた。
「夕食を一緒に」
と言うケヴィンの言葉は、聞こえなかった事にした。
舞璃愛の記憶が戻ってから、実はマリアンヌは貴族の食事形式があまり好きではない。
フルコースなどに馴染みの薄い日本人だったのだから、しょうがないといえた。
「お盆の上に、全部載せちゃうのよ」
定食を図付きで説明するマリアンヌに、厨房の人間は難色を示す。
「それでは使用人や平民の食事と変わりません」
それの何がいけないのか、マリアンヌとしては何となく判るが舞璃愛には理解出来ない。
それにマリアンヌは、一人での食事が嫌だった。
せっかく広いテーブルがあるのだ。
別邸に居る全員が座れる。
「判りました。これからは、別邸の食事は別邸で作ります」
マリアンヌは颯爽と厨房を後にした。
「奥様、別邸にはパティシエしか料理人はおりませんが」
後ろを歩くモニクが戸惑った声を出す。
パティシエの彼も、元は普通に料理人として雇われていたのだ。
普通に料理は出来るかもしれない。
しかし、フルコースをひとりで作るのは、かなりの負担になるだろう。
「あら、私も手伝うわよ。それに、さっき見せたでしょ?定食。あれを実際に作ってあげるわね」
マリアンヌの言葉に、モニクは驚き、そして不安になった。
今までマリアンヌが料理をしているところなど見た事無いので当たり前だろう。
別邸に戻ったマリアンヌは、まず納入業者に材料を注文する為に連絡を取った。
本邸の納入量を減らし、その分別邸に届けてもらう為である。
そして、本邸に納めていない調味料なども持って来て貰った。
「え?この量を納品しているの?」
どう見ても多過ぎる食材の量に、マリアンヌは眉を顰める。
「はい。傷んだら勿体無いと何度も忠告はしましたよ?でも前の料理長がねえ」
業者が苦笑する。
「料理長が変わってもそのままなのよね?」
マリアンヌの眉間の皺を見て、業者の男が焦る。
「いや、全て同じでは無いですよ。ほら、こういう高い肉とか珍しい野菜とか、高級品は減りました。適正量です」
「ふぅ~ん」
納入書を手に、マリアンヌはしばらく何かを考えていた。
「ピエールを呼んでちょうだい」
業者が帰った後、例のパティシエをマリアンヌは呼んだ。
今では別邸所属になってしまったが、ちょっと前までは本邸の厨房で働いていたのだ。
何かを知っていると踏んだのだ。
「前の料理長は横流ししてました」
ピエールの答えに、マリアンヌは片眉を上げた。
「は?」
前の料理長は、という事は、今の料理長は何をしているのか。
「今の料理長は、貧民街の人や孤児院の人が「食べないと死ぬ」ってくらい困っていたら、分けてあげてます」
だから高級食材は含まれないのだろう。
本来、貧民街や孤児院などはその街を管理する者が責任を待つべきもので、タウンハウスがあるだけのジェルマン侯爵家には関係無い。
しかし優しい今の料理長には、冷たく追い返す事が出来なかったのだろう。
もしかしたら、物乞いに来た者達が昔のマリアンヌと重なって見えたのかもしれない。
骨と皮になってしまっていたマリアンヌと。
「判りました。その人達の件は、私が預かります。悪いようにはしません。だから料理長には、適正量を注文するように伝えて。そして今まで、どれくらいの量をあげていたのか報告させてちょうだい」
マリアンヌの命令に、モニクが頭を下げてから部屋を出て行った。
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