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16 馬車

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 打ち合わせ通りに車止めに居る我が家の四頭立ての大きな馬車は、出発を今か今かと待っていたようだった。アルベールは、ロナン家の馬車で別に帰るだろう。ここに来た時と、同じように。

 御者に手を支えられて、馬車へと入ればこれから後でやって来ると思っていた人が、もう座っていて驚いた。

「わ。ジーク……早かったね? アルベール、首尾よく不審者を見つけることが出来たから、部下に言って追い掛けさせるって。上手く、行ったよ」

 私がふふっと微笑みながら彼の隣に腰掛けたら、ジークはそんなことなどどうでも良いと言わんばかりに、強く私の身体を抱きしめた。

「うん。僕もあれは今回は、全部嘘だと演技だと……頭では、理解しては居ても……本当に、傷付いた。レティシアは、僕だけのものなのに……」

「ジーク……私は、ジークフリート・マックールの婚約者で恋人だよ。十年前から……ずっと」

 ジークにぎゅうっと抱き込められた温かさは、慣れ親しんだものだ。とっても真面目な優等生のジークフリートとだって、触れるキスくらいはしたことはある。安心感に包まれているような、不思議な感覚だった。

 我が家の馬車に乗る予定の人物が全員揃ったので、御者は気を利かせて、私の合図を待たずに出発したようだった。

 夜会の開かれた大広間でアルベールが見つけたと言った人物も、誰なんだろう。アルベールの口振りでは、聞いても教えて貰えなさそうだったし。すごく、気にはなっていた。


◇◆◇


 先日の夜会で、不審な人物に目星を付けたアルベールが、部下を使って着々と捜査を進めている間に、私はいつもと同じようにジークと結婚式や新居について相談するためにマックール邸に来ていた。

 その犯人についてアルベールが言うには、私やジークが何をしているか筒抜けになるような調査をするための人員を割けるような、大きな組織的な犯行が出来るではないということだった。単独犯の、気配が濃厚。

 ただ、アルベールは、その人物については、私にはあまり情報を渡してくれていない。

 当たり前のことなんだけど、ただ疑わしいからだけでは逮捕は出来ない。今は何か決定的な証拠集めをして、間違いなく身柄を確保したいようだった。

 被害者本人が捜査に関わると良くないということで、最近はどうしても必要な仕事以外はアルベールや他の部下に仕事を任せているジークだったけど。彼だけは何かをアルベールから、聞いているのか。このところ物憂げで、浮かない表情のままだ。

 犯人は特定に近く、単独犯の可能性は大。だから、不特定多数の人前で見られて噂にでもならなければ、私とアルベールとの本当の関係などは、まんまと騙されてくれている人物に漏れることがない。

 それがわかったので、私たち二人はそのまま近く執り行われる予定の結婚式の準備を、進めて行こうということには……なったんだけど……。

「ね……ジーク? 大丈夫なの?」

「うん」

 今日だって式の相談にも身の入らないジークは私の問いかけにも、力なく頷き気のない返事だ。

 酷い悲劇の繰り返しの中から戻って来たというあの時から、本当にジークは人が変わってしまったようだった。

 けど、私の中にあるジークのことが好きな気持ちには、変わらず何の曇りもない。ただ、彼のことを好きなままだ。

「ねえ。ジーク。私の言ったこと、聞こえてる……?」

 私がもう一度彼に問えば、ジークはやっと言葉の意味を理解したのか慌てて頷いた。

「ごめん。少しだけ……考え事をしていた。さっきの君の言葉を、聞き逃してしまった。何?」
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