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09 事情

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 きっと、責任感が強くて真面目なジークのこと。彼は一人で思い悩み、自分の力だけで、なんとか解決しようと思ったのに違いない。

 今までは、それで良かったかもしれない。実際、私は彼に頼られたことなんて、これまでになかった。けれど、完璧に見えるジークフリートだって、一人の人間で。

 傷つき悲しんで、そして……どうにもならない現状に、絶望だってする。

 私は彼に上掛けを掛けて、静かに部屋を出た。

 ジークの部屋の近くで心配して待っていてくれたエルネストお義兄様に、ジークは仕事のことで心労があってようやく眠れたみたいとだけ言い残し、マックール邸を後にした。

 ジークが持つ絶望は、そういう事だからかと私も理解は出来た。それに、彼の表情や様子からして、それは本当に起こってる事態なのだろう。

 ……けど、一体。私が裏切るとは、どういうことなの?

 私は現在もこうしてジークのことが大好きな訳だから、彼の親友のアルベールを異性として好きになんて、絶対にならない自信がある。

 というか、アルベールだけはダメだ。もし、何かのっぴきならないジークをそういう意味で裏切らなければならない理由があったと仮定して、そうしなければならないにしても、彼の名前だけは真っ先に候補から外すべき人物だった。

 それに、もうすぐ結婚する婚約者と信頼していた親友に裏切られ、愛する人を目の前で失う人生を、何度も繰り返すなんて……なんだか……ジークのことを、ただただ苦しめたいだけ、みたいじゃない?

 もしかしたら、誰かが……彼のこと、恨んでる……?

 もし、そうだとしたら……。そこまで思い至り、背筋がゾッとするほどの誰かの悪意を感じて、私は馬車の中でギュッと両手を組んで握り目を瞑った。

 とにかく、ジーク本人から詳しい事情を聞いたとしても、未だに良くわからない事態であることは、何も変わりない。

 けど、ジークがそんなにまで苦しむくらいだったら。私が代わりに犠牲になった方が、まだ良いと思ってしまうくらいにまで……絶望した様子を見せる、彼のことがただ心配だった。



◇◆◇


「ちょっと!! アルベール!! 貴方。私に懸想なんてしてないわよね?」

 私はマックール邸を出たその足で、アルベールの住むロナン伯爵邸へと赴いた。

 彼ら二人が幼い頃から仲が良いことから想像出来る通り、広い貴族街でも近所なので私もすぐに辿り着くことが出来た。

「招かれてもいない邸に来て、先触れもなく僕の自室に入って来て早々、いきなり何の話? レティシア。君は僕の大事な友人、ジークフリートが愛する婚約者だ。僕は異性愛者で一応は君も範疇内に居るとは言え、今まで恋愛対象にしようと思ったことは、毛ほども考えたことはない」

 珍しく眼鏡を掛けていたアルベールは自室でまったりと寛いでいたのか、大きなソファで本を読んでいた視線を上げた。そして、傍若無人な客人である私を慌てて追い掛けて来ていた執事に、目で合図をして彼をこの場から下がらせた。

 確かに私がしたことは、通常であれば彼の言う通りに、貴族間では許されるような無作法ではない。けど、これは到底通常の事態と言えるものではなかった。

 それは、三日前から寝込んでいるジークを知っているだろうアルベールも、物言わずとも察してはいるようだ。

「そうよね。お互いに、こうして可能性なんて……全く、ゼロなのに。でも……ジークは、私たち二人の仲を疑っている……なんで?」
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