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第二章 天正10年

閑話 続・兄上の馬鹿

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「本当に馬鹿です!酷いです!」
 と妹で拙者の叔母であるお市姉さんから説教を受ける、我が父織田三郎信長。

「……で、あるな」
 普段の勇猛果敢な態度が嘘のように、子犬のようにションボリして、正座で話を聞いている。

 なぜ父がこんな事になっているかの説明の前に、まずは自己紹介。
 拙者、名を織田勘太郎長雲と申す。
 マムシこと斉藤道三の娘、帰蝶と織田三郎信長の間に生まれた嫡子である。

 天正10年、6月某日。
 この日は拙者の父織田信長にとって、
いや日本にとっても節目の記念すべき日になるはずであった。
 日本初の内閣総理大臣になった父の就任式が、織田家の菩提寺であるここ、萬松寺で行われた。

 さて、なぜ父信長が総理になる事になったかと言えば7年前、天正3年に起きた槙島城の戦いまで遡る。

 織田軍と幕府軍の戦いで織田軍が勝利、軍本体である足利一族には逃げられたが幕府軍についた六角(旧浅井)家、朝倉家は捕らえられ、その処遇をどうするかという話になった。
 彼らの扱い如何で、今後織田に仇なす武将が現れた際の応対も決まるという大事な決断。

 他の織田家臣達が六角朝倉の根絶やしを進言する中、父の信長は判断を実の妹で拙者の叔母、と言っても一歳しか歳の違わない「お市」姉さんに委ねる。
 お市姉さんは生後三日で言葉を発した超天才児で、幼い頃より女だてらに戦場に赴き、数々の功績をあげていた。

 その姉さんは更に、婚約者の銀さんことシルベスタに相談した。
 
 彼は紀州の雑賀衆の手の者で、名前の通り西洋人の血を引いている。
 西洋知識にも造詣が深く、そこで出てきた銀さんの、仰天の提案。
 遠い異国には議会という制度があり、国民投票で選ばれた代議士が政治を司るのだという。

「実に面白い!」
 と父は高笑いする。

「もしそうだったらとしても、この三郎信長、負ける気が全くないな!」


 そして父信長は日本中の武将は元より、懇意にしている朝廷や逃亡した幕府にも呼びかけ、議会制度導入の意見を募った。
 結果、実に7割以上の武将がその提案に賛成し、議員制導入に向けた動きが加速する。

 しかし導入がほぼ決まって即選挙!とはいかず、残り3割の武将の反乱を鎮めるのが大変だった。
 特に落ち目の今川と公家系の武将、そして九州三豪や四国の長宗我部といった武将が最後まで抵抗した。
 逆に山陰山陽を牛耳る毛利と、その毛利の元に身を寄せていた幕府があっさりこの議会制を受け入れて、かくして毛利軍主導の元で四国の征伐が行われた。
 そこに紀州一帯、銀さん側の雑賀衆関連の協力があったのも大きい。

 更に九州豊後には立花誾千代という女城主がおり、
 以前姉さんが誾千代の父、立花道雪を不幸な事故で殺めてしまってからは織田家と仲違いしていた。

 その仲介に一役買ったのが、姉さん銀さんの間に生まれた銀髪の三つ子、
 ファーストコーブ茶々ティー
 外見からして天使そのものの彼女達の健闘もあって無事誾千代とも和解。

 そして立花家の仕える豊後を味方につけてしまえば、九州三豪と呼ばれた残る熊の龍造寺や鬼島津も瞬殺であった。

 そんなこんなで、ようやく去年に始まった国会議員選挙は二院制、公家や武将が実権を握る参議院と、国民誰もが参加可能の衆議院に別れていたが、参議院の当選者は父である織田信長を筆頭に織田派が多数を占め、衆議院の当選者は
かつてお市姉さんが興した女学校、愛染学院の卒業生が大半という結果になった。

 そもそも選挙の仕組みがまだ国民に浸透しておらず投票率も低い中、主に学のある人達が投票となれば、実績のある者に票が集まるのは当然である。
 国の長を決める総理大臣投票でも父親信長が圧勝し、組閣、つまり大臣決めの段階でも軍事や財務といった主要な役職は織田家臣が務めたが、それ以外の細かい大臣は愛染学院の卒業生が独占、実に大臣の8割が女性という結果になった。
 ちなみにお市姉さんは議員に立候補してなかったが、大臣は民間でもなれると言うことで兄信長から官房長官を拝命され大層不満げな様子だ。
 かくいう息子の拙者も、成り行きで副大臣に任命されたのだが。


「準備はいいですか?お兄様」
「……う、うむ」
 檄を飛ばす姉さんに、父にしては煮え切らない返事

「うん?少し緊張してるのかな」
 とお市姉さん。

「もう一世一代の大舞台ですよ!
 兄上、シャキッとして下さい!」
「で、あるか」

 姉さんにハッパをかけられて、父は楽屋裏から皆の待つ演説の舞台へと歩を進める。
 実は父の緊張は別の理由があるのだが、それは姉さんには内緒である。

 萬松寺には多くの支援者が詰めかけ、大きな歓声で迎えられる。

 その中には同じ選挙を戦った六角賢政殿もいて、お市姉さんを睨んでいた。
 六角殿は旧姓浅井の頃からお市姉さんに熱をあげていて、六角に婿養子に入ってからも姉さんを側室に狙っていた程だ。
 その後姉さんは銀さんと一緒になった事で衝撃を受け、今では憎しみのような感情すら抱いていると聞く。

 そんな六角殿が犬猫も殺せないような小さな拳銃を懐から取り出して、

 父の額に風穴を開け、
 そのまま父は仰向けに倒れる。

 当然演説会は大混乱、逃げ惑う人たち。
 さらに追い討ちをかけるように現れる、不死の兵隊たち。
 その筆頭は死んだ筈の、明智十兵衛光秀の娘、珠子。


 ええと……ちょっと待った。
 色々ありすぎて混乱しているので状況を整理させてくれ。

 まず父が撃たれるのは。これは六角殿と前もって示し合わせた茶番だ。
 この場で父信長は故人となり、拙者に政治を押し付けて自由の身になる予定であった。

 しかし明智珠子の登場は聞いてない。
 つまり何か、別の力が働いている。
 日本国の維持運営だけでも大変なのに……ちょっと待ってくれよ、どうすんだコレ。

 という辺りを拙者に変わってお市姉さんが滔々と説教している訳だ。

「……はあ、分かりました。
 兄上がそこまで面倒な政治をやりたくないというのなら、戸籍上は死んだ事にして、他の者に見つからないようにひっそり好きに生きて下さい」
「良いのか!?」
 お市姉さんの言葉に嬉しそうな父信長。

「ただし、です。
 明智や我が母、不死隊の黒幕が不穏です。その辺りを陰で探って下さい」
「心得た!奴らを秘密裏に屠ればいいのだな?」
「そしてくれぐれも目立つ行動をしないように。
 死んだ信長が生きていたとなれば大騒ぎです、もしバレた場合は私が本当に引導を……」
「わ、わかっておる」

 どうも父は姉さんに頭が上がらないらしい。
 やれやれ、これで何とかなればいいけど。
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