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懐妊編
監査2日目
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監査2日目。
1日目の書類審査を終え、今日はこの監査の肝と言ってもいい、直接監査の日だ。
王宮内を自由に巡り、設備面の確認をしたり、王宮に勤める者を呼び止めて自由に質問したりする。
監査するルートは相手国へは事前には伝えないので、平たく言うと抜き打ちチェックである。
担当者で固めた書類審査であれば、うまく取り繕うこともできるかもしれないが、今日の直接監査では質問されるのが担当者とは限らない。
グロース王国側が、ボロを出すのも時間の問題だ。
ジルは気合を入れ直した。
「本日は3班に分かれて回ります。それぞれの班に担当をつけてください」
総勢16名の監査評定員が3班に分かれ、それぞれの班で王宮を巡る。
ジルの班には厚生府長官が担当者として付いた。
ヴァシリス上皇の班にはセイラム王太子が担当として付いたが、それはそれでジルに異存はない。
「それでは、我々の班は法治府へ向かいます。レダー長官、案内をお願いします」
「こちらです」
レダー長官の先導のもと、旧宮へ向かう。
廊下をすれ違う文官たちが、緊張した面持ちで足早に去っていく。
中には、ジルたちの姿を見とめて、あからさまに進行方向を変える者もいる。
王宮全体に、緊張感が張り巡らされていた。
法治府に到着すると、法治府長官を呼び出し、監査に同行してもらう。
「長官、この部署には女性専用の手洗い所はありますか」
「いえ、この部署にあるのは男性用だけですな…」
「それでは、ここに配属された女性職員はどこの手洗い所を使用するのですか?」
「配属されたとしたら、今の段階では1階の受付来客スペースの手洗い所まで降りてもらう形になります…」
「なるほど、ここに配属された女性はかなり不便を強いられますね?これについては何か改善案を考えていますか?」
法治府長官は、眉間と口をぐっと窄めた。
「どうにかしたいとは思っておるんですが、建物自体が古く、なかなか限界がありまして…」
「しかしそれは女性職員には関係のないことです。早急に対策を」
「…善処します」
やっと、本来の調子を取り戻してきたような気がする。
この意気だ。
ジルは張り切って次の階に進んだ。
しかし、ジルはその後も思うような成果を挙げられない。
まず、文官たちがやたらと詳しい。
今回の監査では、新しい産休育休制度の出来た背景に焦点を当てて尋ねることにしていた。
制度そのものを聞かれるよりも、難易度は高いはずだ。
にも関わらず、文官たちは朝飯前とでも言うように、饒舌に語り出す。
「我が国の産休育休制度は先の戦より変わらずカビの生えかけた制度でしたが、それでも平民からは特に反発はありませんでした。特に育休を取るものはほとんどおりませんでした。給金の保証もほとんど無かったために、休むと生活に直結しますからな。今回の急な見直しは、きっかけは王太子妃のご懐妊ではありましたが、いわゆる職業夫人の増加を後押しする狙いもありまして…」
4名の文官への質問を終えたところで、評定員の1人が、ジルに耳打ちする。
「制度改定の背景を正しく理解しているようですね…」
初めはたまたま詳しい文官に声を掛けてしまったのだろう、と思っていたが、それだけでは説明がつかない。
想定問答集を丸暗記しているような様子もない。
「今後の課題ですか?産休育休の施行が始まるので、周知徹底はまず課題となっております。王太子殿下は、父親の育休制度を設けたいと考えておられるようですが、私個人的には、まずは育休明けの女性が安心して働けるように、子どもを預けられる場所などの整備が急務かと思ったりしておりまして…監査中に恐れ入りますが、皆様の目から見て手本となるような国があればお教え頂けますでしょうか?」
他の評定員が助言している側で、ジルは思わず声を上げた。
「あの、伺いたいのですが」
「はい?」
「ここまで何名かに似たような質問を伺ってきたのですが、皆さん、非常に詳しくていらっしゃる。なぜでしょう?ここにいる方全員が、制度見直しに関わっていたのでしょうか?」
「あぁ、そう言うわけではないんですが、制度見直しの際に、いくつも研修がありまして」
「研修?」
「はい。元々は制度見直しに関わる文官向けだったんですが、その研修を機に、モテなかった文官が結婚したり、離縁間近と言われていた夫婦がイチャつくまでに仲良くなったりしましてね!」
それとこれと、何の関係があるのだろう?話が見えずジルは眉をひそめた。
文官は意気揚々と続ける。
「研修を受けると女性にモテるらしいと、文官たちの間でそりゃもう、一気に評判になりまして。女性からも、研修に出た男は気遣いができる、とそれだけで印象が良いみたいで」
「はぁ」
「研修を受けたい、と希望者が殺到しましてね。企画者である殿下にも、制度見直しに関わらない文官向けの研修の開催を許可していただきまして、その後、何クールか研修が組まれたのです」
だから、ここにいる文官はほぼほぼ全員が研修を受けてます!と胸を張って答える文官。
一朝一夕で覚えた知識ではないと思ってはいたが。
想定とは違う成り行きではあるが、この国の変化を、ジルも認めざるをえなかった。
1日目の書類審査を終え、今日はこの監査の肝と言ってもいい、直接監査の日だ。
王宮内を自由に巡り、設備面の確認をしたり、王宮に勤める者を呼び止めて自由に質問したりする。
監査するルートは相手国へは事前には伝えないので、平たく言うと抜き打ちチェックである。
担当者で固めた書類審査であれば、うまく取り繕うこともできるかもしれないが、今日の直接監査では質問されるのが担当者とは限らない。
グロース王国側が、ボロを出すのも時間の問題だ。
ジルは気合を入れ直した。
「本日は3班に分かれて回ります。それぞれの班に担当をつけてください」
総勢16名の監査評定員が3班に分かれ、それぞれの班で王宮を巡る。
ジルの班には厚生府長官が担当者として付いた。
ヴァシリス上皇の班にはセイラム王太子が担当として付いたが、それはそれでジルに異存はない。
「それでは、我々の班は法治府へ向かいます。レダー長官、案内をお願いします」
「こちらです」
レダー長官の先導のもと、旧宮へ向かう。
廊下をすれ違う文官たちが、緊張した面持ちで足早に去っていく。
中には、ジルたちの姿を見とめて、あからさまに進行方向を変える者もいる。
王宮全体に、緊張感が張り巡らされていた。
法治府に到着すると、法治府長官を呼び出し、監査に同行してもらう。
「長官、この部署には女性専用の手洗い所はありますか」
「いえ、この部署にあるのは男性用だけですな…」
「それでは、ここに配属された女性職員はどこの手洗い所を使用するのですか?」
「配属されたとしたら、今の段階では1階の受付来客スペースの手洗い所まで降りてもらう形になります…」
「なるほど、ここに配属された女性はかなり不便を強いられますね?これについては何か改善案を考えていますか?」
法治府長官は、眉間と口をぐっと窄めた。
「どうにかしたいとは思っておるんですが、建物自体が古く、なかなか限界がありまして…」
「しかしそれは女性職員には関係のないことです。早急に対策を」
「…善処します」
やっと、本来の調子を取り戻してきたような気がする。
この意気だ。
ジルは張り切って次の階に進んだ。
しかし、ジルはその後も思うような成果を挙げられない。
まず、文官たちがやたらと詳しい。
今回の監査では、新しい産休育休制度の出来た背景に焦点を当てて尋ねることにしていた。
制度そのものを聞かれるよりも、難易度は高いはずだ。
にも関わらず、文官たちは朝飯前とでも言うように、饒舌に語り出す。
「我が国の産休育休制度は先の戦より変わらずカビの生えかけた制度でしたが、それでも平民からは特に反発はありませんでした。特に育休を取るものはほとんどおりませんでした。給金の保証もほとんど無かったために、休むと生活に直結しますからな。今回の急な見直しは、きっかけは王太子妃のご懐妊ではありましたが、いわゆる職業夫人の増加を後押しする狙いもありまして…」
4名の文官への質問を終えたところで、評定員の1人が、ジルに耳打ちする。
「制度改定の背景を正しく理解しているようですね…」
初めはたまたま詳しい文官に声を掛けてしまったのだろう、と思っていたが、それだけでは説明がつかない。
想定問答集を丸暗記しているような様子もない。
「今後の課題ですか?産休育休の施行が始まるので、周知徹底はまず課題となっております。王太子殿下は、父親の育休制度を設けたいと考えておられるようですが、私個人的には、まずは育休明けの女性が安心して働けるように、子どもを預けられる場所などの整備が急務かと思ったりしておりまして…監査中に恐れ入りますが、皆様の目から見て手本となるような国があればお教え頂けますでしょうか?」
他の評定員が助言している側で、ジルは思わず声を上げた。
「あの、伺いたいのですが」
「はい?」
「ここまで何名かに似たような質問を伺ってきたのですが、皆さん、非常に詳しくていらっしゃる。なぜでしょう?ここにいる方全員が、制度見直しに関わっていたのでしょうか?」
「あぁ、そう言うわけではないんですが、制度見直しの際に、いくつも研修がありまして」
「研修?」
「はい。元々は制度見直しに関わる文官向けだったんですが、その研修を機に、モテなかった文官が結婚したり、離縁間近と言われていた夫婦がイチャつくまでに仲良くなったりしましてね!」
それとこれと、何の関係があるのだろう?話が見えずジルは眉をひそめた。
文官は意気揚々と続ける。
「研修を受けると女性にモテるらしいと、文官たちの間でそりゃもう、一気に評判になりまして。女性からも、研修に出た男は気遣いができる、とそれだけで印象が良いみたいで」
「はぁ」
「研修を受けたい、と希望者が殺到しましてね。企画者である殿下にも、制度見直しに関わらない文官向けの研修の開催を許可していただきまして、その後、何クールか研修が組まれたのです」
だから、ここにいる文官はほぼほぼ全員が研修を受けてます!と胸を張って答える文官。
一朝一夕で覚えた知識ではないと思ってはいたが。
想定とは違う成り行きではあるが、この国の変化を、ジルも認めざるをえなかった。
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