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二章
20.偵察失敗
しおりを挟む21時頃、冬真が店に行ってから数時間経つけど、その間に連絡は一切無かった。仕事中だし当たり前の事なんだけど、俺はいつでも電話を取れるように書き物やパソコン作業中でもスマホを目に付く所に置いて今か今かと待っていた。
いやいや、光ちゃんもいるんだし大丈夫だとは思うんだけどね。それでもやっぱり心配じゃん?それに、俺が会いたいんだよ冬真に。
「んー、気分転換にお酒でも飲むか~」
俺はワインが好きで、良く一人で飲むんだけど最近は冬真と飲む事が多くなってたからなんだかなぁと思う。俺ってこんなに寂しがり屋だったのか。
一度手にしたワインボトルをワインセラーに戻して俺は寝室で上着を羽織る。そして壁に掛けてあるバケットハットを被り、サングラスも着用。帽子とサングラスは空が置いてったものを借りてそのまま使ってるのは内緒だ。そのまま家を出て足取り軽く店へ向かう。
これは抜き打ちチェックだ。新人が副店長不在時にもちゃんと真面目に勤務しているかの業務チェックだ。自分にそう言い聞かせて機嫌良く歩く。
別に冬真の顔が見たくて行く訳でもないし、冬真のバーテンダー姿が見たくて行く訳じゃないんだから。そう思い込みながら気を引きしめようとするけど、冬真の事を考えるとどうも緩んでしまう。
あー、早く会いたいなぁ♪今日はどんなお酒作ってくれるかなぁ♪平日だから邪魔にはならないよね♪光ちゃんには茶化されそうだけど、それでも俺はいつもより早く店に到着していた。
カランカランと音を立てて中に入ると、すぐにカウンターにいた冬真が気付いて顔を向けた。良い!客として迎えられるのも良いなぁ♡
中には奥のカウンター席に男性が一人、テーブル席に大人な雰囲気の男女のカップルが一組。平日らしい店内だった。
「いらっしゃいませ♪お一人様ですか?」
「…………」
俺は頷いて答えると、冬真はニコッと笑って空いてるカウンター席に通された。既にいた男性から何個か空けて座ると、男の接客をしていたのか、軽く声を掛けてからこちらへ歩いて来た。
「今日はどんなのをお出ししましょう?」
ニコニコ愛くるしい笑顔を向ける冬真にドキドキしつつもどうしようか考える。
一応変装して来たけど、冬真のこの反応は俺だってバレてないのか?すぐにバレるかと思ったけど、それならバレるまでは明かさずに様子見たいな。俺はなるべく低く、短く、素早く喋る事にした。
「軽いやつ」
「かしこまりました♪苦手な物とかはありませんか?」
「無い」
「ふふ♪」
ぶっきらぼうに答えると、冬真は軽く笑ってお酒を作り始めた。最後の笑いはなんだ?もしかして俺だって分かってて楽しんでるのか?
ドギマギしながらも冬真の手元をチェックする。無駄のない綺麗な手捌き、あれからいろいろ光ちゃんから教わってるのを見たけど、大分様になってるじゃないか。
そしてもう一人の男性客に声を掛けられてニコッと笑って落ち着いた様子で返していた。やっぱり接客スキルは高いな。作業をしながら愛想良くしてお互いに嫌な思いをさせないようにしようとしているのが分かった。
「お待たせ致しました。ファジーネーブルです」
「……どうも」
グラスの端にオレンジが付いたオレンジ色のカクテルを出された。オレンジとピーチを合わせた酸味も甘みも楽しめるカクテルだ。アルコール度数も低めでお酒が苦手な人にも飲みやすくてオススメ。
今日は酔いたい訳じゃないから偵察するのにちょうど良いかもな。それにしても冬真って本当にかっこいいなぁ。動きや笑顔や接客の仕方をこうやって客視線で見ても、とてもバーテンダー初心者には見えないや。
俺は出されたファジーネーブルを飲みながらそんな事を思って見惚れてたら、奥から出て来た光ちゃんと目が合った。両手に今作って来たであろうフードを持って、そして笑って普通に声を掛けて来た。
「なんだよ雪!来てたのか♪」
「ぶっ!!」
速攻でバレてんじゃん!変装の意味なかったよ!まぁ光ちゃんとは長い付き合いだし当然か。俺は少し恥ずかしく思いながらも帽子とサングラスを外して改めて冬真を見た。
「よう、ちゃんとやってるみたいで安心したわ」
「やってますよー♪雪さん来てくれて嬉しいですー♡」
正体が俺だと分かっても変わらない態度に、やっぱり冬真も気付いてたのかとますます恥ずかしくなる。早く飲んで帰ろう。
テーブル席にフードを提供し終えた光ちゃんが俺の側まで来てニヤニヤ笑った。
「なーに可愛いの飲んでんの♪可愛こぶってんのかー?」
「違うわ!軽めの頼んだら出されたんだわ!」
「俺から見た雪さんのイメージです♡甘酸っぱくて可愛い感じ♡」
「はは!雪が甘酸っぱいだとよ!笑っちゃうよな~?なぁ?ワタル~?」
「は?ワタルって何言ってんの?」
豪快に笑う光ちゃんはバーの店長とは思えないぐらいにやかましかった。そして光ちゃんが話し掛けるようにハッキリ呼んだ名前に、一瞬冬真の事を間違えたのかと思ったけど、そうじゃなかったらしい。
光ちゃんの向こう側にいる一人の男がギクッと肩を震わせているのが見えて、俺は全身の毛が逆立つ思いだった。
話を振られてゆっくりこちらを見て来る奥のカウンター席に座る男は、まさかの東郷ワタルだった。
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