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我が主

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 ……ん?

「ん、れろ……おや、目が覚めましたか、ケイ」

 シュレアの整った顔が目の前に現れる。相変わらず超近距離で、首だけだ。

「うん、ありがとう。どれくらい眠っていた?」

「大して眠っていないですよ。まだお昼前ではないでしょうか」

 あ、そんなもんなんだ。そうとうぐっすり眠ったんだな。

「それより、ケイ。身体を動かしてみてください」

 ん? 身体?

 うわっ、身体が軽い! なんだこれ! すごい! もしかして血管クレンジングの効果か?

(花の君、花の君、元気そうだよ。くすくす)

(草の君、草の君、よかったよかった。くすす)

 きゃはは……と小さな声が聞こえる。なんだこれ。

 揺り籠から出ると、シュレアが説明してくれた。

「私の魔力をケイに根付かせましたからね。賢樹魔法の効果が上がって、草花の声が聞こえるようになったんですよ」

 嫌そうな目で機嫌よさげに説明するシュレア。

 あ、やっぱり賢樹魔法使ってないこと気にしていたんだ。ていうか僕の身体を勝手に作り替えないでくれよ……。なんかシュレアのそういうとこ怖いよ。可愛いけど。

 ということは、さっきの声は植物の声か。すごいな。一気にファンタジー感が増した。

「今後は何か依り代を持ち歩くとよいでしょう。戦闘でも役に立つはずです」

 依り代っつったって、なんかあったっけ?

 あ。

 落ちていたベストックを拾い、彼女に見せる。

「この剣にシュレアの枝角使っているんだけど、これでいいかな?」

「あ……」

 ぴかぴか。

 シュレアの枝角が激しく点滅する。感情が大きく動いている証拠だ。

「……問題ありません。私の体の一部なら十分以上に効果があります。そうですね、森で使う時の八割の力が使えると思ってください、……ふふ」

 おお、それはだいぶ便利だな。ニステル退治でも使えたらもう少し食い下がれたろうしな。

 あ、そうだニステル。彼女はどうなった?

「シュレア、ニステルは大丈夫?」

「ああ、あの猫のことですか」

 彼女は吐き捨てる。

 うわっ、シュレアの目がやばい。殺し屋の目だ。ガチの奴だ。

「ケイがどうしてもと言うので、最低限傷は塞ぎましたが。この者は回復力ありそうですし、問題無いでしょう。契約者でも無ければジオス教徒でもない、しかもケイを傷つけた者に私の魔力を使うのは甚だ不快でした」

 横たわるニステルを睥睨するシュレア。侮蔑と言うか、完全に下に見ている眼差しだ。

(ケイ、な、なにか埋め合わせしてあげた方がいいよ。シュリ姉さんは、そ、そう言うの気にするから)

 そうなんだ、ってサンドリアひょっこり霧化したまま耳打ちしてきた。さっきは逃げやがって。でも、その通りだな。

「こ、こんどうめあわせします」

「よろしい。期待しています。それでは送還してください、っとそうでした」

 シュレアはいまだ状況が飲み込めず、震えているジャンゴさんたちに向き直ると極寒の目線で彼らを貫いた。

『人間たちよ。ここで見たことを他言しないように。もし他言した場合……』

 シュレアは地下訓練場を見渡し、練習用の剣をいくつか触手で絡めとると。

 ぱきぱき、きゅるるる。さぁぁぁ……。

 鉄製の剣は触手に泥団子みたいに握り固められ、なぜか一瞬で錆びた後、塵になって消えた。

『こうですよ?』

「はいはいはいわかりましたわからないけどわかりました」

 可哀そうなジャンゴさんは、シュレアに脅され顔面蒼白になっている。

「では、ケイ。送還してください。向こうはリンカが良くやってくれているので、たまには私を呼んでも問題無いですよ」

 お、それは有難いな。カリンたちにも紹介しないとね。

……

「……はっ!」

 ニステルが目を覚ます。

 僕はサンドリアに言われていた通り、その首にベストックをひたりとかざした。

「僕の勝ちだ」

 ほとんどサンドリアがやってくれたんだけど「あたしの力もケイの力だよ?」と言われたので、こうすることにした。というか、こうでもしないとニステルは止まらなそうだし。

「……そうかい。そうか……アタシは負けたのか……王虎解放までして、完膚なきまでに……」

 ニステルは遠い目をして宙を仰いだ。

「ニ、ニステル。傷はいいのか?」

 今まで我慢していたジャンゴさんが堪えきれずに口を開いた。

「傷? ……ああ、そう言えば全部塞がっているね。これはあんたが?」

「まあ、そうなるね」

 シュレアの力だけど。

「たはは。参ったね。力でも負けて、さらに命まで助けられるなんて。アタシは……弱いんだね」

 ニステルは黙りこくってしまった。

「そ、そんなことはない。ニステル、途中までは君がタネズ殿を圧倒していたぞ」

 ニステルの様子にジャンゴさんがたまらず口を出した。僕顧客なんだけど。

「そうさね。だが、結局こうやって生殺与奪を握られたのはアタシだ。弱者はアタシ。勝ったやつが強いなんて、当然のことだ。ジャンゴ、闘奴のスカウトマンだったあんたなら分かるだろ」

「それは、そうだが」

 今度はジャンゴさんが黙りこくってしまった。ジャンゴさんって昔スカウトマンだったんだ。なるほど、なんとなくニステルとの関係が分かってきたな。

「それにアタシは将来を悲観しているんじゃないよ。これからのことを考えると、嬉しくてどうにかなりそうなんだ」

 ニステルはすくっと立ち上がり、跪く。

「アタシは、昔から一つ心に決めたことがあってね。それはアタシを倒した者に、一生仕えようって誓いさ」

 そして大剣を脇に置いた。

「王虎族は古の種族でね。始祖獣人の一つだった。王虎族は『強き者に仕える』ことを使命にしているのさ。強さとは力じゃなくてもいい。精神の強さ、逆境に立ち向かえる心、したたかさ。何でもいい。自分が納得できれば何でもいいのさ」

 始祖獣人。また新しいワードが出てきたな。頭の隅に置いておこう。

 ニステルは滔々と半生を語る。

「アタシは一族の中でも特に強くてね。『先祖返りだ』なんて言われていたね。でもそんなものどうでもよかった。誰かに仕える人生なんてまっぴらだったからね。自分の主は自分だけだと決めて、集落を飛び出して戦いに明け暮れたのさ。来る日も来る日も敵を倒し、打ち払い、そんなことをしている内に闘技場に誘われた。強いやつと闘わせてくれるって。思わず飛びついたね」

「それからは日々闘いだ。闘技場の奴らは強かったよ。暗殺者や剣士、魔獣何でもござれだ。でも……全部倒しちまった。あのフレイムベアまで」

「そのあと、当時闘技場のスカウトマンだったジャンゴに誘われて初めて外の世界に出ることにした。ジャンゴは才覚があってね。今よりずっと痩せていて色男だった。まぁ男色だったけどね。でも。闘技場と集落しか知らなったアタシにはやつの提案は魅力的で、実際何もかも新鮮だったよ」

 やっぱりそういうことか。ジャンゴさん、本当はニステルの強さをよく分かっていたのに、僕に彼女の強さを伝聞で話したのは自分の素性を隠すためだったんだな。ていうか色男のジャンゴさんとか信じられないんだが。

「それで、ジャンゴと旅をして、各地を回っていろんな奴隷や人と交流するうちに、だんだんと気持ちが変わっていくのが分かったんだ。世界にはいろんな生き方をするやつがいる。世界を冒険したり、金で破滅したり、好きな女のために魔獣に喰われたり、運を活かして成り上がったり。そして不安になったんだ。アタシは本当にこれでいいのかって。自分のためだけに剣を振るって。それでいいのかって」

 ニステルはくっと凛々しい顔を上げて、僕を見る。

「でも、馬鹿なアタシにはそれ以外の生き方が分からなかった。だから、頑張って考えて一つ決めたのさ。アタシを倒した強き者に仕えようって。そいつならアタシを導いてくれるかもしれない。本当の生を教えてくれるかもしれないってね」

 そう言って大剣を差し出してくる。

「アタシは強いよ? フレイムベアに単騎で勝てる奴なんてそうはいない。その強力な召喚獣も時間制限付きなんだろ? あたしなら護衛も夜伽もなんでもできる。戦いのせいで子供は産めないけどね。だけど、いつでもあんたの盾となり、全て薙ぎ払う剣になろう。だから、その代わりアタシに生を教えてくれ。強き者よ。我が主、どうかこの剣を受け取ってほしい」

 そこまで言うとニステルは首を垂れた。

「もし、アタシの力が不要だというならその剣でアタシの首をお刎ね下さい。我が主に介錯してもらえるなら本望です」

 再び静かに頭を下げるニステル。僕に全てを委ねている状態だ。

「……一応聞くけど、倒したのは僕じゃなくて彼女だよ?」

 大剣を受け取り、じゃきり、と構える。重いな。物質の重さだけじゃない。なんていうか……刀身に彼女の人生が載っているみたいだ。

「愚問だよ。あれを御しているのはあんたの力だろう? それならアタシはあんたに倒されたのと同じだ。それにアタシは最初に『どんな手を使ってもいい』と言ったしね」

 顔は見えないけど、にやりと笑う気配がする。

 そうか、ニステル。君も生きることの目的が分からなかったんだね。

 何もかも手に入れたようでいて、切り開いたようでいて、何一つ分からなかった。

 僕とは真逆だけど、迷ったところは同じだ。

 僕はブゥン、と大剣を彼女の首めがけて振る。ジャンゴさんが悲鳴を挙げた。

「……ニステル、君を歓迎する。君の力が必要だ」

 大剣で彼女の首、肩の辺りをトントンと叩く。確か、戦士とかを迎えるときってこうやるんだよね?

「あいよ……我が主」

 ぱっ、と顔を上げたニステルは、まるで少女のように笑った。
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