風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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十章

十話 オキナグサ -告げられぬ恋- その十一

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「古見に会いにいく」

 獅子王先輩は迷うことなく、部室を飛び出した。
 顧問を無視して、ボクシング場を飛び出す。私もその後を追う。
 外はまだ雨が降っている。それでも、獅子王先輩は傘を差さずに真っ直ぐ走り出す。

 不思議だった。
 獅子王先輩は、古見君がどっちに走っていったか知らないはずなのに、古見君のもとへとまっすぐ走っている。
 獅子王先輩の足取りは迷うことなく、走り続けている。
 すごい、どうしてわかっちゃうの? まるで運命の赤い糸をたどっているかのよう……。


「……安心しろ、古見。お前の事は俺様が見てやるから。俺様が古見のことを必ず見つけてやるから」


 ふと、古見君から聞いた言葉を思い出した。獅子王先輩……本当にすごい……。
 ねえ、これでも同性愛は間違ってるの? ただ、好きな人を求める行為がおかしいだなんて、そんなはずないじゃない。いや、違う。もう、そんな次元じゃない。
 獅子王先輩と古見君。
 この二人こそが……先輩が見たかった……望んでいた絆じゃあ……。

 獅子王先輩の足が急に止まった。
 もう少しで古見君のもとへたどり着こうとしたとき、私たちの前に立ちふさがる者があらわれた。

 神木さんだ。

 どうして、神木さんが? もう少しでうまくいくのに……。

「獅子王お坊ちゃま、お戻りください。これから先にいってはなりません」

 私たちと神木さんの間に重苦しい空気がただよっている。神木さんの表情は喫茶店で見せた人をバカにした態度ではなく、真剣な表情。

 私は神木さんの雰囲気にのまれて動けない。
 傘にあたる雨音だけがぽつぽつと聞こえてくる。この沈黙ちんもくを破ったのは獅子王先輩。

「どけ、神木。俺様に逆らうのか?」
「はい。今はまだ獅子王お坊ちゃまの部下ではございません。お父上の部下です。獅子王お坊ちゃまと古見様のことはまだ誰にも話していません。話す必要がないからです。そんな事実は今この場で消し去るべきです。私の言いたいこと、理解できますね?」

 このまま、なかったことにするつもりなの? 同性愛を否定するために、好きになった感情を殺さなければならないの?
 おかしい……そんなのおかしい!

「どいてください、神木さん」
「伊藤様、部外者は黙っていただけますか? 伊藤様も後戻りするならいまのうちですよ? 獅子王財閥を敵にまわす気ですか?」

 神木さんの脅しに私は不安で傘の取っ手をぎゅっと握り締める。まるでへびにらまれたかえるのような気分。
 財閥を敵にまわすってなに? 子供相手に本気ってどういう神経しているの?
 でも、神木さんの目を見ればわかる。この人、本気……どんな仕打ちが待っているのか、怖くて想像すらできない。

 先輩……先輩……助けて……。

「おい、コイツは関係ない。俺様のことを無視するなんて偉くなったよな、神木」
「……申し訳ありません」

 獅子王先輩の一声で、私に向けられていた神木さんの視線が獅子王先輩に戻る。それだけで、足の力が抜け、しりもちをつきそうになる。
 このまま黙ってやり過ごしたい。だけど、それは神木さんの言うことを認めてしまうことになる。


「子供は子供らしく、大人の迷惑にならないよう恋愛ごっこをしてください」


 違う……恋愛ごっこじゃない。ごっこ遊びじゃない。
 古見君の涙が。獅子王先輩の苦悩が遊びなんかじゃない。
 私だって、先輩への想いは遊びじゃない。

 どこの誰かもわからない人なんかに、人を好きになる気持ちを否定されたくない。
 私は一歩踏み出す。

「獅子王先輩、ここは私に任せて、早く古見君のところへいってください」
「お前……」

 ふふっ、また目を丸くして驚いていますね、獅子王先輩。ちょっと気持ちいい。

「獅子王先輩にはやることがあるでしょ? 早く古見君のところへ向かってください。雑魚の相手はモブの私で十分ですから」
「……ふっ、任せるぜ、伊藤」

 獅子王先輩が私の肩を叩き、走り出そうとする。

「お待ちください、しし……」
「神木!」
「!」

 私の精一杯の怒鳴り声に神木さんの注意がこっちにむけられる。その隙をついて獅子王先輩は走り去っていく。
 一瞬、獅子王先輩がこっちを見て笑った気がした。
 この場には私と神木さんが取り残される。神木さんは呆れたように私を見つめている。

「はぁ……これだから子供ガキは嫌なんだ。言葉が通じないから手を出さざるをえない」
「私は一応神木さんのこと助けたつもりなんですけど。獅子王先輩が本気出したら、ただじゃすみませんから。感謝してほしいくらいです」
「……子供が」

 私は神木さんの仕草しぐさ一つ一つ見逃さず、距離を取る。
 喧嘩で私に勝てる要素ようそはない。手を出すなんて無理。だから……。

「時間稼ぎのつもりですか? 悪いが子供に付き合っている暇はありませんので」

 よまれてる! 神木さんが獅子王先輩を追いかけようとしている。止めなきゃ。

「逃げる気ですか?」

 私は挑発するように神木さんをあざ笑う。子供のことがお嫌いな神木さんだ。絶対に挑発に乗るはず。
 あんじょう、神木さんは足を止める。

「これはおかしなことをいう子供だ。私が逃げる? 私のほうが上なのに? 見逃してやっているだけだ。勘違いするな。お前のような子供など、すぐに叩き潰せる。そのことを忘れるな」

 言葉遣いが乱れ、感情をぶつけてくる神木さん。
 落ち着け。私の挑発に乗ってきた。だったら、少しでも足止めしないと。

「子供相手に大人げないですね。子供のやることに大人が口出しするなんて、どっちが子供ですか」
「お前達のほうが子供だ。同性愛だ? 笑わせる。同性愛で誰が得する? 周りに迷惑をかけるだけだ。排他はいたされるに決まっている。なぜ、それが分からない? バカなのか?」

 神木さんが私に暴言を吐くけど、私は怒りよりも悲しいと思った。

「神木さんは悲しい人ですね。本気で誰かを好きになったことがないからそんなことが言えるんです。本気で人を好きになったら、盲目になっちゃうんですよ。その人のことしか考えられなくなって、悩んで、笑って、泣いて……感情を、自分をごまかすことなんてできない、そんな素晴らしいものなんですよ」
「子供の理屈りくつだな。だから、同性愛も認めろと? 正気の沙汰さたじゃない」

 確かに同性愛は正常じゃないのかもしれない。同性愛ってだけで、嫌がらせ、人の悪意を見せつけられた。
 平穏無事へいおんぶじに過ごしたいのなら、異性と恋愛したほうがいいのかもしれない。でも、それは本気の恋じゃない。
 妥協だきょうして、好きな人を選ぶなんて、そんなの間違っている。納得いかない。

「正気の沙汰じゃない? それじゃあ、世間が、みんながよってたかって同性愛者を排他する行為は正しいんですか? 心の底から湧きあげる感情を、純粋な気持ちを否定されて生きていかなきゃいけないなんて、地獄じごくじゃないですか!」
「ふん! だからなんだ? 同性愛を受け入れろって言うのか? そんなものを押し付けられて、苦労するのは俺たち大人なんだぞ。その苦労を知らない子供が偉そうなことを言うな! お前に責任がとれるのか! 獅子王財閥とその下で働く従業員とその家族の生活を護ることができるのか!」
「私にはとれません」
「だったら口出しをするな!」

 私には責任がとれない。そんなこと分かってる。でも、とれる人なら知っている。
 自信満々で負けず嫌いでなんでもこなすことができる、そんな頼れる人を。

「でも、獅子王先輩ならきっとなんとかしてくれます! だって、次期獅子王財閥の総帥ですから。それくらいのこと余裕だって、きっと笑って答えてくれますよ。神木さんは信じられないんですか? 獅子王先輩の事を。それとも、獅子王財閥の総帥は周りの大人の意見に従って生きている傀儡かいらいなんですか? そんなことで財閥を支えていけるんですか?」

 神木さんは押し黙ってしまう。神木さんだって気づいているはず。獅子王先輩の可能性を。獅子王一族の強さを。

「同性愛を押し付けられて迷惑だって思うなら、どうして、その逆の事を考えてくれないんですか? 同性愛が間違っているって押し付けられることだって迷惑ですよ! 仕方ないじゃないですか、好きになった人が同性だったんですから。人を好きになる気持ちを抑えることなんてできませんよ。なんで獅子王先輩と古見君が周りにバカにされても、周りから認められなくても、悩みながらもお互いを好きになるのか、神木さんにはわかりませんか? どんな劣悪れつあくな環境でも、誰もが認めない厳しい世界でも、好きな人と別れる痛みよりはマシだからですよ。必死なんですよ、二人は……」
「だったら、別れたらいいだろ? そうすれば、誰にも迷惑はかからない。なぜ、こんな簡単な事が分からない? バカなのか?」

 だから、別れるのが引き裂かれるほど辛いって言ってるでしょうが!
 ダメだ、この人……本当に酷い……。

「おい。なぜ、お前が泣いている? お前の勝手な意見が理解されなくて泣くのは勝手だが……」
「……神木さんは獅子王先輩の事、どう思っているんですか? 獅子王財閥を支える人柱ですか? それとも、獅子王財閥にとって都合のいいおかざりの神輿ですか?」
「……何が言いたい?」

 私はぐしぐしと袖で涙を乱暴にふき、神木さんを睨みつける。

「神木さんは獅子王先輩のこと、どうでもいいんでしょ? だから、獅子王先輩が不幸になっても、獅子王財閥が平穏無事なら問題ないでしょ? 酷いですよ……だから、獅子王先輩は一人でずっと苦しんでた……孤独だったんですよ……古見君が現れるまでは……一番近くにいたあなた達大人がちゃんと獅子王先輩を見ていたら、孤独にならずにすんだのに! 獅子王財閥で働く人達を救うためだって言っているのに、どうして、獅子王先輩をのけ者にするんですか!」

 悲しかった。
 神木さんは獅子王財閥で働く人達を護るって言っておきながら、獅子王先輩の事を護ろうとしない。
 それどころか、大人達の勝手な期待だけを獅子王先輩に押しつけて、自分達のことしか考えていない。
 これじゃあ、獅子王先輩が可哀想……獅子王先輩が灰色の世界だって言うのも当然じゃない。
 ただ、悲しかった。
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