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第九回石神くんスキスキ「乙女会議」in『薔薇乙女』

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 月曜日。
 俺は一江の報告を聞くと、すぐに何軒か電話した。
 井上さんに関わる案件だ。
 高木は既に候補の家を見つけてくれ、アパートも大丈夫そうだ。
 ゼネコンの営業は、概略を承諾してくれ、後日話を詰めることになった。
 蓮花は俺の提案をことごとく了承し、皇紀の図面を検討して必要な資材をあたると言ってくれた。
 アビゲイルはいつでも資金を渡せると言い、俺の好きなように使って欲しいと言った。
 井上さんは従業員を説得してくれ、会社が持ち直すと言うと、みんな喜んでくれたと言う。

 「トラ、夢のようだ」
 「ほんとですね。俺も井上さんに手伝って貰えるなんて」
 「お前」
 高木と連絡を取り合ってもらうよう、話した。
 当座の数億は、午後に振り込んだ。
 一億近い借金があることを聞いた。

 俺の電話が一通り終わると、一江がまた入って来た。

 「なんだ?」
 「いえ、お忙しいと思いましたので、待ってました」
 「忙しいよ! だからなんだ」
 「いえ、私事なので。金曜日なんですけど」
 「ああ、乙女会議な!」

 「はい。部長が忙しいのなら、また日を改めようかと」
 「大丈夫だよ!」
 「でも、院長先生も」
 「ああ、こないだでっかい貸しを作ったしな! それにこないだも楽しそうで、またやろうって言ってたよ」
 「そうなんですか」
 一江の顔が明るくなる。
 やりたかったらしい。

 「店は、こないだ話した通りな」
 「はい! ゲイバーなんて初めてで、楽しみです!」
 「おう、あそこは楽しーぞー!」
 「「アハハハハ!」」
 鷹の歓迎会をしたいのだと、しばらく前に言っていた。
 しかし、何しろ地獄の「乙女会議」だ。
 無事に終わったためしがねぇ。
 唯一、俺と院長が同席した時だけだ。
 まあ、その時も血が吹いたが。

 女装するのも普通の店では体裁が悪い。
 そこで、先週亜紀ちゃんと行って思いついた。
 『薔薇乙女』ならいいんじゃないか!
 一江たちも大喜びだった。
 院長も、顔じゃ渋がっていたが、俺には分かる。
 楽しみにしてやがる。



 
 『薔薇乙女』のママには了承を得ている。
 一般客もいるが、俺たち8名の予約を受けてくれた。

 「他のお客さんに迷惑にならないようにするから」
 「あら、いいのよ。貸し切りにしてあげたいんだけど、ちょっと断れない人がいるだけ」
 「おい、いいんだよ。どんどん入れてよ」
 「だってぇ、お世話になってる石神さんだもの。こっちこそ、その人のことは気にしないで」
 「悪いな」
 ちょっとヘンな気はしたが、まあいいだろう。




 金曜日。
 各自仕事を終え、揃ってタクシーで出掛けた。
 俺と院長は、一度院長宅で着替えて別行動だ。
 それと、亜紀ちゃんが絶対に行きたいと言うので、そっちも一人で来る。
 まあ、新宿ごときではまったく危険はない。
 紛争地帯でも大丈夫だ。

 7時に店に入ると、「乙女会議」の歓迎の看板がかかっていた。
 俺たちが入ると、カウンターの隅で老人と角刈りの50代の男性が座って飲んでいた。
 こちらを振り向きもしない。
 ママが気にしないで、とまた言った。

 「それでは! 本当に久しぶり! 第九回石神くんスキスキ「乙女会議」in『薔薇乙女』を開催しまーす!」
 「今回、最長だね」
 「はい、うるさい! 毎回の問題児!」
 ママがビールを運び、店の女の子たちがそれぞれ俺たちの間に座る。

 「石神せんせーのオチンチンにかんぱーい!」
 ママが音頭をとった。
 亜紀ちゃんが白鹿アケミと楽しそうに話している。
 つまみがじゃんじゃん運ばれる。
 ママは院長をもてなし、院長は戸惑っている。
 酒が飲めないのを知っているので、ジュースとバナナだ。
 頃合いを見て栞を座らせよう。

 俺と院長の女装も、ここでは目立たない。
 白鹿アケミや何人かのインパクトが勝るからだ。
 流石の客商売で、みんな楽しく飲んでいく。

 「あらー、この方、何か親近感がわくわー」
 白鹿アケミが大森と腕を組む。

 「うちのお店で働かない?」
 「あたしは女です!」
 「うそ! てっきり!」
 一江が大笑いする。
 六花は豪華な食事に感動し、嬉しそうに頬張っている。
 栞も楽しそうだ。
 何人かの女の子と何かゲームのようなもので興じている。
 鷹は有名料亭の娘だと知らされると、何か作ってと言われる。
 この店ならではの接客だ。
 俺が一緒にカウンターに入り、二人で何品か作った。
 女の子たちに絶賛され、バーテンが必死にメモを取っていた。



 「カラオケやりましょー!」
 亜紀ちゃんが大声で言った。

 「他のお客さんに迷惑だろう!」
 「いーのよ! じゃあ、さっそく!」
 ママが用意させる。
 俺たちは何曲か楽しく歌った。
 鷹の『天城越え』が抜群に上手く、盛り上がった。





 その時。





 亜紀ちゃんが飛び出した。
 一瞬でカウンターの男たちに迫る。

 「よせ!」
 俺の声で、亜紀ちゃんの手刀が老人の首から5センチ手前で止まった。
 次の瞬間、反応が遅れたが、角刈りの男が振り向いて胸元に手をやる。

 「やめろ! 死ぬぞ!」
 俺が止めた。
 六花が唐揚げを頬張りながら立ち上がっている。
 栞もだ。
 大森は一江を背中に回していた。
 他の人間は何が起きたのか分からない。
 一瞬で沈黙した。

 「申し訳ない」
 老人が立ち上がり、こちらを向いた。
 隣の男を手で制する。

 「ちょっとばかり、調子にのったようだな」
 にこやかに言った。
 ママが立ち上がって謝った。

 「すいません。どうかみなさんお座りになって」
 老人と男が俺たちのテーブルに来た。
 亜紀ちゃんは背後でついてくる。

 「あれ、千両さん」
 栞が言った。

 「栞ちゃんだったか! これは驚いた」
 「どうしてここに?」
 「いや、それはな」
 ママが、自分の世話になった方だと言った。
 ならば、筋者だ。

 「千両弥太さん。前の仕事で……」
 「人斬り千両!」
 俺が言うと、亜紀ちゃんも驚いていた。

 「タカさん! じゃああの『人斬り子守唄』のモデルの人!」
 前に俺が見せた任侠映画だ。

 「そうだよ! 驚いたなぁ」
 栞以外は分からない。
 

 「おい、千両! てめぇは組よりも舎弟だってかぁ!」
 俺が亜紀ちゃんに言う。
 「すまんこってすが、そういうことらしいですぜ」
 亜紀ちゃんが乗る。

 「ならばここで死ねぇ!」
 「ずばずばずばずばー!」

 亜紀ちゃんが殺陣をする。
 千両弥太が拍手した。

 「あんなものを御存知とは! ワハハハハ!」
 隣の男は無言で動かない。


 「あのね、実は石神先生に会いたいって言ってたのよ」
 「俺に?」
 「前にうちのユキちゃんを助けてくれたじゃない」
 「随分前だろう?」
 「それとね、少し前に、花岡さんの御当主からも石神先生の名前が出たって」
 「斬かぁ!」
 「石神くん、うちのおじいちゃんと千両さんは友達なの」
 栞が説明する。

 「やめといた方がいいですよ。友達は選ばなくっちゃ」
 千両が声をあげて笑った。
 面白い男で、途轍もなく強い奴だと聞いたらしい。
 ママとの関係で、俺がこの店にたまに来ることも聞いていた。
 是非会いたいとママに言っていたらしい。

 「ごめんなさいね。大人しく飲んでるだけだっていうことだったから」
 「我慢できんかった。どれほどの方かためしたくて、我慢できんかった」
 千両は笑ってそう言った。

 「あの、すみません。何がなんだか分からないんですけど」
 一江がおずおずと言った。

 「このおじいちゃんがね、殺気を飛ばしてきたんですよ」
 すっかり落ち着いた亜紀ちゃんが説明した。

 「私はタカさんを守ろうって飛び出しちゃいましたけど」
 「まさか、このお嬢さんが来るとは思わんかった。驚いたよ。凄い人だな」
 「エヘヘヘ」
 俺は亜紀ちゃんにビールのジョッキを示し、「やれ」と言った。
 亜紀ちゃんは人差し指を揺らし、ジョッキを粉砕した。

 「出してれば片腕になってましたよ」
 俺は千両の連れの男に言った。

 「うちの若頭だ。お前も詫びろ」
 「すまんこってした」
 頭を下げた。

 千両は俺に名刺を渡した。
 桜に般若の空押し。
 北関東最大の組の組長だった。

 千両と若頭はもう一度俺たちに詫び、支払いはすべてもつと言って店を出た。




 「ヤッタァー!」
 俺が叫んだ。

 「じゃー、これからはタカトラ祭りよー!」
 ママが言い、店の女の子が一斉に盛り上がる。
 俺はギターを掻き鳴らし、亜紀ちゃんが踊り、盛り上がる。
 俺が素っ裸になる。
 いつものように、女の子たちが触りに来る。
 六花も来た。

 「ユキ! お前も見せろ!」
 ユキが恥ずかしそうに下を脱いだ。
 ちょっとドキドキし、俺の俺が反応してからかわれた。
 店の女の子が全員裸になる。
 亜紀ちゃんと六花が脱ぎそうになったので止めた。
 俺はオチンチンをぶん回す。

 「亜紀ちゃん! ちゅーりっぷだぁ!」
 亜紀ちゃんが股間の前で、両手で花の蕾を作る。

 「もうここはオランダだぁー!」
 「ギャハハハハハハハーーーー!」
 大爆笑でウケて良かった。


 大騒ぎだった。
 看板まで楽しんだ。






 誰が飲ませたのか、院長は宴会開始三十分で気を喪っていた。
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