風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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六章

六話 結成 その三

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「何それ。真子と同じ目に遭わせて、反省でもしろって言いたいの?」

 放課後の夕暮れ時、校門で俺は白部と対峙していた。
 平村が掃除ロッカーに閉じ込められた次の日、伊藤と別れてから俺は校門で白部を待ち伏せし、白部に言い放った。


「白部。お前にも味わわせてやろうか? 掃除ロッカーに閉じ込められる辛さをな」


 白部は気丈にも俺を睨んでいるが、白部の足が震えているのを俺は見逃さなかった。白部は俺が平村の仇を討とうとしていると勘違いしているようだ。
 まあ、勘違いしてもらうように言ってやったのだがな。
 これで、白部に対するわだかまりはなしだ。ここからは、白部と平村の為に行動する。

「そういうのはやめたんだ」
「?」

 俺は白部に、自分に言い聞かせるように宣言した。
 今から俺は、白部を説得しなければならない。イジメをやめさせる為にも、失敗は許されない。
 俺は高ぶった気持ちを落ち着かせるために、ゆっくりと深呼吸をする。
 深呼吸をしてみても、成功する保証がない為、緊張で胃が痛くなる。白部を説得させるだけの材料が手元にないからだ。あるのはただ、推測で導き出した願いのみ。
 ここからは綱渡り状態。慎重に対応しなければ。

「白部さん。あなたはさっき、言っていたよな? 平村さんに裏切られたって。あれは、腕時計盗難事件のことを指しているのか? 平村さんの告発で白部さんは犯人に仕立てられたことを今でも恨んでいる。違うか?」
「美花里ね。あのおしゃべり……」

 腕時計盗難事件。
 どこぞやのアホが腕時計を学校に持ち込み、体育の授業の時に盗られた事件。
 アリバイがないこと、平村の証言により白部が犯人とされた事件。
 事件はまだ終わっていない。なぜなら、まだ真犯人が判明していないからだ。

「そうよ。だから復讐しているってわけ。復讐は何も生み出さないとか言いたいの?」
「……そんなことはない。復讐して何も残らなかったとしても、新たな恨みを買うことになっても、抱えている恨みが少しでもはれるなら、復讐には意味がある」

 そうだ。復讐に無意味というヤツは、本当に誰かを恨んだことがないヤツだと俺は思う。
 殺したいほど憎いヤツがいて、その相手に復讐できるチャンスがあるのなら、誰だって復讐するはずだ。

 綺麗事や無駄なことだと自分に言い聞かせても、抑えきれない怒りをどこかで発散させなければ、永遠に心に抱えたまま、生きていかなければならないのだ。そんなものは地獄としか言い様がない。
 たとえ、復讐した結果、地獄をみるとしても、それでも復讐するチャンスがあるのなら、俺は地獄をみる方を選ぶ。
 そんな生やさしい感情じゃないんだ。復讐したい気持ちは。

 白部は俺の言葉に、最初は目を丸くしていたが、すぐに何かを悟ったような目で、俺を見つめてきた。

「……ごめん。変なこと言った」
「なぜ、白部さんが謝る?」
「悪いと思ったから。それだけだから」

 少ししんみりとした空気が俺達の間に流れていく。
 白部には人を思いやる優しい心がある。なら、俺の提案に乗ってくれる可能性は充分ある。

「白部さん。復讐に意味があるとしたら、それは本当に酷いことをしたヤツに復讐した場合だけだ。お門違いの復讐には意味がない」
「私の勘違いだって言いたいの? 真子は私を犯人扱いした。それは事実よ」

 平村が白部を犯人に仕立て上げた。それは事実だろう。覆水盆に返らず。一度言った言葉は取り消せない事がある。今回がそのケースだ。
 だが、平村が勘違いしたのも無理はない。
 なぜなら……。

「それは、白部さんが平村さんの鞄に腕時計を入れたから、そう思っているからではないのか?」
「そうよ。それこそ、濡れ衣よ。私はやってない」

 なら、白部は何をしたのか?
 どうして、平村は白部が平村の鞄に腕時計を入れたと勘違いしたのか?
 その答えは……。

「そうだな。白部さんがしたことは、平村さんの鞄にあった腕時計を自分の鞄に入れただけだからな」
「!」

 驚愕きょうがくの色を浮かべ、口を開けっぱなしにしている白部を見て、この解が正解だと確信した。
 白部は親友の平村をかばうため、咄嗟とっさに平村の鞄から自分の鞄に腕時計を入れたのだろう。

 伊藤の言うとおりだ。
 親友が何か悪い事をしていたことに気づいたとき、何を選択するだろうか?
 親友だからこそ、友の過ちをただすために告発するだろうか? それとも、何か理由があると考え、親友をかばうだろうか?
 答えはきっと、そのときになってみないと分からないと思う。

 白部の場合は平村をかばう事を決断した。これが正解なのかどうかは、きっと誰にも分からないし、判断できないだろう。
 正解かも知れないし、不正解なのかもしれない。

 今、分かっているのは、白部が情に厚い女子だって事だ。だからこそ、平村の裏切りが耐えられなかったのだろう。
 それでも、俺は平村を掃除ロッカーに閉じ込めていい理由にはならないと断言できる。それにイジメなんて卑劣な事、白部に似合わない。
 だから、やめさせるんだ。

「なあ、白部さん。もうやめにしないか? 平村さんも誤解が解ければ、きっとまた、仲のよかった頃に戻れるかも知れないんだぞ。平村さんに償う機会を与えてやってくれ。そしたら、平村さんも、今までの仕打ちを許してくれるかもしれないだろ?」

 白部は苦しげな顔でうつむき、ぼそっとつぶやく。

「……それは無理よ。たとえ、始まりが誤解からだったとしても、真子は私がやってきたことを許さないわよ。それだけのことを私はやってきたのだから。キミだって私がやったこと、許せないからここにいるんでしょ?」
「許す」

 俺が即答したことに、白部は口を開けたまま、呆然としている。クールぶった生意気な年下女子を黙らせるのは、ちょっとした快感だな。
 俺は自分の本心を白部に伝える。

「もちろん、白部さんがやっていることは許されないことだ。だが、俺の個人的な感情が事件解決に弊害へいがいを及ぼすのなら、捨てることにしたんだ。俺が風紀委員として第一に考えなければならないのは、イジメをやめさせることだ。問題が解決できるのなら、俺は何だってするって決めたんだ」
「……どうして、そこまで決意が固いの? 風紀委員だから?」

 白部の戸惑った不安げな上目遣いに、俺ははっきりと告げる。イジメを受けてきた者として、イジメを許せない者として訴える。

「俺個人の理由だ。俺はイジメをする卑怯者が許せない。白部さん、キミは卑怯者か? それとも、愚者か? 愚者は事実を知ろうともせず、ただ思い込みで相手が悪いと決めつけるヤツだ。もう一度、聞く。白部さんはどっちだ?」
「……もちろん、どちらでもないわ。要は証明してみせろってことでしょ? 私が犯人でないことを。いいわ、キミの挑発に乗ってあげる。腕時計を盗んだ犯人を見つけ出して、真子の元に引きずり出してやるわ。それで、真子が私を犯人扱いしたことを後悔させてあげる」

 今度は俺が驚く番だった。
 俺の言いたいことを理解し、白部は口にしてくれた。
 平村への恨みはまだはれていないが、それでも、前向きになってくれたと信じている。

「もちろん、期待してもいいんでしょ? ここまで煽ってくれたんだもの、責任をとってくれるのよね? それとも、キミは口だけなの?」

 今度は俺が挑発される番のようだ。もちろん、乗ってやるさ。

「当然だ。改めて言い直す。俺は白部さんが腕時計を盗んだ犯人ではないと確信している。だから、俺と一緒に真犯人を捜査してくれ」

 俺は白部に向けて手を差しのばす。
 今までのことは水に流し、お互い協力する為の意思表示だ。
 俺の行為に、白部はにっこりと笑い。

「了解」

 白部は俺の手を力強く握ってくれた。白部の手は小さくて柔らかかったが、思いのほか強い力が伝わってくる。そこに白部の意志の強さを感じた。
 やれやれ、どうにかなったな。女子と話すのが苦手な俺が、女子を説得できるのか、その点が不安で仕方なかったが、なんとかやり遂げることができた。
 白部は何か憑き物が落ちたような晴れやかな顔で俺に話しかけてくる。

「でも、よく私と組もうと考えたわね、藤堂先輩。イジメを嫌悪しているのに、イジメの主犯に協力をあおぐだなんて」

 全くだ。
 伊藤が俺に道を示してくれなかったら、考えもしなかっただろう。いい相棒をもったと自慢したい気分だ。
 俺は得意げに白部に告げる。

「言っただろ? 何だってするって。これが俺の覚悟だ。それに、白部さんなら、まだ信じられる要素があったからな」
「……それって何? ただのお世辞?」

 白部はジト目で俺を睨んでいる。きっと、白部はお世辞が嫌いなのだろう。
 もちろん、俺もお世辞を言うのは苦手だ。心にもないことで相手を、特に女子を褒めるのは、すぐに嘘だと見破られ、相手の信頼を傷つけるだけだ。
 そんなリスクしかないことをやるのは無意味でしかない。
 俺が白部を信じた根拠は……。

「バールだ」
「はぁ?」

 白部が素っ頓狂な声を上げ、俺を不審な目で見つめている。
 俺はかまわずに話を続ける。

「俺が昨日、掃除ロッカーの中に誰かが閉じ込められたことを確認したときだ。教室の外から物音がした。その音がなんだったのか確かめたら、バールが廊下に落ちていて、誰かが逃げる足音が聞こえたんだ。足音の主は白部さんだな?」
「……だから、何?」

 やはりな。伊藤、お前はすごいヤツだよ。
 後は俺達の予想が外れていないことを祈るだけだ。

「バールでこじ開けようとしたんだろ? 掃除ロッカーの鍵を。理由は言わなくていいよな?」
「……藤堂先輩って意地悪だよね」

 頬を赤く染め、睨みつけてくる白部が不覚にも可愛いと思ってしまった。それに、いつの間にか、俺を藤堂先輩って呼んでいる。少しは認めてもらったってことか。

「それにめざとい。風紀委員って探偵みたい」
「俺なんかまだまだだ。本当の名探偵は別にいる」
「?」

 その名探偵はお節介で、論理的思考なんてものはなく、感情論で推理してしまう。しかも、誰もが見逃しがちな機微きびから人の善意を信じ、ハッピーエンドという言葉を軽々しく使うお調子者。
 だけど、伊藤のようなヤツこそが、誰かを本当の意味で救えるのかもしれない。
 先輩として負けていられないな。

「それより、もう一人スカウトしたいヤツがいるのだが」
「誰?」
「平村さんだ」

 白部の顔がこわばっている。喧嘩中の相手に協力を求めるのは、白部にとってあまりいい気持ちはしないだろう。
 だが、この事件の真相を暴くには、平村の協力が必要不可欠だと思っている。

「さっき、言ってたよな? 白部さんが平村さんをイジメてきたこと、平村さんは許さないだろうって。確かめてみないか? 本当にそうなのか。もしかすると、平村さんも白部さんと同じで仲直りしたいって思っているかもしれないだろ? 親友同士だったわけだし。もし、平村さんも白部さんとやり直したいと思っているのなら、俺の案を受け入れて欲しい。もちろん、逆なら諦める」

 白部は眉をひそめ、ポケットに手を入れたまま、考え込んでいる。きっといろんな感情が白部の頭を巡っているのだろう。
 俺は白部の判断をじっと待ち続けた。
 白部が出した答えは……。

「……どうやって確かめるの?」

 か細い声で尋ねてきた。不安と罪悪感が混じったような弱々しい声だ。
 俺は白部に安心させるように告げた。

「掃除ロッカーだ」



 というわけで、俺は白部に掃除ロッカーに隠れるよう提案した。白部が掃除ロッカーの中から俺と平村の会話を聞いて、俺が平村を説得できるか、平村は白部とやり直したいのか見守り、判断する。
 もし、俺が平村の説得に成功すれば、平村と一緒に真実を追求する。もし、失敗すれば、二人で調査する。

 賭けは俺の勝ち。
 二人は気まずそうにしているが、指し示したかのように俺を睨みつけてきた。

「本当に意地悪ですよね、藤堂先輩は。信頼できるか分かりません」

 頬を膨らませる平村に、俺は悪気もなく言い放つ。

「俺は解決のためならなんでもする。それを証明したに過ぎん。どうだ? 俺ならどんな手を使ってでも事件を解決出来るとは思わないか? 実感できただろ?」

 二人は呆れたような顔をして……笑ってくれた。
 自分でも無茶苦茶な事を言っていると思う。これは自分に活を入れる意味もある。
 本当に事実を突き止めることが出来るのか? 俺なんかにできるのか?
 分かっていることは一つだけ。喧嘩でもそうだが、弱気になるのが一番ダメなことだ。

 不安は相手に伝わる。
 喧嘩の相手なら、好機とみられる。相手に隙を与えてしまえば、気持ちで押し切られてしまう。
 だから、俺は二人に不安な態度を見せるわけにはいかないのだ。二人に不安を与えない為に……二人の仲を取り戻せる可能性を信じ込ませるためにも自信満々に、自意識過剰気味な態度に出る。

「実感はした。でも、これからは一緒に行動を共にするわけでしょ。今のうちに聞いておきたいの。私達に隠していることは、もうないわけ?」
「……ある。俺は腕時計盗難事件の真犯人に心当たりがある」

 平村と白部の息をのむ音が聞こえる。俺の言っていることが信じられないのだろう。
 腕時計盗難事件があったとき、俺はその場にいなかったし、関わっていない。そんな部外者が真犯人を知っているなんて、おかしいと思っているはずだ。
 だが、俺は左近のおかげで気づくことができた。左近が仕組んでくれた罠のおかげで。

「……だ、誰なの?」

 白部が絞り出すような声で俺に尋ねてきた。
 白部の問いに俺は……。

「それはまだ言えない。その相手が犯人だと証明できないからだ。けどな、俺を信じてくれ。証拠を掴んだら、誰よりも先に二人に伝える。それが俺の誠意だと思っている」
「そんなこと言われても……」

 平村は不安げに俺を見つめている。
 流石に騙すようなことをして、その後に信じてくれなんて、虫のいい話か。だが、これ以上、二人を騙すような事は、嘘はつきたくなかった。
 さて、どうやって失った信頼を修復するべきか。
 頭をフル回転させ、考えていると。

「分かったわ」

 意外にも白部は納得してくれた。
 これは俺も平村も驚いてしまった。まさか、すぐに信じてもらえるとは……。

「奏水ちゃん!」
「別にいいじゃない。私は藤堂先輩任せにしたくないの。だって、私達のことでしょ? 自分で解決してみせなくてどうするの。藤堂先輩、私達が先に真犯人をみつけても、文句は言わないでね」
「もちろんだ」

 本当に白部はいい根性をしている。あんな事件さえなければ、白部と対立することもなかったのにな。いや、事件があったからこそ、俺達は出会うことが出来たのか。
 皮肉だな。
 世の中、つくづく思い通りにはいかないな、そう思いつつ、俺は二人に今後の事を話した。
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