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第5話 母として、夫人として

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 取り乱していたお父様は、刃のように凛とした声に呼ばれて、ピタリと止まりました。

 ルビーのような真紅にサファイア色のメッシュが入った長い髪と右目を黒い眼帯で覆ったぶどう色の目したその人は、お母様であるメリザンド・ラパン。子爵令嬢から王国初の女騎士団長となり、わたしたち9人兄弟を生んだ伯爵夫人です。

「メリー、しかしだな……」

「シエルはまだ話の途中のようだ、最後まで聞いてから判断しても遅くはないのではないか?」

「うっ、確かにその通りだな……済まないシエル。僕としたことが先走ってしまった」

「平気ですお父様。わたしのことを心配してくれていることはよくわかっていますから」

「ああ……なんて優しいだ僕の天使は!やはりロドルフ卿には勿体なさすぎる!」

 お父様は感動したように目を潤ませながらわたしの頭を撫でました。お父様のナデナデはいつも通り優しいです。

「シエルよ、続きを聞かせてくれ」

 お母様は凛々しい声でわたしに促します。この声を聞くと身体の奥までピッシリと引き締まる気がします。

「……わたしはロドルフ様の言う通り、なんの才能もない凡才だと思います」

「そんなことはない!シエルは天使のように愛らしく優しい娘だ!凡才なんかじゃ——」

「アル、静かに」

「ハイ!」

「あはは……わたしは凡才令嬢ですが、このままロドルフ様に利用されたくありません。わたしだってラパン伯爵家の一員としての誇りがあります!ですから、凡才令嬢という評価をわたしの実力で覆したいです!」

「シエル……!」

 お父様はまた目を潤ませて口元を抑えています。お母様は何も言わずに頷きました。

「お父様、お母様。わたしに先生を付けてください!剣術も、学問も、魔法も、必ず上達してみせます!」

「……その道を進み続ければ、周りは必ずお前と兄弟たちを比べるだろう。凡才令嬢の噂にも後押しする可能性もある。それでも進むか?」

 今まで見たことない剣のような眼差しに、身体が凍りついたのがわかりました。いつもの優しく見守ってくれていたお母様としてではなく、特別な才能を持つラパン伯爵家の伯爵夫人として、お母様は尋ねている……わたしは一度深呼吸をして、負けないように目を見ていいます。

「はい!」

「……ふっ、そうか。ならば懸命に励むことだ。先生の方は私が用意する」

「っ!ありがとうございます!」

 こうして、わたしは荊が続く長い道に足を踏み入れたのでした。
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