夜紅譚

黒蝶

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第18章『虚ろな瞳の先』

第161話

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その夜、陽向に生徒のことを報告した。
「まさか裏面に助けてくださいって書いてあるなんて…。よく気づきましたね」
「なんとなくくっつけたらたまたま見つけられたんだ」
男子生徒は母親が亡くなり父子家庭。
そんななか、父親が単身赴任しなければならない状況になったという。
烏合学園には寮や下宿がないため、元々住んでいるマンションの一室でふたりで生活しているのだとか。
「いきなり引っ越すとかも難しいですよね…」
「妹さんは中等部所属、伊藤弥彦は高等部2年。妹さんの病院の関係でいきなり環境を変えるのは厳しいと判断したみたいだ」
「けど、加害者の家がマンションの前にあるとか生きた心地しませんよね、多分…」
嫌がらせやいじめというものは心を蝕む。
溜めこんだものが爆発した瞬間、他者を傷つけるか自らこの世界を去るかを選択する場合が多い。
色々な相手を見てきた私たちはよく知っている。
「父親に心配をかけたくないけど、バイトを減らして妹に我慢を強いることになるのは嫌だと話していた」
「…身動きとれそうにないならっていうか、被害者ばかりが動かなきゃいけないのっておかしいですよね」
「理不尽だらけだからな、世界は。けど、そのなかで大切なものを見つけて、手放さないように護る。
…あの生徒にとってそれが家族なんだろうな」
「え、なんですかその格言!?今のもう一回、」
瞬間、旧校舎のどこかで硝子が割れる音がした。
「まだ話の途中なのに…。先輩、いけます?」
「やるしかないだろ」
正直、まだ手首に痛みはある。
それでも、本当の犯人が分かった以上そのまま放っておくことはできない。
《……見つけタ》
「な、なんなんだよおまえ…」
《あの子の鰭ヲ裂いタノ、おまエダろ?》
「お、俺は知らない。そんなの知るわけないだろ!」
そこにはふたりの人物がいる。
おそらくこいのぼり事件の加害者と、あの男児だ。
「そこにいるの、誰?」
「た、助けてくれ!苦し…」
《オマエダオマエダオマエダオマエダオマエダ……》
ずっと同じことを言い続けて、男の子の姿をしていたそれはもう原型を保っていない。
今にも喰らいつくしてしまいそうな付喪神を一瞥し、首を絞められている生徒に声をかけた。
「今ここで誓え。こいのぼりを傷つけたのは自分だってことと、もう二度と罰当たりな真似はしないと」
「あ、あんたら、」
「悪いけど、俺たち本気だよ?…じゃないとその子を止められない」
「分かった!誓う、もう二度としないって、誓うから…!」
慎重に近づき、怒りがおさまらない様子の付喪神の肩をたたく。
「本人がこう言ってるんだ、1回だけチャンスをくれないか?」
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