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サイドストーリー:フリージア
残された時間
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「そうか…来週か。」
領地に帰ることになった、と告げると、ジョエルナ伯爵は静かにそう言った。
「それでは今日からはルビーを中心にソーティングしよう。領地に戻ってから役に立つだろうから。」
昨日の父の言いぶりからも、領地に戻ってからフリージアに仕事させてくれるとは思えない。
それでも、とフリージアは思う。
好きなことを学ぶのに、理由は要らない。
今できることを、全力でやるのだ。
ソーティングの作業が早めに終わると、初めて伯爵からお茶に誘われ、シックなティーサロンに通された。
年代もののマホガニーのテーブルに、銀のティーセットが並ぶ。
艶々のシロップの掛かったオレンジケーキを口に含むと、爽やかなオレンジの香りと甘味が口いっぱいに広がった。
「どうかね」
「とっても美味しいです」
「そうか、口に合ってよかった。今の若者が好むような菓子はわからなくてな…」
伯爵もカップに口をつける。
「それでその…差し支えなければ、昨日なぜ泣いたのか聞かせてもらえるかね」
フリージアは素直に話した。
どんなに呆れられるだろう、と内心恐れていたが、伯爵は特に意見することもなかった。
話し終え、しばしの沈黙の後、伯爵はティーカップをソーサーにコトリと置いて口を開いた。
「それで君はどうしたいのかね」
「考えてみたのですが、どうすればいいのか、わかりません…」
謝罪の手紙は書いてみた。だが、気軽に手紙を渡せる相手でもない。もう思い出したくもないかもしれない。相手を煩わせるだけなら、謝意を示したいこの気持ちは心の内に留めておくべきなのか、とも思う。
「儂にも、消えてなくなりたいと思うほどの失敗や後悔はいくらでも覚えがある。」
「そうなのですか?」
厳格そうな伯爵が失敗で苦悩する姿など思いつかなかった。
「大事なのは、そこからどう取り返すか、だ。失敗を失敗のまま終わらせるのか、その時の失敗があったから今がある、と後に思えるかどうか。大いに悩むことだ、ミス ターナー。」
その後、今後の仕事の予定を相談し、カエルの捕獲もソーティングも、翌週の水曜までで終わりにすることにした。
カエルの捕獲の後、テオは毎日女性で賑わっているカフェに連れて行ってくれる。
「意外だわ」
いつも通りアイスコーヒーを頼んだテオがこちらに目を向ける。
「何が」
「テオがこういうおしゃれなお店をよく知ってること」
「まあな、これくらい常識だ」
「ふぅん…」
食べることに興味ないくせに、こんな…女の子の好きそうなお店はよく知ってるのね…
思わず半目になってしまうフリージアだった。
「ねぇ、テオは後悔したことある?」
ジョエルナ伯爵邸の迎えが来る場所まで、移動する道すがら、フリージアは尋ねた。
「特に…ないな」
「そう…」
後悔がひとつもないなんて、やはり天才は失敗しないのだろうか。
「君は何か後悔してることでもあるのか?」
「それは…もちろんあるわよ」
到着したが、まだ馬車は来ていなかったので手近な所にあるベンチに腰を下ろす。
「後悔するということは、そうしない選択肢があった、と言うことか?」
「そうしない選択肢?」
テオが頷く。
「何かの本で読んだ。後悔と言うのは、『そうしない選択肢もあったのに』そうではない選択をしてしまったことで後から悔やむのだ、と。」
そうしない選択肢ー
王太子様の登場に舞い上がり、側妃になりたいがために振る舞ったあの日々が蘇る。
あの時のフリージアにはその選択肢しか見えなかった。そうしない選択肢など…考えもしなかった。
「それなら、そうでない選択肢を取らなかった自分を責めるだけ無駄だ。」
「そんな…理屈じゃないわ」
「そうかもしれないが、自分の選択肢になかったことまで責任を取ろうとするのは、やり過ぎだと思わないか?俺の職場には、そういう真面目な奴が多過ぎる」
「はいはい。さっきテオに聞こうとした、私の選択肢に後悔してるのは間違いないわ」
そう言って、くすくすと笑い出したフリージアに、テオも笑顔で頷いた。
領地に帰ることになった、と告げると、ジョエルナ伯爵は静かにそう言った。
「それでは今日からはルビーを中心にソーティングしよう。領地に戻ってから役に立つだろうから。」
昨日の父の言いぶりからも、領地に戻ってからフリージアに仕事させてくれるとは思えない。
それでも、とフリージアは思う。
好きなことを学ぶのに、理由は要らない。
今できることを、全力でやるのだ。
ソーティングの作業が早めに終わると、初めて伯爵からお茶に誘われ、シックなティーサロンに通された。
年代もののマホガニーのテーブルに、銀のティーセットが並ぶ。
艶々のシロップの掛かったオレンジケーキを口に含むと、爽やかなオレンジの香りと甘味が口いっぱいに広がった。
「どうかね」
「とっても美味しいです」
「そうか、口に合ってよかった。今の若者が好むような菓子はわからなくてな…」
伯爵もカップに口をつける。
「それでその…差し支えなければ、昨日なぜ泣いたのか聞かせてもらえるかね」
フリージアは素直に話した。
どんなに呆れられるだろう、と内心恐れていたが、伯爵は特に意見することもなかった。
話し終え、しばしの沈黙の後、伯爵はティーカップをソーサーにコトリと置いて口を開いた。
「それで君はどうしたいのかね」
「考えてみたのですが、どうすればいいのか、わかりません…」
謝罪の手紙は書いてみた。だが、気軽に手紙を渡せる相手でもない。もう思い出したくもないかもしれない。相手を煩わせるだけなら、謝意を示したいこの気持ちは心の内に留めておくべきなのか、とも思う。
「儂にも、消えてなくなりたいと思うほどの失敗や後悔はいくらでも覚えがある。」
「そうなのですか?」
厳格そうな伯爵が失敗で苦悩する姿など思いつかなかった。
「大事なのは、そこからどう取り返すか、だ。失敗を失敗のまま終わらせるのか、その時の失敗があったから今がある、と後に思えるかどうか。大いに悩むことだ、ミス ターナー。」
その後、今後の仕事の予定を相談し、カエルの捕獲もソーティングも、翌週の水曜までで終わりにすることにした。
カエルの捕獲の後、テオは毎日女性で賑わっているカフェに連れて行ってくれる。
「意外だわ」
いつも通りアイスコーヒーを頼んだテオがこちらに目を向ける。
「何が」
「テオがこういうおしゃれなお店をよく知ってること」
「まあな、これくらい常識だ」
「ふぅん…」
食べることに興味ないくせに、こんな…女の子の好きそうなお店はよく知ってるのね…
思わず半目になってしまうフリージアだった。
「ねぇ、テオは後悔したことある?」
ジョエルナ伯爵邸の迎えが来る場所まで、移動する道すがら、フリージアは尋ねた。
「特に…ないな」
「そう…」
後悔がひとつもないなんて、やはり天才は失敗しないのだろうか。
「君は何か後悔してることでもあるのか?」
「それは…もちろんあるわよ」
到着したが、まだ馬車は来ていなかったので手近な所にあるベンチに腰を下ろす。
「後悔するということは、そうしない選択肢があった、と言うことか?」
「そうしない選択肢?」
テオが頷く。
「何かの本で読んだ。後悔と言うのは、『そうしない選択肢もあったのに』そうではない選択をしてしまったことで後から悔やむのだ、と。」
そうしない選択肢ー
王太子様の登場に舞い上がり、側妃になりたいがために振る舞ったあの日々が蘇る。
あの時のフリージアにはその選択肢しか見えなかった。そうしない選択肢など…考えもしなかった。
「それなら、そうでない選択肢を取らなかった自分を責めるだけ無駄だ。」
「そんな…理屈じゃないわ」
「そうかもしれないが、自分の選択肢になかったことまで責任を取ろうとするのは、やり過ぎだと思わないか?俺の職場には、そういう真面目な奴が多過ぎる」
「はいはい。さっきテオに聞こうとした、私の選択肢に後悔してるのは間違いないわ」
そう言って、くすくすと笑い出したフリージアに、テオも笑顔で頷いた。
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