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4章 老緑の王は幼子に微笑む

47話 神殿の遺跡

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 風森の神殿は、前回と違い静寂に包まれている。魔物は一体も出てこないだけが理由ではない。動物と魔力が関係しない限りほぼ同じ生態であると考えても、遠吠えや小鳥のさえずる声の1つも聞こえないからだ。

「あっ、これは薬草なんだ。ここでしか自生していないんだよ」

 中層に入り、人の往来で固められた土の道を歩いている最中、アンジェラさんがおもむろに木に絡みついている蔓について話をする。
 ハートの形を薄い葉っぱがとても可愛らしく、所々に黄色の蕾がある。ほころび始めている蕾もあり、明日には綺麗な花を咲かせているだろう。
 どんな香りがするのだろう? どの虫が受粉を助けるのだろう? 実はどんな形?
 好奇心がどんどん湧いてくる。

「初めて見ました。どんな効能があるのですか?」
「胃腸を整えてくれるんだ。何か悪いものを食べて腹痛になった時には、これを煎じて飲むと良いよ。名前は……」

 それから、私とアンジェラさんは生息している植物の話で盛り上がった。
 話していくうちに、気を遣ってくれているのが分かり、私は内心感謝する。

「随分と歩いていますが、とても静かですね。本当に、遺物が何か知らせを魔物達に贈っているように思えてきます」

 ゲーム上では、遺物が意思を持っているなんて書かれてはいなかった。遺物を守っている精霊達が周囲に指示を出している、と考えた方が正しい気がする。
 遺物はリティナが手にすると宝石のような姿になり、魔法使いの師匠から貰った台座だけの特殊なネックレスにはめ込まれる。これによってレベルとステータスの上限が解放される。遺物はそのまま重要アイテム化し、ラスボス戦以外は完全に沈黙する。
 アンジェラさんの言った損失による環境の影響の話を合わせて考えると、ゲームのダンジョンで魔物が襲ってくるのは、リティナから遺物を守ろうとしていたから?

「ボクはこの沈黙が、竜が風森の神殿に再び現れたからだと予想しているんだ」

 考えながら周囲を見ていると、アンジェラさんがそう言った。
 再び。その言葉が引っ掛かり、首を傾げる。

「遺跡と何か関係があるのでしょうか?」

 会話を黙って聞いていたリュカオンが、アンジェラさんに訊いた。

「そう! さすがミューゼリアちゃんの護衛だ。頭が冴えてる!」

 アンジェラさんはすぐさまリュカオンを褒めた。
 風森の神殿の〈神殿〉の由来は、ダンジョン一帯に残されている800年以上前の遺跡群から。今も歩いていると、外壁と思われる石積みの一部や、階段の跡が森の中に点在する遺跡が見える。
 ゲームでは遺跡調査をするクエストが無かったので、背景の一部としか認識していなかった。
 リティナではない私が、自分なりに国を救いたいと思う事は、この世界の知らない部分をより深く知る必要があると実感する。

「長年調査している考古学者とボクは知り合いでね。彼が中層にある遺跡の下から人間の遺骨を発見したと教えてくれたんだ。しかも、総勢856人。1人1人石櫃に丁寧に収められていた。調べて行くとその遺骨には、牙による傷やひび割れがあった。みんな胸や腕、似たような位置や角度から捕食されている。でも、攻撃で出来たものではない。なんでだと思う?」

「えと……」
「竜が死体を捕食しているから、ですね」

 リュカオンの迷いのない答えに驚いた。

「そう。生贄説もあったけれど、骨の年齢がバラバラでね。墓地だと結論付けたんだ。その証拠に石櫃の中には、遺骨と一緒に竜を象った装飾品や刺繍された服が入れられていた。どれも高価なもので、死者に贈った品だと考察されている」

 古代文明の死生観は現代と違うとは知っているが、死体を竜に食べてもらうのは初めて聞いた。

(レフィード。神殿について教えてもらえないかな?)

 私は頭の中で、レフィードに頼んだ。

『わかった。あれらは、アンジェラの言う通り墓地だ。この地はかつて〈竜巻が生まれる森〉だった。竜は死者の国へと導く使者とされていた。彼らが食らう事で、肉体と魂の繋がりが断ち切られ、竜と人の魂は一体となり、空の先にあるとされる死者の国へと向かう。また竜の雄叫びは新たな生命の誕生の報せとされ、信仰されて来た。この文明は、約1100年前に滅んでいる』
(へぇ、興味深い信仰だね。滅んだ理由は、妖精王とは全く関係が無いのは意外)
『原因は人間同士の戦争だ。人間が世界を知るために動き出した時代であり、侵略と征服の時代だった。多くの文明がそれによって消えて行った。しかし……この神殿で信仰されていた風竜は絶滅している。戻って来るとは考え難い』
(え? 絶滅?)

 ゲーム上では風森の神殿で竜とバトルをした記憶がある。
 聖域に行く手前に現れるダンジョンボスの魔物だ。名前は風翼竜ヴァーユイシャ。
 スィヤクツ達と同じような、独特な言い回しの名前から、原住の種だと思っていた。
 本来の原住の風竜は絶滅し、新たに風翼竜がやって来た。ますます理由や原因が分からない。

「竜が降り立つとすれば、捕食をする為の祭壇があったはずだ。でも800年前の戦争によって他の遺跡共々破壊されている。位置関係を見ると、聖域と祭壇の場所が合致するとは考え難い。あくまでボクの予想だから外れもありえる。不確定要素が盛りだくさんだから、まずは聖域とその周囲の調査だ」
「まずは確実な所から調べる、ですね」

 私が同意をした瞬間、聖域の方角から突風が吹き荒れ、一斉に鳥達が鳴き始める。
 鼓膜が破れてしまいそうな程に、鋭く、大きく、様々な音程の声が響き渡る。

『ミューゼリア!』
「お嬢様!!」
「えっ?」

 思わず目を瞑ってしまった私は何かに服を掴まれ、宙に浮いた。
 目を開け見上げるとシュクラジャが私を前足で掴んで、上昇している。

「シュクラジャが昼間飛んでる!!!」
「今そんなこと言っている場合ですか!!」

 突風のせいで一歩遅れてしまった二人がこちらを見上げている。

「アタシに任せろ!!」
「え?」
「は?」

 キサミさんがゼノスさんの服を掴んだかと思うと、こちらへ思いっきり投げて来た。
 文字通り、投げて来た。あれも格闘技術の応用だろうか。

「うわああぁ!?」

 冷静になろうとして考えている間に、凄まじい速さでこちらへと飛んで来るゼノスさん。
 驚いたシュクラジャは対応しきれず激突する。しかし、シュクラジャは自身の風属性の魔力を使って体制を立て直し、ゼノスさんを後ろ足で掴んだ。その掴み方は、以前見た獲物を捕らえた時に比べて優しいように見えた。

「ゼノスさん!」
「い、今は大人しくしていろ。ちゃんと、守る」

 痛みに耐えながらゼノスさんはそう言った。
 既に15メートル以上の高さがあり、ここで暴れて落下すれば死んでしまう。今は2人とも成す術がない。
 シュクラジャは大風樹ではなく、別の方向へと飛んでいる。
 
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