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二章
22.叱られる子供達
しおりを挟む俺達の前にそれぞれカクテルを提供して満足そうに笑っている冬真に俺はワタルが飲めない事を伝えようとすると、ワタルがニッコリ笑って言った。
「冬真くん、これはどういう飲み物なのー?」
「マティーニと言いまして、ジンとベルモットを合わせたカクテルとなっております。カクテルの王様と言われていて、とても人気のあるカクテルです」
「お酒だよね?僕さっき飲めないって言ったじゃない」
「あ、冬真知ってたのか?」
「はい。雪さんが来る前にノンアルを注文していました」
「僕に飲めない物をくれるってどう言う事なのかな?」
「…………」
笑顔のワタルの質問に答えられない冬真。俺なら分かるよ。俺とワタルが仲良くしてるのが嫌だったんじゃないかな。俺はシュンとする冬真にニッコリ笑ってやった。
「冬真、俺からしたら面白かったけど、飲めない人にアルコールを強要するのはダメだ。今回はワタルだったから良かったけど、他のお客さんには絶対したらダメだよ」
「はい。ごめんなさい」
「いいよ。僕飲むよ」
「ワタルやめとけって。それ強いから」
俺が仕事の先輩としてちゃんと教えていると、ワタルは笑顔のままマティーニが入ったグラスを手にして口を付けようとしていた。俺の記憶だと、ワタルは缶チューハイ一本も飲みきれない程弱いんだ。俺はさすがにヤバいと思って止めようとしたら、俺より先にワタルの隣から腕が伸びて来てグラスを奪うように取った。
あ、光ちゃんだ。
「あ!」
光ちゃんにグラスを取られて不服そうにしてるワタルをジロリと見下ろす光ちゃん。それからカウンターの中にいる冬真を睨んでマティーニを一気に飲み干した。光ちゃんならマティーニぐらい余裕だと思うけど、それよりも気になるのは光ちゃんが怒ってるって事だ。
普段はちょっとやそっとの事じゃ怒らない光ちゃんは今物凄く怒っていた。
「光ちゃん!それ僕の!」
「ワタル、よせ」
「飲めねぇのに無理に飲もうとするんじゃねぇ!ほんとに成長しねぇガキだな!」
文句を言おうとするワタルに叱った後、グラスをカウンターの上に置いて中にいた冬真を睨んだ。怒ってる光ちゃんを見た事がない冬真はビクッと反応して、怯えていた。
「冬真、酒で遊ぶんじゃねぇ。次やったらクビだからな」
「はい……すみませんでした……」
「もう今日は上がれ。俺一人でいい」
「……はい」
光ちゃんに叱られてすっかり元気を無くす冬真。こんな光ちゃんは久しぶりに見るな。てか何年振りってぐらいに見る気がする。それぐらい光ちゃんは怒らない。
言われた通り裏に入って行く冬真を追おうと俺が立ち上がると、光ちゃんに呼び止められた。
「おい雪」
「はい?」
「お前も先輩として後輩が間違った事してたらもっとキツく叱れや。俺じゃなくてお前の役目だろうが」
「……気を付けるよ」
「はぁ、俺も配慮が足りなかったわ。お前が来るのを予想してたのに事前にお前に連絡しとくべきだったわ」
「それってワタルの事?」
「そうだよ。とにかく冬真は上がらせるから後は頼んだぞ」
「うん。一緒に帰るよ」
俺は財布からお金を出してカウンターに置いて奥へ行こうと立ち上がる。その時ワタルと目が合ってニコッとされた。
「ゆっきー、また会おうよ」
「もう会わねぇよ。じゃあな」
「相変わらずだな~。でも変わってなくて嬉しい♪」
「ふんっ」
嬉しそうに笑うワタルにそっぽを向いて奥へ行くと、椅子に座ってボーっとしてる冬真を見つけた。そうだよね、光ちゃんって怖いよね。俺は光ちゃんの事を良く知ってるから怒ってるなーぐらいだったけど、初めて怒られる人は驚くよね。だってあの見た目だもん。
「冬真、一緒に帰ろう」
「雪さん……ごめんなさい。俺……」
「冬真はまだ新人なんだから仕方ないよ。光ちゃんには間違った事してたらキツく言えって怒られたけど、俺には出来ないや」
「…………」
「だってさ、冬真はワタルの事が嫌だったんでしょ?俺と仲良いと思ったんじゃない?冬真にそんな風に思われてされたなら喜んじゃうよ」
「雪さんっ」
「安心して、ワタルとは何もないから。もう会う事もないよ」
「本当にごめんなさい。俺、あんな事二度とやりません。雪さん、好きです」
俺が優しく言うと冬真は抱き付いて来た。可愛いなぁ。俺も冬真を抱き返してどちらともなくキスをした。
本当にワタルとは何もないんだ。ただ元彼ってだけでもうお互いに何の感情もないただの他人なんだ。だから二度と会う事はない。俺はワタルに会う度にそう思っていた。
だけど、ワタルは俺の目の前に現れては心をかき乱していく。
その度に思い出させてくれる昔の記憶。
俺は冬真の手を握って堂々と店を出た。まだワタルがカウンターにいたけど、そこに置物があるとでも思うかのように何もせずに冬真とくっ付いて歩いた。テーブル席の客が帰ったのか片付けをしていた光ちゃんも俺達に気付いて笑っていた。冬真は光ちゃんに頭を下げていたけど、俺は手を引いて店の外に連れ出す。
俺と冬真を見てワタルは何を思っただろう?
きっと特別な関係だって分かってくれたかな。
そうだよ、もう俺にはワタルは必要ないんだ。
だからそっとしておいてくれよ。もう目の前に現れないでくれよ。お前が俺の前に現れる度に俺は怒りと喜びで頭がおかしくなりそうになるから。
冬真と歩いて帰って、マンションに着いたのは日付が変わる少し前だった。
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