恋に臆病なままではいられない

pino

文字の大きさ
23 / 76
二章

22.叱られる子供達

しおりを挟む

 俺達の前にそれぞれカクテルを提供して満足そうに笑っている冬真に俺はワタルが飲めない事を伝えようとすると、ワタルがニッコリ笑って言った。


「冬真くん、これはどういう飲み物なのー?」

「マティーニと言いまして、ジンとベルモットを合わせたカクテルとなっております。カクテルの王様と言われていて、とても人気のあるカクテルです」

「お酒だよね?僕さっき飲めないって言ったじゃない」

「あ、冬真知ってたのか?」

「はい。雪さんが来る前にノンアルを注文していました」

「僕に飲めない物をくれるってどう言う事なのかな?」

「…………」


 笑顔のワタルの質問に答えられない冬真。俺なら分かるよ。俺とワタルが仲良くしてるのが嫌だったんじゃないかな。俺はシュンとする冬真にニッコリ笑ってやった。


「冬真、俺からしたら面白かったけど、飲めない人にアルコールを強要するのはダメだ。今回はワタルだったから良かったけど、他のお客さんには絶対したらダメだよ」

「はい。ごめんなさい」

「いいよ。僕飲むよ」

「ワタルやめとけって。それ強いから」


 俺が仕事の先輩としてちゃんと教えていると、ワタルは笑顔のままマティーニが入ったグラスを手にして口を付けようとしていた。俺の記憶だと、ワタルは缶チューハイ一本も飲みきれない程弱いんだ。俺はさすがにヤバいと思って止めようとしたら、俺より先にワタルの隣から腕が伸びて来てグラスを奪うように取った。
 あ、光ちゃんだ。


「あ!」


 光ちゃんにグラスを取られて不服そうにしてるワタルをジロリと見下ろす光ちゃん。それからカウンターの中にいる冬真を睨んでマティーニを一気に飲み干した。光ちゃんならマティーニぐらい余裕だと思うけど、それよりも気になるのは光ちゃんが怒ってるって事だ。
 普段はちょっとやそっとの事じゃ怒らない光ちゃんは今物凄く怒っていた。


「光ちゃん!それ僕の!」

「ワタル、よせ」

「飲めねぇのに無理に飲もうとするんじゃねぇ!ほんとに成長しねぇガキだな!」


 文句を言おうとするワタルに叱った後、グラスをカウンターの上に置いて中にいた冬真を睨んだ。怒ってる光ちゃんを見た事がない冬真はビクッと反応して、怯えていた。


「冬真、酒で遊ぶんじゃねぇ。次やったらクビだからな」

「はい……すみませんでした……」

「もう今日は上がれ。俺一人でいい」

「……はい」


 光ちゃんに叱られてすっかり元気を無くす冬真。こんな光ちゃんは久しぶりに見るな。てか何年振りってぐらいに見る気がする。それぐらい光ちゃんは怒らない。
 言われた通り裏に入って行く冬真を追おうと俺が立ち上がると、光ちゃんに呼び止められた。


「おい雪」

「はい?」

「お前も先輩として後輩が間違った事してたらもっとキツく叱れや。俺じゃなくてお前の役目だろうが」

「……気を付けるよ」

「はぁ、俺も配慮が足りなかったわ。お前が来るのを予想してたのに事前にお前に連絡しとくべきだったわ」

「それってワタルの事?」

「そうだよ。とにかく冬真は上がらせるから後は頼んだぞ」

「うん。一緒に帰るよ」


 俺は財布からお金を出してカウンターに置いて奥へ行こうと立ち上がる。その時ワタルと目が合ってニコッとされた。


「ゆっきー、また会おうよ」

「もう会わねぇよ。じゃあな」

「相変わらずだな~。でも変わってなくて嬉しい♪」

「ふんっ」


 嬉しそうに笑うワタルにそっぽを向いて奥へ行くと、椅子に座ってボーっとしてる冬真を見つけた。そうだよね、光ちゃんって怖いよね。俺は光ちゃんの事を良く知ってるから怒ってるなーぐらいだったけど、初めて怒られる人は驚くよね。だってあの見た目だもん。


「冬真、一緒に帰ろう」

「雪さん……ごめんなさい。俺……」

「冬真はまだ新人なんだから仕方ないよ。光ちゃんには間違った事してたらキツく言えって怒られたけど、俺には出来ないや」

「…………」

「だってさ、冬真はワタルの事が嫌だったんでしょ?俺と仲良いと思ったんじゃない?冬真にそんな風に思われてされたなら喜んじゃうよ」

「雪さんっ」

「安心して、ワタルとは何もないから。もう会う事もないよ」

「本当にごめんなさい。俺、あんな事二度とやりません。雪さん、好きです」


 俺が優しく言うと冬真は抱き付いて来た。可愛いなぁ。俺も冬真を抱き返してどちらともなくキスをした。
 本当にワタルとは何もないんだ。ただ元彼ってだけでもうお互いに何の感情もないただの他人なんだ。だから二度と会う事はない。俺はワタルに会う度にそう思っていた。
 だけど、ワタルは俺の目の前に現れては心をかき乱していく。
 その度に思い出させてくれる昔の記憶。

 俺は冬真の手を握って堂々と店を出た。まだワタルがカウンターにいたけど、そこに置物があるとでも思うかのように何もせずに冬真とくっ付いて歩いた。テーブル席の客が帰ったのか片付けをしていた光ちゃんも俺達に気付いて笑っていた。冬真は光ちゃんに頭を下げていたけど、俺は手を引いて店の外に連れ出す。
 俺と冬真を見てワタルは何を思っただろう?
 きっと特別な関係だって分かってくれたかな。
 そうだよ、もう俺にはワタルは必要ないんだ。
 だからそっとしておいてくれよ。もう目の前に現れないでくれよ。お前が俺の前に現れる度に俺は怒りと喜びで頭がおかしくなりそうになるから。

 冬真と歩いて帰って、マンションに着いたのは日付が変わる少し前だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった

ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)  「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」 退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて… 商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。 そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。 その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。 2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず… 後半甘々です。 すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。

欠けるほど、光る

七賀ごふん
BL
【俺が知らない四年間は、どれほど長かったんだろう。】 一途な年下×雨が怖い青年

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...