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ケモノはシーツの上で啼く Ⅰ
18.誘惑
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「……ゆ、誘惑しないで下さい」
もっと撫でてほしいという願望がなくもないが、子供扱いされているようでもあり、柴尾は遠慮がちに言った。
斎賀は瞠目した後、目を瞬かせた。
「何もしていないぞ」
「してるじゃないですか」
柴尾は視線を動かし、斎賀に示す。
「……こんなことが、か?」
そんなことを言われるのが信じられない、と言いたげな視線が返ってきた。
「ファミリーの中でもしっかり者の大人だと思っていたが、こんなことくらいで誘惑などとは、柴尾は随分とお子様で容易い男のようだ」
可笑しそうに、斎賀の口元が笑む。
こっちは恋する男だと言うのに、酷い言われようだ。
本来の柴尾は、そんなウブではない。
頭に乗せられていた斎賀の手が、耳の形をなぞりゆっくり頬へと下りる。
ソファが軽く軋んだ。斎賀が腰を浮かしたからだ。
長くて綺麗な指先が、柴尾の顎の輪郭をなぞるように、ゆったりと動いた。
少し顎を持ち上げられる。柴尾は瞠目した。
目の前で銀の髪が揺れた。
斎賀の顔が、すぐ近くにあった。
斎賀の形の良い唇が動く。
「誘惑すると言うのならば、せめてこれくらい……」
息をするのを忘れた。
もう少しで、口付けをしてしまえそうだと思った。
柴尾がそう考えた瞬間、まるで考えを読まれたかのように斎賀が体を離した。
しまった、という気まずそうな顔をしていた。
「………」
触れていた斎賀の指は離れたが、柴尾の肌に感触は残っていた。頬がじわりと熱くなる。
斎賀に頬を触れられた。
口付けができそうなくらい、近付いた。
斎賀に、誘惑された。
尾がぱさっと揺れる。
「ほ、他には……っ」
柴尾は追いかけるように、斎賀の手首を掴んだ。
もっと、誘惑されたい―――。
「それだけでは……ないでしょう? 斎賀様の誘惑の技は」
斎賀の眼が柴尾を捉えた。
「……何を上手く乗せようとしているんだ」
すぐに呆れた顔を返される。
「バレましたか」
柴尾は冗談めかして、斎賀の手を離した。
「まるで私が、普段からそのような振る舞いをしているかのような言い方はやめてくれ」
技などなくとも、斎賀は色んな人を惑わしているようなものだ。
柴尾は小さく苦笑した。
まったく、と斎賀が続ける。
「誘惑するなと言ったり、誘惑しろと言ったり、どっちだ」
「そんなの本心では、して欲しいに決まってるじゃないですか」
開き直った態度を斎賀に示した。
斎賀はふいと横顔を見せた。
「本気の奴にくれてやる誘惑などない」
これ以上好かれては困ると言いたげだ。
けれど、柴尾はもう諦めないと決めた。
「ケチですね」
無礼を承知でぼそっと呟く。
斎賀の横顔が、ぴくりと反応した。
「言うようになったな」
「いつもの僕らしいでしょう。もう、斎賀様だからと言って遠慮はしません。何なら、そのうち僕が誘惑します」
斎賀が目を瞠った。
「柴尾が、誘惑?」
呟いた後、斎賀から笑みがこぼれた。
「くっくっ……。それは面白い」
「笑うところではないのですが……」
「いや、悪い。しかし、妙に可笑しくてな」
何ら計画があって言ったわけではないが、柴尾が斎賀を誘惑するというのはそんなにも可笑しいのか。
あまりに年下でそういった魅力がないということなのなら、男としては複雑な心境だ。
「笑っていられるのも今のうちですから」
真面目な声音になると、斎賀が笑うのを止めた。
振り向いた斎賀の目を、柴尾はまっすぐに見つめる。
「僕はもっと自分を磨いて、斎賀様にも惚れてもらえるような、魅力的で男らしい男になります。いつか斎賀様のことを誘惑して押し倒す時がきたら、今笑ったことを後悔させますから」
「ちょっと待て」
斎賀から、制止の声がかかった。
「……まさかとは思うが、そっちか?」
もっと撫でてほしいという願望がなくもないが、子供扱いされているようでもあり、柴尾は遠慮がちに言った。
斎賀は瞠目した後、目を瞬かせた。
「何もしていないぞ」
「してるじゃないですか」
柴尾は視線を動かし、斎賀に示す。
「……こんなことが、か?」
そんなことを言われるのが信じられない、と言いたげな視線が返ってきた。
「ファミリーの中でもしっかり者の大人だと思っていたが、こんなことくらいで誘惑などとは、柴尾は随分とお子様で容易い男のようだ」
可笑しそうに、斎賀の口元が笑む。
こっちは恋する男だと言うのに、酷い言われようだ。
本来の柴尾は、そんなウブではない。
頭に乗せられていた斎賀の手が、耳の形をなぞりゆっくり頬へと下りる。
ソファが軽く軋んだ。斎賀が腰を浮かしたからだ。
長くて綺麗な指先が、柴尾の顎の輪郭をなぞるように、ゆったりと動いた。
少し顎を持ち上げられる。柴尾は瞠目した。
目の前で銀の髪が揺れた。
斎賀の顔が、すぐ近くにあった。
斎賀の形の良い唇が動く。
「誘惑すると言うのならば、せめてこれくらい……」
息をするのを忘れた。
もう少しで、口付けをしてしまえそうだと思った。
柴尾がそう考えた瞬間、まるで考えを読まれたかのように斎賀が体を離した。
しまった、という気まずそうな顔をしていた。
「………」
触れていた斎賀の指は離れたが、柴尾の肌に感触は残っていた。頬がじわりと熱くなる。
斎賀に頬を触れられた。
口付けができそうなくらい、近付いた。
斎賀に、誘惑された。
尾がぱさっと揺れる。
「ほ、他には……っ」
柴尾は追いかけるように、斎賀の手首を掴んだ。
もっと、誘惑されたい―――。
「それだけでは……ないでしょう? 斎賀様の誘惑の技は」
斎賀の眼が柴尾を捉えた。
「……何を上手く乗せようとしているんだ」
すぐに呆れた顔を返される。
「バレましたか」
柴尾は冗談めかして、斎賀の手を離した。
「まるで私が、普段からそのような振る舞いをしているかのような言い方はやめてくれ」
技などなくとも、斎賀は色んな人を惑わしているようなものだ。
柴尾は小さく苦笑した。
まったく、と斎賀が続ける。
「誘惑するなと言ったり、誘惑しろと言ったり、どっちだ」
「そんなの本心では、して欲しいに決まってるじゃないですか」
開き直った態度を斎賀に示した。
斎賀はふいと横顔を見せた。
「本気の奴にくれてやる誘惑などない」
これ以上好かれては困ると言いたげだ。
けれど、柴尾はもう諦めないと決めた。
「ケチですね」
無礼を承知でぼそっと呟く。
斎賀の横顔が、ぴくりと反応した。
「言うようになったな」
「いつもの僕らしいでしょう。もう、斎賀様だからと言って遠慮はしません。何なら、そのうち僕が誘惑します」
斎賀が目を瞠った。
「柴尾が、誘惑?」
呟いた後、斎賀から笑みがこぼれた。
「くっくっ……。それは面白い」
「笑うところではないのですが……」
「いや、悪い。しかし、妙に可笑しくてな」
何ら計画があって言ったわけではないが、柴尾が斎賀を誘惑するというのはそんなにも可笑しいのか。
あまりに年下でそういった魅力がないということなのなら、男としては複雑な心境だ。
「笑っていられるのも今のうちですから」
真面目な声音になると、斎賀が笑うのを止めた。
振り向いた斎賀の目を、柴尾はまっすぐに見つめる。
「僕はもっと自分を磨いて、斎賀様にも惚れてもらえるような、魅力的で男らしい男になります。いつか斎賀様のことを誘惑して押し倒す時がきたら、今笑ったことを後悔させますから」
「ちょっと待て」
斎賀から、制止の声がかかった。
「……まさかとは思うが、そっちか?」
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