風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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十章

十話 オキナグサ -告げられぬ恋- その十

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「獅子王先輩!」

 獅子王先輩をさがしてボクシング場についた私は中を見渡す。ううっ、相変わらず汗臭い。
 中にはボクシング部の顧問が一人、疲れ切ったように椅子いすに座っていた。私が入ってきたのにこっちを見ようともしない。
 少し気になったけど、今は獅子王先輩を捜さないと……。
 ボクシング場にいないとなると、どこにいったの? とにかく、手当たり次第捜さないと。

「ちょっと、待ってくれ!」

 顧問が私を呼び止める。
 なんだろう? もしかして、余計なことするなって言いたいの?
 私が身構えていると、顧問は疲れたようにため息をつく。

「なあ、嬢ちゃんは風紀委員だよな?」
「はい、そうですけど、何か?」
「じょ、嬢ちゃんはその、どうしたらいいと思う?」
「はい?」

 どうしたらいいってどういうこと?
 顧問をよく見ると、困惑した顔をしている。何かに悩んでいるようだけど、何に?

「男が男にホレるってのは、生き様とか、漢気おとこぎとかそういうもんだろ? 女にホレることとは違うもんだろ? だけど、獅子王は一人の人間として古見が好きだって言いやがる。愛しているって断言しやがる。意味が分からん。なんで古見なんだ? 古見は男だろ? そんなこと、獅子王だって百も承知だろうに」

 きっと顧問にはどんな言葉を使っても説得できないよね。
 だって、理解できないことを分かれだなんて、無茶だと思う。同性愛が受け入れられないのも、こういったところにあるんだろうな。

「この歳になってもボクシング一筋だったからよ、ボクシング以外のことはよくわからねえんだ。もちろん、同性愛が世間ではどう思われているのかは知っているつもりだ。知ってるが、今回みたいなことは初めてでよ、どうしていいのか分からない。教師なのに、生徒にちゃんとしたことを教えてやれないことが情けなくてな……嬢ちゃんは分かるのか?」

 顧問はすがるような目つきで、私に答えを求めてくる。
 私、大人って……教師ってああだこうだって決めつける人だと思っていた。それを子供に押し付ける人だと思っていた。

 違ったんだ。顧問もちゃんと生徒の事、考えてくれている。生徒のことを理解しようとしてくれている。
 それなら、まだ道があるかもしれない。

 お互い理解出来なくても、きっと妥協だきょうくらいはできると思う。味方になってくれるかもしれない。
 私は顧問に本音をぶつける。

「私にも分かりません。でも、分からないからって、おかしいからって逃げちゃだめなんだって思うんです。だって、納得いかないから」
「……そうか。獅子王なら更衣室でスネてる。はなし、きいてやってくれ」
「はい!」

 私は顧問が指差した場所、更衣室へ向かった。



 先輩の着替えで一度、更衣室にいったことがあるので迷わずにいけた。先輩と一緒にいったときは、中には入れてくれなかったけど。

 更衣室のドアをノックする。
 返事がない。

 もういないのかな。でも、外に出るには出口が一つしかないから、途中で出会うはずなんだけど。獅子王先輩が外に出れば、顧問だって気づくはずだし。

 もう一回、ノックする。
 返事がない。やっぱりいないのかな。もう一度ノックすると。

「うるせえぞ!」

 獅子王先輩の怒鳴り声が聞こえてきた。
 いるね。すっごく機嫌悪そう。
 どうしよう。正直怖い。回れ右をして帰りたい。でも、いかなきゃ。

 深呼吸をして、ドアノブをゆっくりと開ける。
 部室の中は無茶苦茶だった。汚れているというレベルじゃない。まるで台風が通り過ぎた後のように、物が散乱し、ベンチがひっくり返り、備品が地面に転がっている。

「まだ何か用か! 俺様は……」

 部室に入ってきた私を見て、獅子王先輩が目を丸くしている。驚くのも無理はない。入ってきた人物が予想もしなかった人だから。
 でも、すぐに鋭い目つきで睨まれてしまう。

「お前か……悪いが、今の俺様は最悪の気分だ。後にしろ」
「そういうわけにはいきません。古見君になんとかするって約束しましたから」
「古見が? 会ったのか! どこでだ!」

 獅子王先輩が私の両肩を掴む。あまりの力に悲鳴を上げてしまう。

「い、痛い! 痛い! 獅子王先輩!」
「言え! どこだ! 古見はどこにいる!」
「離してください! 痛い! 痛いです!」
「早く言え! どこだ!」
「獅子王先輩!」
「!」

 獅子王先輩の手がぱっと離れる。なんで離してくれたのか分からないけど、助かった……。
 手が離れても、肩の痛みはひかない。これ、絶対に跡がついてるよね?
 本当に痛い……涙出てきた……獅子王先輩に握られた部分が熱い。怖い……でも、手加減できないほど、それほど真剣だったんだね。
 歯を食いしばって痛みに、こみあげてくる恐怖に耐える。

「……わりぃ」
「いいです。私も軽率でした」

 獅子王先輩がどっと椅子に座り込む。先輩との戦いでも見せたことのない疲労感をだしている。

「古見、どうしてる?」
「分かりません。話を聞いてとんできたもので」
「ふっ、面白いな、お前。で? どう思った? 俺様は間違っているか?」

 私は目を閉じて、戦闘態勢せんとうたいせいにはいる。ここからは気遣いは不要。私の本音で獅子王先輩にぶつかっていくしかない。

「間違っています。どんな理由があれ、古見君を泣かせたんですから」
「……」

 獅子王先輩は頭を垂れ、地面をジッと見つめている。その姿は懺悔ざんげしているようにも見えた。
 もしかして、獅子王先輩が私のことを離してくれたのは、古見君が泣いていた姿と重なったから?
 まさかね……。
 いけない……今は獅子王先輩の説得に集中しないと。

「こんなはずじゃなかった……絶対にうまくいくって思っていた。けど、思い上がりだった。久しぶりだ、こんな気分は」
「諦めますか?」
「諦める? この俺様が? なんで……なんで諦めなきゃいけないんだよ! 諦めきれるか! 古見を放っておけるか!」

 獅子王先輩が立ち上がる。その顔は憤怒ふんどに満ちていた。
 ここまで怒った獅子王先輩を見たことがない。やっぱり、獅子王先輩は古見君を大事に想っている。その気持ちが伝わってくる。だから、私もせつなくなってしまう。

「諦めるくらいなら死んだほうがましなんだよ! アイツが……アイツだけなんだ……このクソみたいな世界で、唯一ゆいいつ一緒にいたいって思えるのは! あんな、生活に戻るくらいなら……退屈と苛立ちと無視される生活に戻るくらいなら……俺様はボクシングをやめる! 古見を選ぶ!」

 それは獅子王先輩の、つくろわない、心の底からしぼり出した叫びだった。

 ボクシングと恋。どちらかを捨てないといけないの? ボクシングは古見君と獅子王先輩を引き合わせたもの。
 きっと古見君は、獅子王先輩がボクシングを捨てることを望んでいないはず。
 でも、ボクシングをとれば古見君と離れ離れになるし、古見君をとれば海外遠征がなくなっちゃうかもしれない。

 それだけじゃない。これからも、同性愛のことで悩み続けることになる。

 どっちをとるべきなの? ボクシング? 古見君への想い?

 そんなの……どっちも……捨てていいものじゃない!

「やめちゃだめですよ。ボクシング」
「じゃあ、どうしろっていうんだ!」
「古見君に会いにいきましょう」
「……」

 やっぱり、こんな大切な選択は古見君とするべきだ。当人がしっかりと話し合って決めなきゃ。でないと、きっと後悔すると思う。

「古見君に会って、話をしましょう。本音で話せばきっと分かり合えますよ」
「……そんな都合よくいくかよ」
「ですね。それなら獅子王先輩、教えてください。獅子王先輩が今したいことは何ですか?」
「俺様がしたいこと?」

 きっと、いろんなことを考えすぎるから動けなくなっちゃう。だったら、頭をからっぽにして、一番やりたいことをやるべき。
 だから、問いかける。獅子王先輩が一番優先すべき事を。

「はい。もし、私が獅子王先輩なら、好きな人に会いにいきます。立場や問題をすべて無視して、好きな人に会いたいです。獅子王先輩はどうですか?」

 私は部室のドアを開ける。
 ここから飛び出すかは獅子王先輩の決断次第。
 私の視線を受けて、獅子王先輩がとった行動は……。
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